小さな頭がふっと振り向いた。大きな瞳が少し驚いたように揺れる。
「あ、宮原くん」
 加納さんは声もきれいだ、と思う。
 すっきりと澄んだ雲ひとつない空のように透明で、一陣の風が吹き抜けたように爽やかな。スポーツバカの頭にそんな詩的な表現が浮かんでしまうほどにきれいな声だ。
 いや、そんなことを呑気に考えている場合じゃない。急いで思考を切り替えて、腑抜けきっている表情筋に指令を送る。
 たまたまここを歩いていて今ちょうど見つけたんだ、というような顔つきを意識しつつ、軽く手を上げて「よっ」なんて言ってしまってから、カッコつけすぎてて逆にダサいだろ、と自分を怒鳴りつけたくなった。顔から火が出そうだ。
「びっくりした。偶然だね」
 加納さんは俺のダサすぎる挨拶を気にするふうも馬鹿にすることもなく、さらりと言ってくれた。優しい。でも内心では笑ってるんじゃないかと勝手な疑心暗鬼に陥ってしまい、穴があったら今すぐ飛び込みたい気分だった。
「あ、うん。ちょっとそこの芝生のとこでサッカーの練習してて」
 訊かれてもいないのに言い訳のような言葉が勝手に口から流れ出してくる。
 彼女の目に今の俺はどう映っているだろう。なんだか妙に慌てていて挙動不審、とか思われていないだろうか。
「へえ、すごい。熱心だね」
 格好悪すぎるガキくさい俺に向かって、小さく微笑みながら返事をしてくれる加納さんは、やっぱりすごく大人っぽい。いたたまれなさに思わず肩を縮める。
「いや、全然すごくなんかないんだ。あまりにも下手すぎて耐えられなくて自主練してるだけだし……」
 もしかしたら、頑張ってる俺すごいだろアピールみたいに思われたんじゃないかと気が気ではなく、とってつけたようにそう言った。
 彼女はゆっくりと瞬きをして、少し口許を緩めた。
「やっぱりすごいよ。普通はそんなふうに思えないし、思っても行動に移せないと思うから」
 からかいでもなく、称賛でもなく、ただ素直に思ったことを言った、という感じの口調だったので、俺はうまく謙遜することもできず、「ありがとう」と答えた。
「私、部活も習い事もしてなくて、ずっと続けてるものとか全然ないから、どんなことでも一生懸命やってる人たち本当にすごいなって思うよ」