彼女の言葉に、自分でびっくりするほど心が動いた。
 部活のあとに自主練をしているとか、毎朝学校に行く前にランニングをしているとか、部活だけではなくクラブチームにも入っているとか、そういうことは誰にも言っていなかった。
『お前、本気すぎだろ』
 前の中学のクラスメイトに、たまたまクラブチームのことを知られて、そう言われたことがあった。
 本人には別に悪気はなく、世間話の延長で、少し笑いをとろうとして冗談まじりに言っているのだと、その表情や口調から分かった。だから俺も、『だろ?』と笑って流した。
 でも本当はとてもショックだったし、そして恥ずかしかった。本気でやっていることを、必死でやっていることを知られたのが恥ずかしかった。
 以来、部活の時間以外にサッカーのためにやっていることは、誰にも知られないようにしてきた。
 それなのに、加納さんは当たり前のように、『一生懸命』をすごいと言ってくれた。それが俺をどれほど驚かせ、感激させているか、彼女にはきっと分からないだろう。
「……ありがとう」
 噛み締めるように言うと、少し目を見開いて、「どういたしまして」と微笑んでくれた。
 そのとき、ポケットの中でスマホが震えた。たぶん母さんからだ。でも、彼女の前で電話に出るのがなんとなく気恥ずかしくて、俺は「そろそろ帰らなきゃ」と独り言のように呟いた。それから小さく問いかける。
「……加納さんは、まだ帰らないの?」
「うん。もう少しここにいる」
 彼女は座ったまま答えた。ふっと視線が逸れて、足下の百合の花を見つめ、それから星の輝く夜空へ目を向けた。
「もう暗いから、危なくない?」
 危ないから送るよ、と言うべきだと思ったけれど、羞恥心が邪魔をして言えなかった。本当に俺は情けなくて格好悪い。
 空を仰いでいた視線が戻ってくる。
「お母さんが仕事帰りに迎えに来てくれるから……」
「あ、そうなんだ。余計なこと言ってごめん」
 慌てて謝ると、加納さんは小さく首を振った。
「ううん。心配してくれてありがとう」
 そう言って彼女は口を閉じ、でもその目はじっとこちらを見ていた。吸い込まれそうに大きな澄んだ瞳。俺は鼓動が早まるのを感じながら、それを彼女に悟られないように「じゃあ、また」と手を振って踵を返した。
 少し離れたところで、何かに呼ばれたように自然と振り向いてしまった。
 加納さんは初めと同じように空を眺めていた。百合の花が彼女を守るように咲いている。
 彼女のひたむきな視線の先にある夜空には、今にも降ってきそうな星たちが輝いていた。