そう思って立ち上がろうとした、そのとき。
「……なに、これ」
掠れた声の呟きが聞こえて、俺ははっと目を上げた。
声が聞こえてきたほうを見ると、今登校してきたらしい加納さんだった。鞄を持ったまま、花瓶のほうを凝視している。
「…………つまんないことしやがって」
小さく洩れた呟きは、驚くほどに低く、そして怒りに震えていた。
加納さんの冷ややかな目が、教室中をさっと撫でる。見て見ぬ振りをするクラスメイトたちと、にやにやしながら見ている三島たち。
彼女は三島をじろりと睨みつけ、みんなの注目を一身に浴びながら、すたすたと歩き出した。その足が、浅井の机の前に止まる。
俺は慌てて立ち上がり、彼女の後を追った。
近くに寄ると、浅井の机の上には、白いチョークで『死』と殴り書きがされていた。
思わず息を呑んだ。なんだ、これ……本当に最低だ。
加納さんは、『死』という文字を、しばらくじっと見つめていた。そして、雑草の生けられた花瓶を、凍りつきそうな目で睨んだ。次の瞬間。
ーーガシャーン!!
加納さんは右手を振り上げ、机の上から花瓶を払い落とした。
陶器の割れる鋭い音が教室に響き渡る。
みんなが一斉に顔を上げ、息を詰めて彼女を見た。
しぃん、と静まり返る教室。割れた花瓶の破片と、飛び散った雑草。
加納さんは視線を落としたまま動かない。
はっと我に返った俺は、足を踏み出して、彼女の背後に立った。
「……加納さん、大丈夫……?」
囁くように声をかけると、彼女が花瓶の破片からゆっくりと目を上げる。
その大きな瞳には、うっすらと涙が滲んでいた。
きつく寄せられた眉根。ひどく悔しそうに唇を噛んでいる。
彼女は一瞬俺を見て、それから教室に視線を巡らせた。
「……誰なの? これ、やったの。あんたたち?」
加納さんは三島たちを見て低く言った。彼らは少しぎこちないにやにや笑いを浮かべている。
「……だったら、何だよ? なんか文句あんのか?」
三島が挑戦的な口調で加納さんに言った。
彼女は怯む様子もなく、きっと三島を睨みつける。
「……下らないことするなよ。マジで最低!」
彼女はきっぱりと言った。三島はぴくりと頬を震わせ、それでも虚勢を張るように睨みをきかせた。