「……でも、簡単には変えられないって分かってても、どうしても許せなかったんだ」
 加納さんが噛み締めるように言った。その瞳には、紛れもない怒りが燃えている。
「あんなふうに、死を軽く扱うのは、許せなかった……」
 俺は無意識にごくりと喉を鳴らした。
「今の時代は、死が身近じゃないから……。誰かが死ぬのを見たことがない子も多いし、普通に生活してて命の危険を感じるようなこともないから……だから、あんなふうに簡単に死って言葉を使っちゃうんだよね」
 彼女の声が震える。反射的に手を伸ばし、背中をさすりそうになったけれど、慌てて引っ込めた。
「みんなが当たり前のように『死にそう』とか『死ぬほど』とか言ったり、冗談で『死ね』とか言うのを聞くたびに、なんていうか、息が苦しくなる……」
 ほっそりとした白い手が、ぎゅうっとセーラー服の胸元をつかむ。その顔は本当に苦しげに歪んでいた。
 言葉を失くして彼女を見つめながら、俺は自分の今までの生き方を振り返った。
 暑くて死にそう。死ぬほどきつい。そんな言葉を、何度も言ったような気がする。仲の良い友達とふざけ合っていて、『お前死ねよ』と言われたこともある。言ったことはないと思うし、そう信じたいけれど、もしかしたら覚えていないだけで言ったことがあったかもしれない。
 でも、きっともう二度と俺はそういう言葉を口にしないだろう。彼女が真剣な眼差しで言うのを聞いて初めて、そんなに軽々しく声にのせてはいけない言葉だったのだと気がついた。
 俺はもう何も言えなくなって、ただ黙って彼女の隣に座っていた。彼女も黙り込んだまま夜空を見ていた。
 彼女が失ったのは、いったい誰なんだろう。彼女にこれほどまでに『死』の重みを植えつけたのは、誰だったんだろう。
 そんなことをぼんやり考えながら空を仰ぐと、星が落ちてきそうな気がした。