ふと昔のことが蘇ると、先輩も同じ日のことを思い出したのか、「二度あることは三度あるかもなあ」と笑った。

 いや、笑いごとではない。こんなこと何度もあったらそれこそいつか先輩は大怪我をするはずだ。なんせ、仏の顔も三度まで、ということわざがあるのだから。



 あの日も、先輩は窓から突然やってきた。

 去年の、私が 生徒会に入ってしばらく経った、二学期のことだ。もうすぐ十一月だというのに、汗がにじむほど暑い日だったのを覚えている。

 二階の人気のない廊下で、私はひとりぽつんと佇んでいた。数分前に告げられた言葉を反芻させながら、呆然と、誰もいなくなった目の前を見つめていた。

 そのとき、今のように先輩が窓から飛び込んできたのだ。

『な、なな、なに!』

 落ち込んでいたはずなのに、そんな気分は一瞬で吹っ飛んでしまった。

 二階の窓から誰かがやってくるなんて想像していなかったので、魔法でも使ったのかと思った。実際には、三階の窓から排水管を伝って下りてきたらしい。意味がわからない。

『あはは。ごめんごめん』

 目を丸くする私に、先輩が満面の笑みで謝ってきた。ちっとも悪いと思っていないような、明るい笑顔に妙に落ち着かない気持ちになった。なんとなく、太刀打ちできないような、つかみ所がない印象を受けたのだ。

『ちょっと逃げて てさあ』
『……逃げるって、限度がありますよ。落ちて大怪我でもしたらどうするんですか。入院したら逃げるにも逃げれなくなりますよ』

 真面目に言ったのに、先輩はしばらく固まってから、ぶはっと噴き出した。

『は、はは、たしかに。そりゃ逃げれないな』

 笑いごとではない。

 おかしそうにお腹を抱えて笑われるようなことを言った覚えもないのだけれど。

 まるで人ごとのように笑う姿は奇妙に映った。自分のことを言われている自覚がないのか、それとも、そんなこと考えたこともないほど自分に自信があるのか、もしくは――自分のことなどどうでもいいのか。

 太陽のように明るいオーラでありながら、自滅的な人のようにも感じてしまう。目を離したら後先考えずに無茶苦茶なことをしでかしそうな、危うさがある。

 私とは、真逆どころか別惑星のけっして交わることない思考の持ち主だろう。直感的に、この人に関わるとろくなことにならないと思った。私がもっとも苦手とする、会話のできない相手だろう、と。

 けらけらと笑う先輩の額には汗が浮かんでいて、それが頬を伝って顎に流れる。ぽたんと床に落ちたしずくに、なぜか目を奪われた。どれだけ必死に走って逃げていたのだろう。昼間は暑くても、朝晩はずいぶん涼しくなった。季節の変わり目は、油断していると風邪を引きやすいのに。