*
「ありがとうございました!!」
部活が終わり、部員全員で整列してコートに一礼する。きれいに重なった声が、夏の夕焼け空に溶けていった。
三年生が立ち去るのを横目に、一、二年でグラウンド整備や器具の片付けをする。
そのあと、グラウンドの隅っこに置いてある荷物のところで、汗でびしょ濡れになったシャツを脱いだ。ここのサッカー部では、部室が狭くて部員全員は入れないので、荷物置きや着替えに部室を使えるのは三年生の先輩たちだけという決まりになっているらしい。外で着替えるなんて恥ずかしいなと最初は思ったけれど、すぐに慣れた。
「あー疲れたー」
隣で祐輔が大きく息を吐いた。
「でも明日は朝練なしだ! やったー、ゆっくり寝れる!」
祐輔はずいぶん嬉しそうだけれど、俺は別の意味で溜め息をつく。
今日はなんとなくしっくりこなかった。だから明日の朝早く登校して自主練をしようと思っていたのに、どうやら顧問の仕事の都合で朝練ができないらしい。
俺は思わずグラウンドを振り向いた。もっとボールを蹴りたかった。明日の放課後では遅い。でも、最終下校時刻が迫っていて、今から自主練をするわけにはいかない。また溜め息が出る。
家に帰る前にどこにで軽く練習しよう、とひそかに決意する。ボタンをかけ違ったようにボールと息が合わないまま時間が経ってしまうと、どんどんずれがひどくなって修正が大変になる気がするのだ。
「じゃ、お先!」
俺は慌ただしく着替えをすませて荷物を背負い、誰かに声をかけられる前に急いで学校を出た。
引っ越してきてから、まだいい練習場所を見つけていない。
前の家は一戸建てだったので駐車場で軽くボールを蹴るくらいはできたけれど、新しい家はマンションなのでそういうわけにもいかない。近くにボール遊びが禁止されていない広い公園などもない。
帰宅してすぐTシャツとジャージに着替え、台所で晩ご飯の準備をしている母さんに「すぐに帰る」と伝えてからボールを持ってまた家を出た。前かごにボールを放り込んで、自転車を漕いでとりあえず大通りを目指す。
信号待ちの間にスマホでグーグルマップのアプリを開き、どこか開けた場所はないかとスクロールして近所の地図を見ていると、二キロ弱離れたところに『百合ヶ丘公園』という文字を見つけた。
百合、という文字にどきりとする。加納さんの顔がふっと頭に浮かんだ。
だめだ、だめだ。そんな浮わついたことを考えている暇はない。今はとにかくサッカーのことを考えないと。
慌てて邪念を振り払い、とりあえず行ってみよう、と経路案内に従って自転車を走らせる。少し遠いけれど、二キロなんて自転車なら一瞬だ。
アスファルトで舗装された急な坂道を上りながら、これはなかなかいいトレーニングになるな、なんて考えていると、ふいに視界が開けて、『百合ヶ丘公園』と書かれた石の柱が現れた。予想していたより大きな公園らしい。
入ってすぐに大きな駐車場があった。隅のほうにある駐輪スペースに自転車を停めて、ぐるりと見回す。遊歩道の両側には背の高い木が並んでいる。以前住んでいた街にあった緑地公園をなんとなく思い出す。
ここならボールを蹴れるかもしれない、と考えながら遊歩道を歩いていくと、芝生広場があった。そろそろ暗くなってきたので小さな子どもや親子連れの姿はなく、向こうで高校生くらいの男子の集団がバスケをしているだけで、他に人はいない。
「ありがとうございました!!」
部活が終わり、部員全員で整列してコートに一礼する。きれいに重なった声が、夏の夕焼け空に溶けていった。
三年生が立ち去るのを横目に、一、二年でグラウンド整備や器具の片付けをする。
そのあと、グラウンドの隅っこに置いてある荷物のところで、汗でびしょ濡れになったシャツを脱いだ。ここのサッカー部では、部室が狭くて部員全員は入れないので、荷物置きや着替えに部室を使えるのは三年生の先輩たちだけという決まりになっているらしい。外で着替えるなんて恥ずかしいなと最初は思ったけれど、すぐに慣れた。
「あー疲れたー」
隣で祐輔が大きく息を吐いた。
「でも明日は朝練なしだ! やったー、ゆっくり寝れる!」
祐輔はずいぶん嬉しそうだけれど、俺は別の意味で溜め息をつく。
今日はなんとなくしっくりこなかった。だから明日の朝早く登校して自主練をしようと思っていたのに、どうやら顧問の仕事の都合で朝練ができないらしい。
俺は思わずグラウンドを振り向いた。もっとボールを蹴りたかった。明日の放課後では遅い。でも、最終下校時刻が迫っていて、今から自主練をするわけにはいかない。また溜め息が出る。
家に帰る前にどこにで軽く練習しよう、とひそかに決意する。ボタンをかけ違ったようにボールと息が合わないまま時間が経ってしまうと、どんどんずれがひどくなって修正が大変になる気がするのだ。
「じゃ、お先!」
俺は慌ただしく着替えをすませて荷物を背負い、誰かに声をかけられる前に急いで学校を出た。
引っ越してきてから、まだいい練習場所を見つけていない。
前の家は一戸建てだったので駐車場で軽くボールを蹴るくらいはできたけれど、新しい家はマンションなのでそういうわけにもいかない。近くにボール遊びが禁止されていない広い公園などもない。
帰宅してすぐTシャツとジャージに着替え、台所で晩ご飯の準備をしている母さんに「すぐに帰る」と伝えてからボールを持ってまた家を出た。前かごにボールを放り込んで、自転車を漕いでとりあえず大通りを目指す。
信号待ちの間にスマホでグーグルマップのアプリを開き、どこか開けた場所はないかとスクロールして近所の地図を見ていると、二キロ弱離れたところに『百合ヶ丘公園』という文字を見つけた。
百合、という文字にどきりとする。加納さんの顔がふっと頭に浮かんだ。
だめだ、だめだ。そんな浮わついたことを考えている暇はない。今はとにかくサッカーのことを考えないと。
慌てて邪念を振り払い、とりあえず行ってみよう、と経路案内に従って自転車を走らせる。少し遠いけれど、二キロなんて自転車なら一瞬だ。
アスファルトで舗装された急な坂道を上りながら、これはなかなかいいトレーニングになるな、なんて考えていると、ふいに視界が開けて、『百合ヶ丘公園』と書かれた石の柱が現れた。予想していたより大きな公園らしい。
入ってすぐに大きな駐車場があった。隅のほうにある駐輪スペースに自転車を停めて、ぐるりと見回す。遊歩道の両側には背の高い木が並んでいる。以前住んでいた街にあった緑地公園をなんとなく思い出す。
ここならボールを蹴れるかもしれない、と考えながら遊歩道を歩いていくと、芝生広場があった。そろそろ暗くなってきたので小さな子どもや親子連れの姿はなく、向こうで高校生くらいの男子の集団がバスケをしているだけで、他に人はいない。