昔から、忙しい両親にかわって妹や弟の持ち物に名前を書くのが私の仕事だった。サインペンでは味気ないな、と刺繍を入れるようになり、気がつけばどっぷりとはまってしまった。刺繍をするために裁縫も独学で学び、今ではこうしていろんなものを作っては刺繍を入れて楽しんでいる。――そして、それを誰にも言わずにひっそりと楽しんでいるのだ。

 ふたりに「実は私が作ったんだよ」なんて言ったら驚くだろうなあ。

 隠している理由は特にない。誰も知らない趣味をひとりで楽しんでいることが、なんとなく快感なだけだ。それに、そのほうが褒められたときに「いいでしょ」と堂々と自慢できる。

 予鈴が鳴るまでの十五分ほどのあいだで、優子は課題の八割を片付けることができた。残りは一時間目と二時間目のあいだで終わるだろう。

「自分でやったから、今日は当てられても自信満々に答えられると思う!」

 ノートを抱きしめて優子が言った。そして「やっぱり江里乃はすごいなあ」「ありがとね!」「またあとで続き聞くけど!」と言って、軽い足取りで自分の席に戻っていく。

「よかったねえ」
「まあ、ノート写すよりかは、身になるんじゃないかな」

 次こそちゃんと家でやってきてくれたらいいんだけどなあ。

「優子はやればできるから、大丈夫だよ」

 自分のことのようにほっとした表情を見せる希美に、どうしてそんなにやさしい気持ちで人と接することができるのか訊きたくなる。なんとなく手を伸ばして、ぽむぽむと希美のお団子頭をドリブルする。すると、じわりと私の胸があたたかくなる。

「え、なになに、どうしたの」
「いやあ、希美はいい子だなあって」
「はは、なにそれー」

 希美だったら今朝見つけたノートをどうするだろう。私とは違う発想でいい方法を教えてくれるかもしれない。

「あのさ」
「二ノ宮! なんだ、その髪はー!」

 話を切り出そうとすると、外から大きな声が聞こえてきた。

 二ノ宮、という名前に、またあの人か、とため息をつく。大声を出しているのは、三年の学年主任である桑野先生だろう。

クラスメイトがなんだなんだと窓を開けて集まる。あたたかい教室に、外の冷たい空気が入ってきて肌に突き刺さってくる。

 どうせまたバカなことをしているのだろうな、と、希美と一緒に外を覗いた。

 校舎とグラウンドのあいだにある砂利道には、ミルクたっぷりのカフェオレみたいな髪色の男子生徒と、坊主頭で大きな体の桑野先生が向かい合っていた。

 うわあ、また、すごい色に染めたなあ。

 男子生徒は、怒られているにもかかわらず、にこにこと笑っている。そして、ふと顔を上げて窓から顔を出す生徒たちに、ひらひらと手を振った。

私たちのいる三階ではなく一階から、

「なにしてんのニノ、やりすぎ」「思い切ってんじゃん」「自分でやったの?」