よさそうだ、と思うと自然と口許が緩んだ。いい練習場所を見つけることができて嬉しくなる。
 太い幹をした大きな木の根もとあたりを標的にして、しばらく夢中でボールを蹴った。
「あっ、しまった」
 少し強めに蹴ったボールが思い切り目標を外れて、変な方向にころころ転がっていく。
 やっぱり今日はなんとなく調子が悪い。新しい環境に慣れるためにエネルギーを使ってしまっているからだろうか。父さんも母さんもなんとなく疲れている感じがするし、俺はそんなに繊細なタイプじゃないと自分では思っているけれど、やっぱり知らず知らずのうちにストレスを感じているのかもしれない。
 あーあ、と溜め息をつきながら追いかける。芝生を外れて石畳の坂道に入ったボールは、勢いをつけて下っていく。
 スピードを速めて走っていると、並んでいるベンチのひとつに当たってやっと止まった。
 ボールを拾って顔を上げたとき、どきりとした。
 ふたつ隣のベンチに、制服姿の女の子が座っている。肩口できれいにそろったまっすぐな髪。
 まだ出会ってから十日も経っていないのに、顔を見る前に、座っている姿を斜め後ろから見ただけですぐに分かった。加納さんだ。
 彼女は暮れていく空をぼんやりと眺めているようだった。時が止まったかのように、微動だにしない。
 俺は魂を奪われた人間みたいに呆然と彼女を見つめていた。時間の感覚がなくなる。
 じわじわとあたりが夜の色に染まっていく。緑が多くて街の明かりが届かないせいか、星がよく見える。
 その間も加納さんはやっぱり動かずに空を見上げていた。
 彼女の座っているベンチの周りには、白い百合の花がいくつか咲いていた。他の場所では見なかったけれど、この百合が公園の名前の由来なのだろうか。ときどき風が吹くと、彼女の髪と百合の花が共鳴したように揺れる。
 ふと気がつくとすでに周囲はかなり暗くなっていて、そういえばすぐ帰ると言ってきてしまったのだったと思い出した。
 せめて挨拶くらいしようかと一瞬迷ったものの、声をかけられるような雰囲気ではない。このまま帰ろう、と俺は踵を返した。
 音を立てないように気をつけたつもりだったのに、たまたま側にあった小石か何かを踏んでしまったらしい。静まり返った中にざらついた音が響く。