「………ふー、あっつー……」
 あっという間に夏休みになった。
 今年も毎日うだるような暑さだ。俺はもちろん部活の練習のため毎日学校に来ていた。
 休憩時間になり、グラウンドの片隅にある水道に行って顔を洗う。冷たい水が気持ちいい。
 スポーツタオルで顔を拭っていると、ふいに「宮原くん」と声が聞こえた。
 この声は、と胸が跳ねる。振り向くと、予想通り加納さんだった。少し離れたところに立って、俺のほうを見ている。さらさらの髪がそよ風に吹かれてふわりと揺れていた。
 その口許が微かに緩んでいて、無性に嬉しくなる。彼女はクラスではあまり笑ったりはせず、とてもクールな印象だ。でも、俺にはときどきこうやって微笑みかけてくれる、ような気がする。たぶん俺の思い上がりだと思うけれど。
 公園のベンチに並んで話したあの日以来、俺と加納さんは日常的に会話をするようになっていた。
 といっても、おはよう、暑いね、じゃあね、とかそれくらいのものだけれど、それでも随分な進展だ。しかも、今日は加納さんから話しかけてくれた。
 俺は精いっぱい自然な感じの笑顔を浮かべて、さらりと挨拶を返す。
「おはよう。どうしたの、こんなところで」
「おはよ。先生に呼ばれてるんだけど、ちょっと早く着いちゃったから、サッカー部見てた」
 加納さんに練習風景を見られていたのだと知り、俺は急に居たたまれなくなった。格好悪いプレーをしなかっただろうか、と心配になる。
「宮原くんて、サッカー上手いんだね」
 並んで水場から離れる途中で、彼女が唐突にそう呟いた。
 びっくりして隣を見下ろすと、きれいな瞳がまっすぐに俺に向けられている。
「私、あんまりサッカーは詳しくないんだけど、見てたら何となく分かったよ。前の中学でもやってたの?」
 加納さんは、こんなに暑いのにほとんど汗もかいていなくて、やけに涼しげだ。
 それに比べて、俺はだらだらと汗を流して服もびしょ濡れで、なんとも恥ずかしい気がした。
 でも、上手いなんて言ってもらえるなんて、やばい。俺はにやにやしてしまいそうな口許を必死に引き締めて、なるべく平然と答える。
「あー、うん、やってたよ」
「そうなんだ。中学から? それにしてはすごく上手だよね」
「いや、小さいときからクラブチームでやってて、前の中学では部活とクラブ両方いってた」
「へえ、すごい。がんばってるんだね」