泡沫〜罪への代償〜


ちょうど、ヘッドホンを外したところでラインの音がなり、スマホを開くと女の子から「この間は楽しかったね」とハートが山ほどついたスタンプと共に書いてある。

この子誰だっけ?この間ってなんだっけ?
懸命に思い出そうとするが俺の記憶力なんてポンコツだから思い出せない。

「本当に楽しかったね!」

と、当たり障りのない返事でなんとかやり抜けようとする。

しばらく会話は続いたから、当てずっぽうでもなんとかなるもんだ。
そう思いながら再びヘッドホンをつけてギターの練習の続きを始めた。

中学生から始めたギター。家に親父の若い頃に使っていたものがあったから、興味本位と暇つぶしで始めた。

俺が住んでいる田舎はやることがない。だからいい趣味が出来たと思う。
ある程度弾けるようになってから、なけなしのお年玉で安いけれど気に入った自分用のギターを買った。

高校の気の合う連中が偶然にも楽器が弾けて、ギターボーカルの4人組バンドを作った。
俺はメインギター担当。

1年生の最初は音合わせも兼ねてコピー曲ばかりをやっていたが、ギターボーカルが作詞をしたと言ったことがキッカケでみんなで作曲をして、最近はオリジナル曲で2、3か月に一度市内の小さなライブハウスでライブをやっている。

集客は学校の連中やメンバーの地元の友達、自分たちが遊びで出会った女の子。
それでも学校で俺たちは「カッコいい」などと言われ、人気があるのが不思議な感じ。

もうすぐ来る夏休みには、みんなで金を出し合ってCDを作る予定だ。無料配布用のCD。
レコーディングなんてカッコイイものではなく、スタジオで1発録りだけれど。

俺たちはバンドでデビューしたいと思っている。
でも、市内でもかなり偏差値の低いこの高校に通っていて、さらにヘラヘラとしたバカキャラな俺でもわかっている。
バンドで成功するなんて宝くじの当選よりも少ないことも。
だから、俺たちは「保険」として専門学校への進学を考えている。俺ももちろんだ。

そしてデビューして売れなくて貧しい時、CDをリリースしたい時に「あの金」は使おうと思う。
アイツらはまさかもう使ってしまったのか?


「なんで今更」

口に出してため息が出る。

なんで今更、アイツらを思い出さなければいけないんだ。

俺たちは全員「あの事」があってから口もきかなくなり、疎遠どころか他人になった。

4人のうち2人はこの田舎から出て行った。
俺の家と同じ区画に、その2人の家は未だに売り物件に出されているが、1人の家は高額で買い手がつくような雰囲気はない。

ここに残っている1人はたまに見かけるが「おはよう」とも言わないし、通学のバスや電車の時間が合うこともない。

バスで市内の駅についてから、アイツと俺は全く逆の路線になるから、余計にそばに住んでるわりに会うことがない。
向こうが避けているのか、無意識に俺が避けているのか。


学校に行くと、教室に入る前に廊下で「ナオトー」と声を掛けられる。
振り返ると、メンバーの元カノ。結構可愛いけど遊びまくっている女だった。
俺たちの元カノなんか学校で何人いるか?10人以上いるだろう。
年上も年下も。

「おう、おはよう」

俺がヘラっと笑うとそいつもヘラヘラ笑っている。

「あのさー、私の友達がナオトのバンドのファンで、その中でもナオトが一番なんだってー。会いたいって言ってるんだけど、会えない?」

「へー、ありがたいな。俺は大丈夫だけど、いつ?」

ファン=客は大事。ライブ費用もかかるからね。

「今日とか無理かなー?突然すぎ?」

そいつは俺の袖を引っ張りながら言う。

「今日?まー……、バンド練習はないからいいけど、金ないよ?俺」

金がないのは本当だ。「あの金」は別物だから。

「そんなの、その子が飯代とか出すよ。今日オッケーって伝えていい?」

「いいよ。場所が決まったらライン入れておいてー。放課後一緒に行こうぜ」

「やったー、ありがとう」

さっそくスマホを操作している。

朝から何だか腹が少し痛い。
腹を壊す痛みとは違うっぽいけれど、なんだろう?腹をさすりながら教室に入る。

ガヤガヤとした教室で、自分の友達がいる場所に行くと
「ナオト、ナオト」と1人に声を掛けられる。

クラスにはバンドのドラムもいる。もちろんクラスでの仲間のグループに入っている。

「なんだよ」

カバンを自分の机に置いて戻ってきてから返事をした。

「知ってるか?ホームレス連続暴行事件」

と言われた。

「ホームレス連続暴行事件?あー、テレビでなんかやってた気がする。ニュースで見たんだったかな?あんまり記憶にねーけど」

夜のニュースを親父が見ていて、やっていたような……?ニュースなんて芸能ゴシップしか興味がないから記憶は曖昧だ。確かこの市内だったかな?それで覚えてるのかな?
よくわからない。

「犯人、未成年の女らしいぞ!女子高生の可能性大!」

興奮して言うそいつを見ながら笑った。

「未成年の女子高生って知り合いじゃないだろ?バカだなお前」

俺が笑って言うと「ナオトの方がバカだろ」と他の友達に突っ込まれる。

笑いながら思う。未成年なんだ、へー……。どんな事件が記憶にないけれど。

「あれだよ、サイコパスってやつじゃね?」

「サイコパスの意味わかってんのかよ」

「ヤバイ殺人者だろ?でもさ、未成年の女でホームレス暴行した時の力が成人男性並みらしいぞ?どこのゴリラ女かと思うけど、サイコパスなんじゃね?」

そんな会話を聞きながらスマホでその事件を検索してみる。

話を聞いて同感。成人男性と同じ力なんてきっとゴリラみたいな女なんだ。

そういえば授業始まらないなと思って、教壇に目を向けると、黒板には「本日、自習」と書いてある。

「なんで自習なの?」

俺の素朴な問いにドラムが返事をする。

「そのホームレス事件がらみで女子生徒が全員警察と心理カウンセラーってやつに聞き込みされてるから、今日からしばらく全科目自習なんだよ。市内全域の学校はみんな同じだと思う。でも、危険だから学校には男子も登校すれよって感じ」

机をスティックでタカタカと叩きながら言っている。リズム感を叩きこむと練習だと言って休み時間はいつもスティックで机の端を叩いている。もうその音は聞きなれた。

事件の概要を読みながら思う。

『食べ物を数日間与え、手なずけてからホームレスにはカボチャの置物を頭に乗せさせたり、ひょっとこのお面の被らせて暴行をする。犯人自体はおかめのお面を被っていることが多い。』

お面のセンスなさすぎだろ。と心で突っ込む。

『犯人像は知能指数が高く、計算高く、高圧的なところがあるが、手なずけれる際に顔がバレるという稚拙なミスがあるところから、未成年者の可能性が高いと思われる』

ふーん。この性格、アイツみたいだな。計画性はあるけれどツメが甘いんだよ、アイツは。「あの事」もそうだった。

って、なんで最近アイツらと「あの事」ばかり思い出すんだ。不愉快すぎる。
そしてさっきより腹痛が強くなってきた気がする。下痢止めでも飲めば治るのか?

「お!暇だしこれやろうぜ!『サイコパス診断テスト』だって、心理テストらしいぞ」

1人がスマホを見ながら言った。

「テストって答えは?」

ドラムが聞く。

「ちゃんと書いてある。一般人とサイコパスの答えの違いも」

「俺たちの学校はバカ高校だから、ある意味それがサイコパスだよ」

誰かが言ってみんな笑う。

「なー、暇だしやってみようぜ。答えを隠して問題を読むから」

まあ、どうせ暇だし。みんなそう思ったのか「いいよ」と返事をする。

俺は事件の記事を閉じて、ファンの女子大生からのお誘いのラインのやり取りをしながら返事をした。

「じゃあ行くぞー。問題その1『あなたは家でテレビを見ています。ニュースでは近所で頻繁に殺人事件が起きていると報道されています。そこで家のインターホンがなりました。あなたは扉を開けますか?』だって。1問目からタイムリーだな!」

「「開けない」」

ドラムも含めて3人が言った。

俺はスマホを見ながら「開ける」と答える。
深くは考えていない。直感で答えるのが心理テストだろうから。

「ナオト、マジかよ。お前だけサイコパスと答え同じだぞ?」

みんな笑っている。

「マジ?たまたまだろ?」

俺も笑ってから、またラインのやり取りの続きをやる。

数問続いて、俺の他にもサイコパスと同じ答えだったり、俺もみんなと同じ意見だったりとなっている。

心理テストだから「なぜそう思った?」が必要らしいけれど、とりあえずそれは飛ばして答えのみを言っていく。
4人でやっているのに、俺はなぜかサイコパスと答えが同じことが多い。

「10問目『夫が急死し、その葬儀中に訪れた夫の同僚に妻は一目ぼれをしました。その夜、彼女は息子を殺害しました。なぜ彼女は殺したのでしょうか?』だって」

「これは「なぜ?」がいるやつだな」

ふざけてるワリに、みんな意外と考えている。

ドラムがノートを破り、4枚にちぎって渡してきた。

「これは書いてみよう。俺も俺もって答えを合わせないように」

「なんだよ、真剣だな」

紙を受け取りながら、笑って俺は答えのペンを走らせた。

ドラムはバンドメンバーの中でも結構冷静で頭がいい。まあ、この学校にいるくらいだから、ここでは。なんだけれど。

全員書いたものを机に一斉に開いておいた。

『息子が邪魔だから』

俺以外、みんなそう書いてある。

『息子の葬式でまた会えるから』

俺はそう書いた。

「え……?ナオトの答えなにそれ?」

問題を出してきているヤツがスマホと照らし合わせて言う。

「なにって?そのままだよ。息子が死んだから葬式くるだろ?そうしたら絶対会えるじゃん」

「それ、サイコパスと答えも理由も同じだよ」

一瞬、シーンとなる。
俺がおかしいってことなのか?俺がサイコパス?
冗談じゃない。俺は普通の高校生だ。

「やめないか?あくまで心理テストだし。そんなもんでサイコパスとか決めつけて変な感じになったら俺は嫌だね」

ドラムが言った。

それを聞いてみんな「そうだな」「ムキになってテストやりすぎだわ」と言い、笑った。

それからしばらくみんなでバカ話や女関係の話で盛り上がった。

「さて、俺は早退するよーん」

俺が席を立つと、「なんだよナオトー」と言われる。

「今日は女子大生のファンの子と急遽デートになりましたー。本当は別の子とデートが先だったんだけど、そっちは今度ってことで。聞き込みが市内でされてるなら会うの遅くなりそうだから、女子大生の方にしましたー」

女子大生がラインで『ご飯食べて、その後ホテルいかない?』と言ってきたから、もちろんそっちを優先する。

この子とは数回会っているけれど、いつも全額あちら負担。ホテルありきのオプションで。

ありがたい、ありがたい。ファンは本当に大事。

「ところでナオト、さっきから腹さすってるけど、腹が痛いのか?」

ドラムに言われる。
サイコパステストやその後に話している時もズキズキと少し痛くて腹をずっとさすっていた。

「なんか痛いんだよなー。昨日食い過ぎたかな?」

「女と最中にトイレにこもるなよ!」

他のヤツが笑いながら言った。

「はいはい。そんなミスはしませんよー。じゃあなー、また明日」

手を振って俺は教室を出た。



数時間後、ラブホテルの部屋でボーっとでかいテレビを見ながら欠伸をする。
ことが終わってから1時間くらい仮眠をしたけれど、眠くて仕方ない。
あとは変わらず腹がズキズキ痛い。

テレビは夕方のニュースを流している。
今日言っていた、ホームレス事件の概要を報道していて『犯人は市内の女子高生とほぼ確定』とテロップで出ている。

「未成年の事件かー、殺人ではないけど怖いわね。女の子が犯人なんて嘘みたい」

同じベッドの横にいる女子大生が電子タバコを加熱している。甘いフルーツのような匂いがうっすらとするが、タバコの匂いは全くしない。

「きっとゴリラみたいな女子高生なんだよ」

俺が言うと彼女はクスクス笑う。
そして俺を引き寄せて抱きついてくる。

「実は私が犯人だったりして」

「キミの力はゴリラなの?」

そう言って2人で笑う。

普段はヘラヘラとしているけれど、こういう時とライブ中の俺は静かで冷めた感じにしている。何事もギャップが大事だから。

「もう少し一緒にいられる?」

彼女がそう言ってきて、少し考える。時間は別にいいのだが、腹の痛みが普通ではない気がしてくる。病院へ行くべきなのか?

そのタイミングで俺のスマホが鳴る。
着信を見ると『母』と出ている。

ベッドから出て、少し離れたソファに向かいながら「もしもし」と言った。

『ナオト!大変よ!すぐに帰ってきてちょうだい』

「え?大変ってなに?すぐっても電車とかの時間あるし……」

『タクシーに乗ってきて!支払いはお母さんがするから!とにかく大変なの!すぐに戻ってきなさい!』

「あー、わかったよ。タクシーで帰るよ。なにがあったのかわからんけど」

そう言ってから電話を切った。

「帰るの?」

彼女が不服そうな顔をする。

それを見ながら脱ぎ散らかした制服を集めて着替えだす。

「なんか家で大変なことがあったみたいだ。身内に不幸でもあったのかな?電話は母ちゃんね」

「身内の不幸?それなら急いで帰らないといけないね。先に帰っていいよ。私も用意してその後出るから」

そういうことならと彼女は言った。

「ごめん。今度またゆっくりしよう?近いうちに連絡するから」

俺は素早く着替えて、彼女に軽くキスをしてから部屋を出た。



なんだこれは……。

タクシーを飛ばして家に戻ると、家の付近がパトカーと覆面だろう黒塗りの車が何台も止まっている。

支払いを済ませた母親がそばにきた。

「先生の家だよ」

母親の言葉を理解できない。

先生の家?

それはつまり清水アカリの自宅?

アカリの家で何かあったのか?

まさか……!?

まさか今更「あの事」が?


「ホームレス暴行事件の犯人、アカリちゃんらしいのよ」

母親がコソっと耳打ちしてくる。

「は?アカリが?嘘だろ?」

驚いた。まさかアカリが犯人だなんて。

こんな田舎にパトカーが集まるもんだから町の人がみんな見に来ていて、未成年の報道規制もあったもんじゃない。
警察が黄色いテープを張って「これ以上近づかないでください!」と叫んでいる。


なんでアカリはホームレスを襲撃したんだ?

なんのために?


もう数年、アカリとは会っていないし会話なんてもちろんしてないし、自宅である診療所にも行かない。病院に行く用事がある時は遠いけれど市内の病院へ行く。
風邪くらいしか治せない、あんなヤブ医者になんかかかりたくもない。

医者の父親はピカピカに磨いた外車を乗り回して、母親は派手な格好でうろついているし気持ちが悪い。近所でも変人扱いされている。

「逮捕されたのか?」

母親に聞くと首を振った。

「なんだか警察が来る少し前から行方がわからないみたいよ?アカリちゃん、毎日、国道のそばにある大きなスーパーあるじゃない?そこに夕方、必ず食料を買い出ししているらしいんだけど、スーパーにもいないみたいなの」

「アカリは逃げたのか?」

「さあ……?女子高生の犯行としかニュースでは報道していないから、自分のところにはくるとは思わなかったんじゃないかしら?ここに警察が来た時もよくわからなったけれど、先生の家に入って行くのが見えて大騒ぎよ」


アカリはどこに行ったんだ……?


そう考えた瞬間、ずっと痛かった腹が弾けたような爆発的な痛みになった。
痛みに耐えられなくて、俺はその場に倒れこむ。

「ナオト!?どうしたの!?ナオト!!」

母親が俺を揺する。
脂汗が一気に出てきて呻くことしかできない。

「誰か!!救急車を呼んでください!!」

母親の叫び声を聞いて俺は意識を失った。



しばらくして目が覚めると病院に意識いる。
痛みはない。感覚がないくらいだ。

「結城ナオトさん」

白衣を着た医者が声をかけてくる。
そばには真っ青な顔をした母親と急いできたのかスーツがヨレヨレになった父親が見える。

「盲腸が破裂して腹膜炎を起こしているのでこれから緊急手術をします。大丈夫ですから安心してくださいね」

腹の痛みは盲腸だったのか……。
盲腸で死ぬようなことはほとんど聞いたことがないから安心する。

「それでは手術になりますので麻酔入れますね。すぐに意識がなくなります。僕が数字を数えるのを見ていてくださいね」

頷くと、点滴に何かを入れて、医者が「1、2、3」まで数えるのを見たと同時に意識が再びなくなった。


誰かが俺の身体を揺さぶっている。
起きろと言わんばかりに。

「まだ眠いから勘弁してくれよ……」

態勢を変えて毛布らしきものを頭まで引っ張る。

「おはよーございます!結城ナオトさーん!起きて下さい!」

耳元でバカでかい声で言われてビックリして目を覚ます。

見知らぬ眼鏡の男が視界にデカデカと入る。

ガバっと起き上がって周りを見る。
図書館のように本棚がズラリと並んでいる。
でも、装飾は何だか派手なのか?テレビで見たことがある西洋の派手な屋敷みたいな感じだ。
自分を見ると、制服を着たままでソファで毛布をかけて寝ていたようだ。

「起きました?」

再び眼鏡の男が言った。微笑んでいるのか薄ら笑いなのかわからない。

誰なんだ?コイツは。

そしてここはどこだ?


「アンタ誰だよ?それにここはどこだ?」

俺が男を睨みながら言うと、ふーっとため息をつく。

「僕は女性には優しくするけど、男の子は好きじゃないんだ。特にキミのようなタイプはね」

笑顔はすっかり消えて呆れた顔になる。
それから続けた。

「まー、聞くまでもないけど、お腹痛いでしょ?ミコちゃーん、結城さん起きたから、抗生物質と一番強い鎮痛剤持ってきて。あと飲み物ね」

本棚とは逆の方向に声を掛けている。そっちはカフェのような造りになっている。
よく見るとデカイ部屋だ。部屋なのか?店?屋敷?なんだここは。

「はーい!結城さんはアイスカフェオレが好きですよねー?薬と一緒にお持ちしますねー」

やたらとアニメ声な女が返事をしている。ここからは遠くて姿が見えない。

それに、なんで俺が腹痛だとわかった?

俺は盲腸になって手術をするから麻酔を……。

「おい!俺は病院で手術をしたはずだぞ?なんでここにいるんだよ!」

「盲腸が悪化して腹膜炎になったんでしょ?それで手術したんでしょ?だから、お腹が痛いの。わかるかな?」

男は分厚い本を両手で抱えて、また、ため息をはいた。

「だから、俺はただの盲腸で手術したんだよ!病院にいないのはおかしいだろ?誘拐か?なんだよ!ふざけんなよ」

「キミ。盲腸なめてない?腹膜炎ってね、命に関わるんだよ?ってことでキミは腹膜炎が想像より酷く、それを医者が見逃してしまって、手術後に容体が悪化で意識不明。ほぼ死亡状態。今がヤマ。医療ミスって言えばそうなるね。で、ここにいる。はい。わかった?じゃあ、あっちのカフェの方に来て。色々と話があるから」

男が言うことが全然わからない。

茫然とする俺を置いてさっさとカフェらしき方へ歩いて行く。
状況が飲み込めない。

仕方ない。今はあの男について行くしかないんだろう。

立ち上がると腹がズキズキする。
痛みに顔をしかめながら男が行った方向へ向かった。


男の向かえの席に座るけれど、腹が痛くてうずくまってしまう。

男はそれを見て「やっぱり飲むより打った方が早いかな?」と呟いた。

そのタイミングでやたらギャルっぽい女がトレイを持って来た。

「あー、やっぱり。私もそう思って注射にしました。打ってもいいですか?」

さっきのアニメ声。この女が「ミコちゃん」と呼ばれていたヤツか。

「いいよ。早く痛みがなくなってくれないと話も出来ないから」

男が言うと、女は俺の腕を掴んでシャツの袖をまくる。

「結城さん、痛み止め打ちますね。速攻で効きますから安心してくださいね?少しチクっとしますよー」

そう言って俺の腕に謎の注射を打った。

何の注射だよ。ヤバイのとかならどうなるんだよ。
少し恐怖を感じながらも痛みで何も出来ない。

打たれて数分。
本当に消えたかのように痛みがなくなる。


「さて……。これでやっと話が出来るかな?あ、抗生剤も注射に入っているから安心を。術後の感染症とか怖いからね」

男が言ったと同時に、俺の方へグラスが置かれる。透明だけれど綺麗な模様が入ったそのグラスにはアイスカフェオレが入っている。

グラスを置いたミコという女が男の隣に座った。そして椅子の脇に置いてた本を膝に乗せた。男がさっきから持ち歩いていて、今は開いてページをめくる本と同じように見える。
そして、俺のグラスの横にも同じ本が置かれている。

黙っている俺と、ページをめくる男を交互に見てからミコが「もー、ウタカタさんは」と文句を言った。

ウタカタさん?それがこの男の名前なのか?

「では、助手である私、ミコからお伝えします。この方はウタカタという名前の職業は神様です。そして私がそのお手伝いをしていますので助手になります。ウタカタさんは……まあ、このように男性がお嫌いなので申し訳ありません。神様と言いましても職業であり、当然ながら他にもたくさんいらっしゃいます。ウタカタさんが担当する管轄。つまりは結城さんがいるこの場所は『狭間』と呼ばれている場所です。生と死を彷徨ってる方がいらっしゃるところです。そこで、その方に選択していただきます。そちらの本を開いてください」

流暢に意味不明なことを言っている。

このミコってやつもウタカタってやつも頭がおかしいのか?

神様?こんなTシャツの上にジャケット着てるヤツが?

少し顔がいいインテリ風な一般人が神様?

馬鹿なのか?それとも俺を馬鹿にしてるのか?

それに目の前の本。
『結城ナオト』と焼印のタイトルがついている。気味が悪い。

「ミコちゃん、説明ありがとう。ここからは僕が」

ウタカタが言って、俺の目の前の本を開いた。

思わず開かれたページに目を向ける。

『清水アカリがホームレス連続暴行事件の犯人だとわかったナオトは、朝からの腹痛が酷くなり倒れる。盲腸が悪化して腹膜炎をおこし緊急手術をするが、医者が病状の重篤さを見逃し、術後に容体が急変。意識不明となり生死を彷徨っている。そして、ナオトはウタカタに呼ばれ、狭間におもむき、ミコから現状の説明を受けている』

「は……?」

俺の間抜けな声を無視してウタカタが話しだす。

「この本はキミの人生の物語。話は現在進行形で進んでいく。開いているページが「今」のこと。キミ達の世界の若者風に言ってみると「ナウ」だよね?その方が伝わるんじゃないかな?ナウ『狭間』って感じ」

「何がナウだよ。馬鹿にしてんのか?」

「柳アサコ。清水アカリ。この2人も今現在ここにいる」

「え?柳……?柳アサコ!?ちょっと待て。清水アカリもいるって!?アカリはここへ逃亡してきたのか!?」

柳アサコの名前はかなり久しぶりに聞いたけれど、それよりアカリが?ウタカタが逃がしているのか?

「あのさー。ミコちゃんの話聞いてた?ここはキミ達がいる世界じゃない。生と死を選択する場所だ。だから、柳アサコも清水アカリもキミと一緒。生死を彷徨っている。僕たちの言い方が難しくて理解できない?偏差値の低い高校でバンドやってモテモテ。将来の夢はバンドで成功して、いざ武道館ライブ!さっきまでファンの女子大生とイチャイチャしてましたー!なキミはバカだから理解できないの?」

「お前……!!」

思わずぶん殴りそうになるのをミコが腕を掴んだ。
華奢な身体のくせに力が強い。抵抗できない。

「キミってそんなにバカじゃないよね?実は」

ウタカタがフンと鼻で笑って言った。

「学力、つまりはお勉強は苦手。だからバカ高校と呼ばれる高校に進学している。でもね、キミは社会的能力はすごく高い。世渡り上手、計算高くて計画性を持って行動する。実に慎重。ずる賢こいし、発想能力も高い。緻密さも含めて、親しい人間には自分を神だ、敬え、なんて言って大事なところでミスを犯す清水アカリなんかより遥かに賢いと僕は思うけれど、間違ってる?子供の頃から、財力と医者の娘だという理由で偉そうにしていた清水アカリには、とりあえず下手に出てればいいと判断していたよね?尊敬しているフリをして実は俺の方がずっと賢いって思っていたよね?」

何なんだよ、コイツ。

神様はお見通しってことなのか?


「生死を彷徨うってアサコとアカリはどうしてここにいるんだ?」

俺が呟くとウタカタはニンマリと笑った。

「ようやく話が出来そうだ。理解してきたじゃないか。さすがだね。本を読んだらわかることだけど、柳アサコはイジメによる自殺。清水アカリは買い物へ向かう途中で交通事故に遭いここにいる。ちなみに清水アカリは、自分の家に家宅捜索が入ったことは知らなかった。ここで僕の説明を受けて知った。だから逃亡じゃない。そして、ここはキミ達の世界のように時間は動いていない。だから彷徨っている今の時間も現世の世界では1秒も進んではいない」

「自殺……?事故……?」

頭をフル回転させる。

「時間が動いていないということは、俺たちは同日のほぼ同時刻に死んだ?いや、死んではいない。「まだ」。でも、ほぼ死亡と同じ状況。でも、なぜ俺たちなんだ?俺たち3人がなぜ同時にこんなことになっている?これは偶然じゃない何かあるからとしか思えない」

「ハハハ。すごいね、現世の人気アニメの『見た目は子供の探偵くん』みたいだな」

心の底から馬鹿にされている気分になる。いちいち挑発的な男だ、ウタカタは。
いや、そんなことは今はどうでもいい。

「え?ちょっと待てよ」

俺はさっきウタカタが開いたページをもう一度読み返す。
そしてウタカタを睨みつけて言った。

「おい、『ナオトはウタカタに呼ばれ』ってなんだ?俺は医療ミスで死の淵を彷徨ってここに来たんじゃないのか?これの意味はなんだよ」

ウタカタはパッと明るい表情をした。
コイツこそ学校で話していたサイコパスなんじゃないのか?

「気づいた?ピンポーン!結城くんは僕がちょーっと細工して『狭間』に来てもらったんだよね。まあ、正直に言えば、柳アサコ、清水アカリも同じなんだけれど。あ、これは2人には言っていないし、本も細工して書いていないから2人には秘密だから。そこのところよろしくね」

「だから、何で俺たちなんだよ」

イライラする。

冷静になろうとアイスカフェオレを飲んだ。俺が好きな店のものと全く同じ味がする。

ミコの方を見ると、目が合ってニッコリと微笑まれる。

ショートパンツにピンクの半袖のカットソーに踵の高いサンダル。茶髪にピンクのエクステが数本混ざった長い髪はキレイに巻いている。多分、同世代だろう。
アニメ声でギャル風だけれど、今まで見た女の中でも群を抜いて美人な顔をしている。
見た目と違い所作や話し方はしっかりしているし、優しいのだろう。それがにじみ出ている。
ベースのアイツがモロに好みな感じ。
俺もこんな場所でなければ結構好きになりそうだ。

って俺は何を下らないことを考えてるんだ!

そんなことよりも現状を理解して、どうしてなのか、なぜなのか、これからどうすればいいのかを考えなければならない。

それには、まずウタカタを攻略するしかない。
俺たちを呼んだ理由、神様なんだっていうのだから、呼べるということは逆も出来るはずだ。
俺たちを現世に戻すことも可能だ。

コイツを攻略して、現世に戻る。

ウタカタの方を見ると、満足そうにコーヒーを飲んでいる。

この男はかなりのキレ者だ。
そうやすやすとは陥落しないだろう。

「はい、わかりましたー」と俺たちを現世へ戻すとは思えない。
何を考え、どうして『狭間』へ呼んだのか。それを突き止めて、白旗を上げさせて元に戻させる。

アサコやアカリも細工したなら何もかもをなかったことにして3人で戻るしかない。

俺たち3人を呼んだのなら、3人全員必要だ。誰かだけが残ることや戻ることは不可能だろう。
だから戻るならゼロにさせて全員で戻るしかない。

「何か浮かんだ?名探偵さん?」

視線に気づいたウタカタが言う。

俺は勉強は全然ダメだけれど、心理戦は得意だと自負している。
今まで、相手の心理の先を読みバカキャラを演じてやってきたんだ。
まずはウタカタの心理を攻略して、それから計画を練る。
その時にはアサコもアカリも必要になるだろう。

「質問していいか?」

俺が言うとウタカタは「どうぞ」と微笑んだ。

「さっき、説明でミコが言った『選択』ってのはなんだ?」

「あー、それはね、ここに来た人に必ず言うし、やってもらうことなんだ。苦しくても現世に戻り生きるか、はたまた光ある天国へ向かうのか。それを自分の物語、その人生の本を読み返して考えてもらって選択してもらう。僕の仕事はそれだよ」

「現世で生きることは可能なんだな?でも、苦しくてもってのが気になるんだけど。それって、ここにたどり着く人間は現世で何かしら辛いことや苦しいことがあった、または現在進行形であるってことだよな?それは合っているのか?」

「うん。合ってるね。ほとんどの人は生きていたいって最初は現世を望むけれど、それって本当にいいの?苦しみは取れないでそのままだよ?ってことを説明はするよ。だから人生を振り返って選択してほしいんだ」

「アサコはイジメに遭っている。アカリは逮捕目前。現世に戻ってもそれは進行されるよな?」

「そうだね、だから考えなさいよって言っている。2人は今、考えていると思うよ?」

「じゃあ、俺は?俺は別に何もしていない。現世で苦しいことは何もない。なのに俺を『狭間』へ呼んだ理由はなんだ?」

「それは自分で考えたら?」

首を傾げてウタカタが言う。

「3人必要だからだろ?いや、正確には4人だ。1人足りない。それはなんでだ?」

「今日は4人ここへ来る予定だよ。キミは3人目。おのずと足りない最後の人間が来るのはわかるよね?あ、これ核心ついたね。キミの心理戦を先読みしちゃった。ごめんね」


舌打ちをしたくなる。
ゆっくりと読み取ろうとしたのに先読みされて腹が立つ。


4人。
「あの事」が原因ならば4人いなければならない。
俺、アサコ、アカリ。この3人は小学生からの幼馴染だ。
後から当時の俺たちに加入したアイツもいなければ集まる理由はない。


「俺たちが集まる理由はわかった。最初は不思議だった。なんで3人なんだ?って。「あの事」が元凶ならアイツもいなければ成立しないから」

「そうだね。あの2人も会って気づいたみたいだよ?キミ達が言う「あの事」なのか?って。だから3人目が来るって知らせた時に聞かれたよ。「次はどっちが来る?」ってね」

「なぜ俺が3人目になったんだ?どっちでも良かったじゃないか。結果4人招集されるんだから」

言葉に出して気が付いた。

ウタカタを見る。相変わらず薄気味悪い笑顔をしている。

「なあ、なんで「今」なんだよ。「あの事」が原因ならもっと昔に俺たちはここに来なければならかった。なぜ今なんだ?」

「さあ?それは神のみぞ知るってヤツじゃない?僕みたいな職業が神様じゃなくて、本当の祈る方の神様ね」

ウタカタはそう言うと、ミコの方を見た。ミコが頷いている。

「もういいかな?キミとの心理戦に飽きたよ。キミは心理戦をしているつもりだろうけれど、頭は回るけど所詮は高校生の頭脳だね。僕はただ事実を答えていただけ。時間をかけてゆっくり攻略するつもりなんだろうけれど、閃きが遅いね。そこは学力の問題かな?アサコさんやアカリさんの方が「あの事」に気が付くのが早かったよ?でも、キミの方が上手なのは、なぜ「今」なのか?に気が付いたところだよね。それは褒めてあげるよ、名探偵さん」

ウタカタが席を立つ。ミコはすでに立ち上がっていた。


俺が苦虫をかみ潰したような顔をしていると、ミコが肩にそっと手を置いて言った。


「アサコさんとアカリさんの所へご案内しますね。こちらに来てください」


促されてミコの後に続く俺に「結城くん」とウタカタが声をかけてきた。

「なんだよ」

「キミ達の地元のおばあさん、青果店の。わかるでしょ?」

「は?それがなんだよ」

「よく言われてたでしょ?『悪いことをしたら神様は罰を与えるんだよ。それは逃げられないことだから、悪い事はしたらダメだよ』って覚えてる?」


青果店のばあちゃん。
俺たちが遊び場にしている場所へ向かう途中に通る道にある店。
俺たちはイタズラばっかりしていたから、よく言われていた。
今、ウタカタが言った言葉を。
何回言われたか記憶にないほど、口癖のように言っていた。


「罰を与える神はアンタだって言いたいのか?」

自嘲気味に言うとウタカタは声を上げて笑った。

「それは知らないよー!神様なんてたくさんいるんだから。あ、それと僕を攻略して何事もなく現世へ帰れるって考えは捨てた方がいいよ。キミには言ってなかったね、過去や現在はよっぽどのことがない限り変えられないよ?だから諦めて、最後の1人を待っていることだね。3人で顔を合わせるんだから久々に語り合いなよ。「あの事」をね」

ムカつく。
本当にぶん殴りたくなる。

その場にあった椅子をガンっと蹴っ飛ばす。

「キック力はアカリさんの方が上みたいだねー。会ったらゴリラみたいな女なんて言ったらダメだよー。女性には優しくね。キミ、いつもやってることじゃん」

「ウタカタさん!」

ミコが咎めるように言った。

「だから言ったじゃん。僕はキミのような男の子は嫌いだって」

「うるせー!!」

俺が怒鳴ってもケラケラと笑っている。

「ごめんなさい。ウタカタさんって少し子供っぽいところが……。行きましょう。お二人が待っています。3人で考えて選択してくださいね?後で皆さんで美味しく食べられるようなお菓子持って行きますから」
ミコが優しく背中を押して、俺は2人がいるという個室に入った。



結城ナオトがミコに案内された個室入ると、1人掛けのソファにそれぞれ座っている、柳アサコと清水アカリがナオトの方へ視線を向けた。

「やっぱりナオトだったのね」

アカリが言った。
ナオトで良かったという表情をしている。安心したように椅子に深く座り直した。

「あ、ナオト。久しぶりだね、こんな場所は言うのは変だけれど……」

アサコは困ったような笑顔を向けている。

「おう、久々。……って、やっぱり変だな」

ナオトもぎこちない挨拶をした。

「結城さん、こちらの椅子へどうぞ」

ミコがナオトを空いている椅子に案内をする。

1人掛けのソファが4個。
丸いテーブルを囲むように並んでいる。

4人分。
やっぱり俺たちは「あの事」で呼ばれたのだとナオトは確信して、言われた椅子に座った。

「今、お菓子と飲み物をご用意しますね。人数が多いのでパーティー風なお菓子なんかいいですよねー。カラオケによくあるような。みんなで食べると楽しいですね!すぐにお持ちしますのでお待ちくださいね」

ミコが笑顔で言い、そして部屋を出ていく様子を3人で見る。

3人とも思っている。

楽しい?正気なのか?と。

しばらく誰も口を開かない。



アカリは肘掛に寄りかかり頬杖をついている。
ナオトは足を組み、肩が凝るのか首を回している。
膝の上に置いた両手を握ったり離したりしているアサコが、ゴクンと唾を飲み込んで思い切ったように口を開いた。


「みんな、わかってるよね?私たちがここにいる理由……」

アサコの言葉に2人が視線を向けた。

「おい、アサコは知っていたか?ホームレス連続暴行事件ってヤツ。お前はもう地元にいないから知らねえんじゃないの?」

ナオトが言うと、アカリがキっと睨んでいる。

「こっちでもニュースでは流れていたよ。未成年の女の子が犯人の可能性があるって。地元だから驚いてはいたけれど。きっと全国ニュースになっていたんだと思う」

アサコは小さな声で言った。

「その犯人はそこにいるゴリラみたいな力の女だ。驚くよな?まあ、昔っからサンドハッグ相手に鍛えていたから、ゴリラパワーもつくよな。力が余りすぎてホームレスを暴行してるなんて笑っちゃうけれど」

「アンタ!私のことをそんな風に言ってもいいの!?ふざけんな!!どの口が言ってるのよ!!」

ナオトの言葉にアカリは真っ赤な顔をして立ち上がり怒鳴りつける。

「お前、何様のつもりなの?あー、神様だっけ?残念だな、神様はウタカタって男だったな。お前じゃねーよ」

ナオトの挑発に怒りが爆発したアカリが襟首を掴んだ。

「やめようよ!今はそういう話じゃないよ!」

泣きそうな声でアサコが言ったところでドアがノックされる。

「お待たせしましたー……?」

ミコがトレイに山盛りのお菓子と飲み物を持って入ってきた。
そして、ナオトとアカリを見る。

アカリはミコが来たことなんか構わずにナオトの襟首をさらに強く引き上げようとしている。
それに対してナオトは「俺を殺すのか?もう死んでいるのと同じなのに、どうやるんだよ。ゴリラ女」と馬鹿にしたような顔で言った。

アサコがミコに助けを求めるように「ミコさん!」と言う。


ミコはトレイをテーブルに置いて、2人の前に立った。
そしてアカリの腕を引き離す。
腕を掴まれたアカリはそのままミコに投げ飛ばされ、腕の関節を決められた。

「私は格闘技の師範代を三つ持っています。修斗、合気道、極真空手。後はブラジリアン柔術も出来ます。アカリさん、ナオトさん、どちらが相手になりますか?2人でかかってきても構いませんよ?喧嘩がしたいなら私が相手です。どうしますか?」

アカリにしっかりと関節技を決めながらミコが言う。

アカリは痛さに呻いていて、ナオトはポカンとそれを見ている。

そこに開いているドアからウタカタがヒョイと顔を出した。

「あらー?喧嘩はダメだよー。ミコちゃんには2人でかかっていっても敵わないからね。返り討ちにされて、そのまま天国へぶち込まれちゃうよ?結城くん、女性には優しくねって言ったでしょ?キミ達は喧嘩するために集まったワケじゃないでしょー。ちゃんと考えなさいって言ったのに。無駄に時間を使うのはダメですよー」

ウタカタの言葉にミコはアカリから身体を離した。

アカリが腕を押さえながら起き上がるのをアサコが手伝っている。

「ちゃんと考えたら?「あの事」を。4人目が来るまでもう少し時間があるから、しっかり考えましょうね。ミコちゃん行こうか?」

ニッコリ笑ってウタカタが言った。

「健闘を祈りますよ?それでは、後ほど」

そう続けて、軽く手を振りながら部屋を出て行った。

「喧嘩をしていたら、すぐにわかりますよ?皆さんと同じ本を持っていますから。私の力はわかりましたよね?暴力はダメです。ウタカタさんが言った通りに、しっかり話し合って下さい」

ミコもトレイからお菓子やジュースをテーブルに置き、微笑んでからウタカタの後に続いて部屋を出た。


2人が出て行った後、また沈黙になる。


テーブルにはバケットの中に色んなお菓子が山のように入っている。
本当にカラオケのメニューにありそうな感じだ。


「喉乾いたね。ジュース飲もうか?えーと、アカリはオレンジジュースが好きだけれど、アップルジュースも好きだったよね?ナオトはカフェオレも好きだけど、コーラも実は好き。私は炭酸飲料は全部好きだけれど、ウーロン茶もよく飲んでた。なんだか、昔みたいで懐かしいね」

アサコが独り言のように言いながら、それぞれの好きな飲み物を目の前に置いていく。

「よく覚えてるな」

グラスを受け取ったナオトがコーラを一口飲んでから言った。

「うん、よく覚えているよ。アカリにはさっき話したけれど、ナオトも知ってるのかな?私、引っ越してから友達が一人もいなくて……。恥ずかしいけれど、イジメに遭っていたの。そして校舎の窓から飛び降りて自殺した。だから、こうやって話せる相手っていなかったんだ」

アサコが寂しそうに笑う。

「そうね。私の家で小学生の頃からこうやって3人でよくお菓子を囲んでゲームをしたり、話をしていたわよね」

まだ腕が痛いのか右腕をさすりながらアカリが言った。

「そうだったね。ナオトがゲームが上手くて勝てなくて、アカリは怒ってばっかりだった。私はナオトにもアカリにも勝てなかったけれどね」

「アサコは大人しいけれど,、実は負けず嫌いで悔し泣きしたことあったね?あれは小4?小5?いつだったかな」

「なあ」

2人の会話を遮るようにナオトが言った。

「お前ら、あの金はどうした?使ったのか?」

ナオトの言葉に2人はお互いを見る。

「あの時にネットバンクに入金したはずだ。親にもバレないように。忘れていないよな?」

「そのことなんだけれど……」

さっきの勢いとは違い、アカリが困ったように言った。

「スマホがないのよ。私も家宅捜索されているって聞いて、事件の証拠品のことをまずは考えた。でも、アサコと会って気が付いた。ここは時間が止まっているらしいけれど、スマホがない。だから、スマホを押収されて、あのお金の存在がバレたらどうしようって思っているの。ここにはパソコンもないみたいだし……」

「え?」

ナオトが制服のポケットの中を全て探した。

「ナオトもやっぱり持ってない?スマホ」

アサコが言うと、「ない……。なんでだよ」と返した。

「ウタカタが持っている可能性は?」

ナオトの質問にアサコが首を振る。

「私が一番にここへ来たんだけれど、持ち物が何もないの。ウタカタさんに聞くよりも、ミコさんに聞いた方が確実だろうなって思って聞いたんだけれど、ここへ来る人間は何も所持品は持ってこないって言われた。ミコさんは嘘をつく人だとは思えないから、本当のことなんだと思う」

アサコの言葉に頷いてからアカリが言った。

「私たちは使っていないわ。アサコとお互いの本を見せあって確認もした。ナオトも使っていないんでしょ?私たちは生死を彷徨っているから、現世で所持品を調べられると思う。ナオトは、医療ミスってウタカタさんに聞いたけれど、私とアサコは事故と自殺。身元を確認するために所持品を調べるのは当然のことよ。気づかれたら大変だわ。高校生が持てる額じゃない。大人でもそんな大金、なかなか持っていない。お金の出所を調べられる可能性が高いのよ」

「マジかよ……」

ナオトは天を仰いだ。

「だから」

アカリは間をおいてから続ける。

「悔しいけれど、ウタカタさんが言う通り「あの事」を振り返って話し合うべきなのよ。ナオトもわかっているでしょ?4人目が、「新山ユメ」が来る前に私たちは、もう一度、振り返らないといけないの」

「クソ!新山ユメが鍵を握っているってことかよ」

「それはわからないけれど……。ユメが私たちの前に現れて、そして「あの事」が起こった。なぜ、あんな事になってしまったのかをキチンと正確に思い出す必要はあると思う」

アサコも同意したように言った。

「みんなで本を読み合って確認しない?自分視点だけならわからないことが多いわ。この本は他の人間の思想思惑も書いてあるけれど、3人で読み合わせた方が確実よ」

アカリが言いながら本のページをめくる。
それに合わせたようにアサコとナオトも本を開いた。

「新山ユメが私たちの前に現れたのは、中学1年生の2学期の終わり頃。そして、「あの事」が起きたのは、2年生になる春休みよ」

3人はそれぞれのページを確認して頷いた。




個室のドアの外に寄りかかっていたウタカタはニコリと笑った。

「うん。そうしなきゃ、キミ達は答えに辿り着けないからねー。順調、順調」

「ウタカタさん、そろそろ「新山ユメ」が来ます。彼らに知らせなくてもいいんですか?」

ミコがウタカタのそばで囁く。

「答え合わせに時間がかかるでしょ?その間に「新山ユメ」からも話を聞かないといけないからね。それからで十分だよ。あの3人と彼女が会った時、平和に話ができるように、僕らはサポートしないとね」

ウタカタはミコにそう言って、本の表紙を見せる。焼印の文字で「新山ユメ」とタイトルついている。

「平和に解決出来るのでしょうか……」

ミコが浮かない表情で呟く。

「ミコちゃん、これを正しい道へ選択させるのが僕らの仕事だよ?これ、『神様認定資格』の試験に出ますよ?頑張ろうね」

そう言ってミコの頭を軽く撫でる。

「えー!出るんですかー?……頑張ります。やるしかないですね」

「そういえば、聞いたことがなかったけれど、何でそんなに格闘技の師範代を持っているの?」

「え?うーん……、趣味ですね。好きなんですよ、格闘技も身体を動かすのも。そういう試験なら楽勝なんですけどねー」

「へー。人は見かけによらないもんだよね」
ウタカタの言葉にミコが笑った。

「ウタカタさんに言われたくないですよ」

「アハハ、そりゃそうだ。じゃあ、行こうか?新山さんが招集されるよ」
ウタカタは一度、個室を振り返って、笑顔で頷いてからその場を離れた。

中学1年生の2学期も終わりに近づいていた頃。

アカリは期末テストで学年でトップだったことを自慢しながら、アサコとナオトと下校していた。

「ねえ、アンタたちの成績はどうだったのよ?」

鼻歌でも歌いそうな上機嫌な声でアカリは言った。

「私は……普通かな?真ん中より少し上」

アサコが困ったような笑顔で返した。
いつだってアサコはアカリに気を遣い、言葉を選んで話をする。

「俺は、聞くまでもないだろ」

ナオトが面倒くさそうに言うと、アカリはケラケラと笑い出す。

「ナオトって頭悪いもんねー!!なんでそんなにバカなんだろうね?ゲームとギターばっかりやってるからよ!!将来はギタリスト?それともプロゲーマー?まあ、どっちになろうとも成績関係ないもんね!アサコも本当に普通すぎて特徴が何もないわよねー。アンタたち、私が『特別』に勉強教えてあげようか?アハハ!!」


アカリは小学校1年生になる時に、この町へ引っ越しをしてきた。
診療所の医者が変わる、都会の優秀な医者が来る。
そうして来たのが清水一家だった。
その娘のアカリは、入学当時はニコニコとしていて、育ちが良さそうなお嬢様に見えた。

でも、同じ区画に住む、アサコとナオトの2人と仲良くなりだしてから態度が変わった。
「私は特別な人間なの」「アンタたちと仲良くしてあげているのよ?わかる?」
そう言って、女子であるアサコを下僕のように従え、男であるナオトは自分のボディーガードのようなモノだとあくまで自分より下等な人間である、という風に2人に言い聞かせていた。

アサコとナオト以外の人の前では優等生で良い子を演じていた。2人の親にも。
だから、2人の親はアカリと仲良くしていることに何も思わない。むしろ、成績優秀でスポーツも万能なアカリを見習って勉強もスポーツも頑張れと言う。

それは年を追うごとに酷くなり、アサコもナオトも正直「面倒だから言うことを聞いておこう」と考えていた。
どうせ高校は全員違うのだから、中学生までの付き合いだ。
幼馴染ではあるけれど、高校生になり自分たちの世界が変われば、今のように常に一緒にいるわけではない。それまでは従っていればいい。

アカリが2人を馬鹿にしながら嬉々としている時に、ナオトがふと指をさした。

「なあ、あの家?店?ようやく建ったけれど、何だと思う?」

自分たちが住む区画のだだっ広い空き地だった場所に宮殿のような造りの建物が建った。
中学に入学した頃から大規模な建設工事をしていて、何だろう?とは3人とも思っていた。

「何だろうね?お店かなー。高級ブランドのお店とか?でも入り口が玄関みたいじゃない?誰かの家なのかな」

アサコもつられて建物を見上げながら言う。

「きっとハイブランドのセレクトショップなのよ。会員制じゃない?だから玄関が家みたいなのよ。お母さんはきっと会員になるわねー。私もこの中に入れるよ、もちろん。まあ、アンタたちには関係ない場所よね」

アカリは満足そうに答える。

「こんな田舎にそんなブランドの店いるのか?市内に建てればいいのに」

ナオトは欠伸をしながら言った。もう建物に興味はないようだ。

アサコもアカリの答えに面倒臭さを感じて「へー、すごいね」と聞き流していた。


それから1週間ほど経ったある日。

「今日は転校生が来ます。みんな、1クラスしかないんだから仲良くするように」
担任がそう言って、教室のドアを開けた。

転校生なんて今まで来たことがない。時期外れに、しかもこんな田舎に転校するなんて何事かと、クラス全体がザワザワとなる。

ドアから入って来たのは女の子だった。
小柄で可愛らしい顔をしている。

「はじめまして。えーと、新山ユメです。仲良くしてください!」

舌っ足らずな話し方で挨拶をしてペコリと頭を下げた。



アサコは、可愛い子だなー、何かちょっと世間知らずな感じがするけれど。と思った。


ナオトは、まあブスじゃないだけいいや。と自分には一切関係ないと思った。


アカリは、こういう女は大嫌いだと嫌悪感を持った。



「学校やこの町でわからないことは、クラスメイトに聞くといい」

担任が言って、クラスを見まわした。

アサコとナオトは想像がついた。
いや、クラス全員が予想している。それは外れることはないだろうと全員が思っている。

「そうだなー……、うん。清水アカリ。彼女は生徒会の役員だし、優しい子だ。この町の診療所のお医者さんの娘だから町にも詳しい。清水、新山のことをよろしくな」

案の定、担任は世話係にアカリを任命した。

一瞬、嫌な顔をしたアカリをアサコとナオトは見逃さなかった。
他の人間は気づいてはいないだろう。アカリの本性を知らないのだから。
そして、すぐさま優等生な笑顔を作り、手を上げた。

「はい。新山さん、清水アカリです。わからないことは何でも聞いてね?仲良くしようね」

「アカリちゃん?よろしくお願いしまーす。ユメね-、3日前にここに来たから何もわかんないんだー。色々教えてね。仲良くしようねー」

新山ユメは笑顔で言う。


自分のこと「ユメ」って呼ぶんだ……。


自分を名前で呼ぶことは別に珍しいわけではない。
けれど、新山ユメが自分を「ユメねー」と言うのは妙に子供っぽい。幼稚園児が話すような喋り方が原因かもしれない。

アサコとナオトは、変わった子?不思議な子?と2人で囁いた。

この2人は席が前後しているから話しをすることが多い。
優等生なアカリは、皆が嫌がる一番前の席に自ら志願して座り、真面目に勉強をしている。
そういうアピールが大事なのだと2人に散々言っていた。
休み時間以外はアカリと接触がない2人はノートの端をちぎって、アカリの悪口を書き、そのメモのやり取りしている。そして2人でコソコソとアカリのことを笑っていた。

一番後ろの空席を指定されたユメはフワフワとスキップをするように歩き、席に座った。
そして窓の外を見てデカイ声を出す。

「わー!!山が見えるー!!ユメ、こんな近くで山を見たことなーい。アカリちゃん、あの山って動物いるのー?」

その言葉にさすがのアカリもギョっとした顔する。
クラスメイトはポカーンと宇宙人でも見るような感じになっている。

「に、新山さん?授業が始まるから、山の話はあとでしようね?」

引きつった笑顔でアカリが答えた。

「はーい」

机に両手で頬杖をついてユメは素直に返事をした。
ヘラヘラなのかニコニコなのか、よくわからない笑顔をしている。





ユメが転校してきて1か月近く。
間もなく冬休みを迎える。

アカリは連日、休み時間、放課後とユメに学校の案内、美術部に入部したいと言うから部長に紹介をし、放課後は町中の案内に連れまわされていた。
休み時間と放課後、更には授業中でも疑問に思うと「ねえ、アカリちゃーん」とユメは言っている。この「アカリちゃーん」と呼ぶ声もクラスの全員は聞きなれてしまった。

少々、かなり?変わった子ではあるけれど、愛くるしい仔犬のような顔と、フワフワとした雰囲気。そして、やはり初めて出会う「転校性」という存在で、クラスの人気者となっている。
昼休みの給食の時間は、誰かに常に誘われて、男女問わず、色んな子と食べている。


唯一、解放される昼休みに給食を食べながら、アカリはしこまたユメの文句をアサコとナオトに言っていた。

「ムカつく」「大嫌い」「頭悪そう」「イライラする」

そんな悪態をアサコとナオトに聞かせながら給食を口に運んでいる。

ユメの「アカリちゃーん」と同様に、この悪口タイムに2人はすっかり慣れてしまって、
「へー」「大変だねー」「アカリは偉いよね」
と呪文のように繰り返して相槌を打ちながら給食を食べる。

放課後、アカリの嫌味を聞かないで下校出来るから、ナオトは男子と遊んで帰り、アサコも仲がいい女子と楽しく下校して、2人はそれが満足だから給食の時間の悪口くらいは聞いてやろうと考えていた。

そんな昼休み、いつものように3人で机を並べて給食を食べようとすると、
「アカリちゃーん」が聞こえた。
アカリは見えないように舌打ちをしてから、笑顔で「どうしたの?」と言う。

ユメは机を持ってきて、3人の間に入る。

「今日からアカリちゃんたちとご飯食べるねー。一緒に食べてもいい?」
そう言ってニコニコしながら座った。

これにはアサコもナオトも、アカリが若干、気の毒に思えて顔を見合わせた。
アカリを見ると、しばらく時が止まっている。

どうするのだろう?

2人はそう思いながら黙って様子を見ていた。

「もちろん!喜んで」

アカリは意を決した顔を一瞬だけして、いつもの笑顔を見せた。

「やったー!アサコちゃんとナオトくん、あんまり話したことないよね?仲良くしてね」

「うん、よろしくね」

アサコも笑顔を見せる。

「まー、よろしくな」

ナオトも少しだけ愛想を見せながら返事をした。

「あ!そうだ!ユメね……、ううん。私ね、今日から自分のことを『私』って言うことにしたんだよね。アカリちゃんが自分を『私』って言うのがカッコイイから真似することにしたんだよ?」

「「へー」」

何て答えるが正解かがよくわからず、3人は聞き流すように返事をした。

「それと、アカリちゃんの家がやっとわかったよ!診療所って私の家のすぐそばでビックリしちゃった。みんなも近所に住んでるよね?表札でわかったんだ」

これには全員、食べることを止めた。


近所?

自分たちの区画にユメが住んでいる?


3人で顔を見合わせるけれど、全員「わからない」と首を振った。

「そうなの!?どの辺かな?」

アサコが少し驚きながら聞くと、ユメはニコニコしながら自分の家の場所を言った。

それには全員衝撃を受けて、ナオトはあんぐりと口を開けっぱなしになった。

アサコも驚いて箸から米が机に落ちた。

誰よりも一番驚いて、優等生の笑顔を失い、衝撃のあまり顔面蒼白のような顔をしているのがアカリだ。

ユメの家は、3人が「この建物はなんだ?」と不思議に思っていた、あの宮殿だった。

てっきり、アカリが言うような会員制の店なのだと信じていたけれど、まさか人の家だとは誰も思っていなかった。人が住む家にしては大きすぎる。本当に宮殿のようだから。

「私ね、おじいちゃんとおばあちゃんとこの町に引っ越してきたの。お父さんとお母さんは東京でおじいちゃんの会社を引き継いで忙しいから、おじいちゃんの地元のこの町で一緒に暮らそうって家を建ててくれたんだ」

「え……?いくらこの町が地元だとしても……田舎だからって、あんな豪邸建てられるの?」

アサコがかなり戸惑って質問をした。

「うーん?よくわからないけれど、おじいちゃんはこの町の地主?なんだって。山とか持ってるし、農家さんに畑も貸してるって言ってた。女の子が住むんだから、お城みたいな家にしようって、おじいちゃんが決めたみたい。なんだかわからないよね?」

そう言ってニコニコしながらユメは給食を食べる。

それから、ユメの父親はホテル経営、母親は都内を中心とした貸ビルを管理する管理会社をそれぞれ祖父から引き継いでいると言った。ホテルもビルも全て祖父の所有物件らしい。
だから、忙しくて東京にいた頃にはほとんど会えていなかったのだと。東京でも祖父母とほぼ同居状態だったのだけれど、田舎でのんびり暮らそうと祖父が提案し、地元に戻って来たのだと、ユメは舌っ足らずな話し方で説明をした。

その話をポカーンとしながら3人は聞いていた。


妙に浮世離れした雰囲気は『超』金持ちの生粋のお嬢様だからなのか……。


ナオトが一番先に理解したのだろう、頭の中で「なるほどな」と考える。

そして、アカリを見ると、我に返ったようで持っている箸をへし折りそうになっている。
怪力のアカリなのだから、こんな箸ごときボッキリとへし折るだろう。
それを見て、ナオトは笑いをこらえるのが必死になり、口元をさりげなく手で隠した。

無理矢理、笑顔を作っているアカリが滑稽で仕方がない。声を出して笑いたい。
アカリが散々、自分は俺たちと住んでいる世界が違うと豪語していたのが間抜けで面白過ぎる。

目の前にいるユメは、お前なんかゴミに見えるほどの「お嬢様」なんだよ。
お前もユメとは住む世界が違うんだ。それは俺たちと同等だよ。

そう思うと爆笑したくなる。
アサコを見ると、まだ現実に戻れていないのか、ユメの話を茫然としながら聞いている。

「あ、そうだ」

ユメは何かを思いついたように手を叩いた。

「良かったら今日遊びに来ない?おじいちゃんもおばあちゃんも喜ぶと思うんだ!私に友達が出来たのか、すごく心配していたから」

ユメの提案に我に返ったアサコも含めて、「どうする?」という雰囲気で3人がチラチラと目を交互させる。

アサコとナオトは興味本位で、あの宮殿の中はどうなっているのだろう?と思った。

アカリを2人でジッと見ていると、アカリも興味本位に勝てなかったのか、

「行こうか?ユメちゃんに友達がいるよって、おじいさんとおばあさんを安心させてあげたいし」

と優等生の笑顔を取り戻している。多少、引きつってはいるけれど。

「ユメちゃんなんて呼ばないでよー。みんな、ご近所さんなんだから『仲間』でしょ?ユメって呼んでね」

ユメは嬉しそうに笑っている。

ちょっと待って。アカリの顔が面白過ぎるんだけど。
悔しくてどうしようもないのに、家の中を見てみたくてプライドを捨てちゃったんだ。
何?その笑顔。私たちには屈辱感しか伝わらないよ?
きっとナオトも見抜いているよね。

アサコは心の中ではナオト同様に、腹を抱えて笑い転げたいくらいな気持ちを笑顔で頷くフリをして誤魔化した。
チラリとナオトを見ると、珍しく笑顔のように見えるだろうけれど、アカリを笑っているのがアサコには伝わった。



放課後になり、4人で下校しながらユメの家の前に来た。

改めて見上げると、本当に人が住む家なのか?と思う。
豪邸なんてものじゃない。ユメの祖父が言った「お城」だ。城を孫娘のためだけに建てたのか?

3人はそう思った。

ユメが鞄から小さなリモコンを出して、ボタンを押す。ピっという音が鳴り、城の扉が両サイドに分かれて開く。
それから、スマホを取り出して電話をしている。

「おばあちゃん?今帰ってきたよ。お友達も一緒だから。今から入るねー」

電話を切ったユメは、笑いながら言う。

「電話をしないと帰ってきたのがわからないの。変な家だよね?どうぞ入ってー」

変?もう入り口の時点で異常すぎる。

ユメに案内されながら、玄関の中へと入った。

これは大理石なのか?なんだかピカピカな石の床をいかにも高そうなスリッパを履いて長い廊下を歩く。
ユメは自分用なのだろうウサギの顔がついたスリッパを履いて流行のアイドルの歌を歌いながら前を歩いている。
長い廊下を渡り切って、リビングのドアを開けて「ただいまー」と明るい声で言う。

「お帰り」

品の良さそうな老婦人が笑顔で言った。祖母なのだろう。

「「お邪魔します」」

3人で挨拶をする。

「おばあちゃん、お友達だよ。アカリちゃんとアサコちゃんとナオトくん」

ユメに紹介されて、1人ずつ「清水アカリです」「柳アサコです」「結城ナオトです」と自己紹介をした。

「いらっしゃい。ユメがお友達を連れてきてくれるなんて嬉しいわ。この子は少し変わった子だけれど、悪い子じゃないのよ。どうぞ仲良くしてあげてくださいね」

柔らかい笑顔を見せているユメの祖母は、服装は意外と地味だ。

アカリの母親のようにギラギラとした派手な服なんか着ていない。
けれど、質素に見える服は安物なんかではないことはわかる。
町を歩いていても違和感はないだろう。田舎にすんなりと溶け込めそうな雰囲気をしている。

アサコがリビングの一角の壁を見て、不思議そうに呟いた。

「え……?滝?家の中に滝がある」

その言葉にアカリとナオトも視線を移した。

「あー、それ加湿器なの」

ユメがなんてこと感じで返事をした。

「「は?」」

3人が声をそろえる。

「家が広いでしょ?普通の加湿器じゃ少し足りないのよね。だから壁に滝を流して加湿しているのよ。循環してマイナスイオンも出るから丁度いいのよ?」
祖母が説明してくれる。


加湿器が滝???

普通の加湿器より「少し」足りない?

だからって滝?


もう何がなんだかよくわからない。

それから、ナオトがエアコンがあるのに暖炉もあると言い、それは暖炉に見せたストーブで煙も出なく安全だけれど、暖かさは暖炉と同じだと言う。極寒の国で最近開発されたものをオーダーして作ったのだと説明された。滝とは逆側の応接間のように皮張りの10人くらい座れそうなソファセットの前の壁にはテレビと呼んでいいのものかわからないデカさのものが壁にはめ込んである。サイズは日本にある一番大きなインチだと言い、住人すらサイズがわからないと言う。

しばらくデカすぎて異常な造りのリビングを案内されてから、ようやくユメの部屋へ向かった。

「2階のメインルームにするね」

またわけの意味不明なことを言っている。

メインとはなんだ?セカンドルームってものがあるのか?

部屋は10畳ほどで、ソファとテーブルがあり、40インチほどのテレビが設置されていて、壁の方には机とと椅子がある。パソコンが置いてある。勉強机なのだろうか?

ユメに言われて、ソファに座るとドアをノックされた。

「ユメ?友達が来てくれているんだろう?」

ドアの向こうから男性の声がする。

ユメがドアを開けると祖母同様に優しそうな老人の紳士が立っている。
祖母同様に町に溶け込むよな服装をしている。
でも年相応だけれど、祖父母共々上品な身なりをいている。

経営者でバリバリと数年前まで仕事をしたのだから、もっと威圧的な目がギラついた老人なのだろうと想像していただけに、3人とも拍子抜けをした。

「皆さんよく来てくれたね。妻から名前と特徴は聞いたよ?結城くんは男の子だからわかるけれどね」

軽く笑ってから、アカリとアサコを交互に見てから言った。

「キミが清水さん。そして、キミが柳さん。どうかな?合ってるかな?」

「すごい!おじいちゃん、正解だよ!」

ユメが興奮して大声で言った。

祖父に改めて自己紹介をする。

「ユメに友達ができて本当に安心したよ。女の子だけじゃなくて男の子の友達も出来て、嬉しいよ。これからユメのことを頼んだよ?それに、いつでも遊びにきてくれていいよ。我が家は大歓迎するよ」

祖父は出ていく前に「ユメ、おばあちゃんが呼んでいたよ?」と言った。

「きっと、お菓子とジュースを運ぶようにだね。みんな少し待ってってね」

ユメが急いで部屋を出た。

残っていた祖父が3人を見ながら話す。

「本当にユメの友達にってくれてありがとう」

それだけ言って、本当に部屋を出て行った。

待たされている間。

アカリが部屋の中をグルグルと見て回っている。

「あんまり他人の部屋の中をウロつくなよ」

ナオトがソファでくつろぎながら言う。

「うるさい!!私に構わないでよ!」

アカリは圧倒的な財力の差を見せつけられて屈辱感がすごいのだろう。
あとでアサコと2人で爆笑だろうな。

ここに比べたら、広い平屋の診療所兼自宅のアカリの家が犬小屋程度に思える。
俺たちはごく普通の一軒家だから、存在そのものがないようなものだ。

それに……。

アサコが、「後で話そうね、きっと笑い転げてしまうけれど」とナオトにコッソリと声をかけると、ナオトはニヤニヤしている。

「1等の宝くじが自分から歩いてきた」

「宝くじ?」

ナオトの方がアカリよりも実は頭の回転が速く、ずる賢い。
面倒だからやりたくないけれど、結果、得をすることが起こると、アカリを誘導して、アカリが自分で閃いて思いついたかのように裏で操作していることが結構多い。

そして、ナオトは何か自分にとって「いい事」が起こると、よく『宝くじ』と表現をする。これは、ナオトの父親の口癖だから、移ったのだろう。
でも『1等が歩いてきた』とは初めて聞いた。

「おい、アサコ」

アカリに気づかれないよう注意しながらナオトが話かけてきた。

「うん?」

「お前、ユメの話し相手になれ。ユメが何でも話せるのは、アカリよりもアサコだと思われるように信頼を勝ち取れ。そして『内緒』なんだけれど。と何かをアサコに打明けたら、その内容をしっかり俺に言ってくれよ」

「何で?」

「いいから。金がザックザク入ってくるかもしれないぞ?取り分は平等だ。俺は目の前で屈辱でイライラと歩き回っているアイツとは違うからな。まあ、見てろよ」

イマイチ、ナオトが言っていることが理解出来ないけれど、何か閃くことでもあったんだろう。私も損はしないのなら問題はない。

私もユメと話してみて、どんな人間なのは少し興味がある。

こんな環境で育ったことが「なんか変だよね?」と思っている、天然で浮世離れしているユメと、この生活が当たり前で人を馬鹿にして「私はいつか神のような存在になる。選ばれて特別な人間だ」と豪語しているアカリ。でも世の中には地位も経済力も何もかもが、自分より上がいることは当然なのだ。

アサコはそれを考えながら「わかった。なるべく努力してみるね」と返事をした。


時間は経ち、春休みになった。
もうすぐ2年生になる。
と、言ってもクラスが一つしかないのだから、特に何かが変わるわけではない。

「え?」

ユメの部屋。メインルームと言っている場所。
遊びに来ていたアサコは、ユメの言葉に驚く。

ユメの祖母が淹れてくれたアップルティーを飲みながら、2人で話をしている。

アサコはこのアップルティーが大好きになり、それをユメに言ったら、大量の茶葉とティーセットをくれた。
その量にはビックリしたけれど、好意でくれたものだからありがたく受け取り、自分の中の「特別な日」を決めて家では飲んでいた。
「特別な日」と言っても、小テストが思ったより点数が良かった時や、母親の手伝いをして、褒められた日、そこまで「特別」ではないのだけれど。

ユメがこの町へ来てから4、5か月経っただろう。

アカリは相変わらずユメが嫌いで、本性を見せようともしない。
きっと、ユメの家に初めて来た日の屈辱が相当なのだろう。

あの日は帰りに「すごい家だったね」とナオトと話しながら自分たちの家へ戻ろうとしていた。
でも、アカリは別れの挨拶の早々に走って帰ってしまった。
それをナオトとアサコは笑いながら見ていた。
悔して、屈辱感と敗北感でどうしようもなくて、泣きながら、あのサンドバックを殴る蹴るするんだろう。
普段から、アサコとナオトを下等生物のように扱うから、そんなことになるんだと2人で「ザマーミロだね」とゲラゲラと笑った。

登下校も一緒になるようになったユメに、アカリは徹底して仮の姿の優等生の自分しか見せない。

一方で、アサコはユメと色々話すようになり、親しくなって、そんなに悪い子ではないし、むしろ素直で好感が持てると思っている。

ナオトも同じだと思う。ユメには優しくしているから。

生まれた時から近所で、アカリよりもずっと幼馴染としての付き合いが長いアサコにもナオトは優しいし、本音でお互い話すことが多い。兄妹みたいに育ってきたから、気が弱いアサコを妹のように思って接してくれている。
学校の成績は悪いけれど、本当はしっかりしていて、頭が回り、キレ者なナオトをアサコはよく知っている。

アカリの態度に辟易して、本当に嫌だとナオトに話をしていた時も、

「黙って言うことを聞いてるフリをして、持ち上げて、やりたくないことや面倒くさいことを押し付ければいいんだよ。さすがアカリ様!神様になるのはアカリ様しかおりませんね!いやー、アカリ様だから出来ることです、すごいです!って。高校に入るまでの辛抱だ。『豚もおだてりゃ木に登る』ってヤツだよ」

ナオトがそう言うのだから、そうしていればいいのだとアサコは思ってアカリと接していた。

だからユメと親しくすれば「宝くじ」が当たるから仲良くしてろ。とナオトがコッソリ言ったことを信じて、ユメと接触していたけれど、話をするうちに「宝くじ」なんか忘れて、本当に仲が良くなってきている。

ユメの家には何度も呼ばれて遊びにきている。ナオトも一緒の時やアサコだけの時もある。
アカリは「生徒会が」「部活が」と理由をつけて寄り付かないけれど。

そうして、今日もアサコはユメに呼ばれて遊びに来ているわけだ。
今日は「大事な話がある」とユメに言われて呼ばれた。
そして、その大事な話をたった今聞いたばかりだ。

ユメは真っ赤になりながら向かえの1人掛けのソファでウサギの顔をしたぬいぐるみを抱きしめている。
このウザギのキャラクターが好きだと言って、この部屋にもぬいぐるみや雑貨など色々ある。

「ナオトのことが好きなの?」

気持ちを落ち着かせようと、アップルティーを一口飲んでから確認する。

「もー!アサコちゃん、何度も言わせないでー!!」

ユメは恥ずかしさで手足をバタバタさせながら言った。


ナオトが好き?

なぜ?


かなり疑問だ。

ユメに好意を寄せて優しくしている男子はたくさんいる。
この家にも遊びに来ている人間はアサコたち以外にももちろん、男女問わずいるのだ。

見た目の可愛さはもちろんだけれど、圧倒的な財力も上乗せされて好意を抱いている男子も多いはずだ。

その中の誰かならわかるけれど、ナオトは無愛想だし、ユメに優しくしてるのは本当だけれど、ナオトの性格をあまり理解できていない人間には、ユメにもそっけなくしているように見えるはずだ。

かなり前だけれど、ナオトの家に行ったらギターが新しくなっていた。

楽器がよくわからないアサコでも、これは高いんじゃないかな?と思った。
それをナオトに言うと、アッサリと返事が返ってきた。
「ユメが勝手に買ってくれた」と。

学校でロックバンドの雑誌を見ていたら、「ナオトくんにはこのギターが絶対似合う!」と言い出して、数日後に家に呼ばれてギターを渡されたらしい。

それは、アサコにアップルティーをくれたことと何ら変わらない、ユメがそうしたくてしていることのようだ。

「ファーストキスだから、もう緊張しちゃって心臓が爆発するかと思ったー!ナオトくんも初めてだったよね?絶対」

どうやら、ナオトとキスをしたらしい。

残念ながら、ファーストキスではないと思う。

ナオトは最近まで市内の別の中学に彼女がいたのだから。
アサコは生まれた時からナオトと一緒だから、男子として見たことはないけれど、ナオトはイケメンらしくて、結構モテる。
まあ、顔は整ってはいるのはわかる。

ナオトの彼女とは、市内にCDを買いに行った時に出会って、同じバンドが好きだと意気投合して付き合うことになったらしい。スマホで撮った写真を見たけれど、大人っぽい美人な女の子だった。
アカリも猫系な顔の美人で学校では優等生だしモテるけれど、それよりもずっと綺麗な女の子だった気がする。
その子の話題があまり出なくなったから、別れたんだろうな。と思ってはいた。

でも、ユメを好きになるとは思えない。
昨日ナオトに会ったばかりだけれど、ユメを好きだと言う話は全く聞いていない。
恥ずかしくて言えないとかではない。それはアサコにはよくわかる。

そういえば、昨日ナオトに「明日ユメに呼ばれて家に行く」と話をしたら、ギターの弦を張り替えながら「へー」と少し笑っていた。
ナオトの家に野菜のお裾分けを届けに行ったついでに部屋に入って、アサコも深く考えずに言っただけだ。

「ナオトに告白したの?もしかして逆にされたの?」

「そんなのしてないし、されてないよー!私がナオトくんをカッコいいな、時々、優しく笑ってくれるところとか大好きだなーって思っていたのは誰にも言ってないもん。人に言ったのはアサコちゃんが初めてだよ?」

数日前にナオトだけが遊びに来た時に、一緒に映画のDVDを観ていたらしく、隣に並んで座っていたようだ。
その時に話をしていたら、目が合ってキスをされたらしい。

照れを隠すようにユメはウサギに顔を押し付けながら続けた。

「こっちに転校してきてから、お父さんとお母さんにまだ会えてなくて寂しいなって言ったら、ナオトくんが『可哀想だな、会わせてやりたいな』って言ってくれたの!すごく優しいよね?私だけにかな?あ、アサコちゃんにも優しいよね?」

「私は、ナオトとはほとんど兄妹みたいなものだから……優しくしてくれるのは当たり前っていうか……」

勘違いな嫉妬をされたら困るから、そこはしっかりと否定する。

「そっかー。アサコちゃん、誰にも言わないでね?絶対だよ?」

「アカリにも?」

一応、アカリの名前を出しておく。

この区画で4人一緒だから『仲間』だとユメ本人がいつも言ってるし。

「アカリちゃんかー」

アカリの名前を聞いてユメはウサギから顔を離した。
それから続ける。

「アカリちゃんって優しいけれど、なんか、それが本当だと思えない時があるの。私、見ちゃったんだ。放課後、アカリちゃんとアサコちゃんが資料運びをしている時に、アサコちゃんを怒鳴りつけているところとか、小テスト後の休み時間にナオトくんに「馬鹿すぎる」って言って、笑っているところとか。もしかしたら本当は意地悪な子?なんだか、よくわからなくなってきてるんだよね」

「アカリは優しいよ?私に怒っていたのは、私が悪いからだよ。それをダメだよって言ってくれてるだけだから。ナオトを笑っていたのは幼馴染だからじゃないかな?冗談を言い合っていただけだと思うよ?」

ユメにそれがアカリなんだよ?本当のアカリの姿だよ。と言って厄介なことになっては困る。
うっかりユメがアカリに言ってしまったら、火の粉を浴びるのはアサコやナオトだ。

「そっか。アサコちゃんがそう言うなら、私の勘違いだね。ごめんね?アカリちゃんには言わないでね?」

「もちろん言わないから大丈夫だよ」

「あ、そうそう!ナオトくんが……えへへ。ナオトくんがね、私がお父さんとお母さんに会えるようにみんなで考えようって言ってくれたの。俺たち『仲間』だろ?って。アサコちゃんもアカリちゃんも『仲間』だもんね、嬉しいなー」

再び照れ笑いをしながらユメが言った。

「私たちが?」

アサコは聞き返す。


どういうことだろう?

ナオトの考えがわからない。


「うん。みんなで考えたら、いい案が浮かぶかもしれないって。アカリちゃんは頭がいいから、何かいい考え出るかもしれないよね?ナオトくんがそう言ってた」



ユメからナオトの話を散々聞かされて、家に帰ると、家の前にナオトがいる。

「おう、お疲れ」

「お疲れじゃないよ、色々聞きたいことばっかりなんだけど」

アサコは呆れながら言った。

「まあ、言いたいことはわかっているよ。さて、行こうぜ」

「行こうってどこへ?」

アサコの質問に少し笑いながら答える。

「アカリ様の家だよ。俺たち『仲間』だろ?」


意味がわからない。

でも、何か考えているのだろう。


アサコはそう思いながら、ナオトの後を追った。



久しぶり来るアカリの家は広いけれど、やっぱりユメの家の後だとものすごく安っぽく感じる。

アカリの部屋のテーブルを囲んで3人で座った。

「話って何?」

アカリは面倒そうに言った。

アポなしで当日に来られるのは、いくら幼馴染でも本当に迷惑だわ。
毎日、ユメにムカついてサンドバッグを殴っていることも知られたくないし。
私がこんな気持ちでいることは、いくら幼馴染でも知られたくない。

ナオトから『話があるから今から行く』と言われて、慌ててシャワーを浴びて、何食わぬ顔をしなきゃいけない。
大した用事ではなかったら早々に帰ってもらおう。

そう思いながら、ナオトを見る。

アサコも連れて来たのはなぜなのか?

ユメを連れてこないだけマシだけれど。

「ユメが俺を好きになったみたいだ」

ナオトの言葉を聞いて、本当にどうでもいいとアカリは思った。

好きだから何?付き合う報告?

知らないわよ、勝手にすればいいじゃない。

「私も今日ユメに呼ばれて聞いたよ」

アサコが同意している。

「だから、それがどうしたの?私に何か関係があるわけ?」

イラつきながらナオトとアサコを見る。

「それで」

ナオトは机に置いてあるペットボトルのお茶を一口飲んだ。

「ユメちゃんはパパとママに会いたいよー、寂しいよー。と言っている」

「は?会いたいなら会えばいいじゃない。本当に何なの?用事がそれだけなら帰ってくれない?」

アカリは馬鹿馬鹿しいと呆れて、立ち上がった。

「まあ、聞けよ。俺たちはユメの『仲間』だろ?会わせてあげようと思わないか?」

「何それ。東京まで一緒について行くっていうの?冗談じゃないわ。自分のじいさんにでも頼んで行けばいいじゃない。それに、私は『仲間』だなんて1ミリも思っていなから。アンタたちの好きにすればいいでしょ」

アカリとナオトのやり取りをアサコは黙ってみている。
アサコもナオトが何を言っているのか、言いたいのかがわからない。

「じいさんに頼んだけれど、忙しいという理由で「そのうち行く」と親には言われたみたいだ。なあ、会いに来ると思うか?元々、会社を引き継いで忙しくて東京にいた頃にもロクに会っていない。娘のお守りをジジイとババアに押し付けているような夫婦が会いにくるか?娘との生活より仕事と金を選んでいる親だぞ?」

「うーん……、少し難しそうだよね?こんな田舎に引っ越しをして来るくらいだから、本当に会えていないんだろうね」

アサコが頷く。

「そんな親が会いにくるとしたら?理由はなんだと思う?」

ナオトはアカリとアサコを交互に見る。

「そりゃあ、急用があったらさすがに来るんじゃないの?誰かが病気になるとか、何かがあったら、いくら何でも来るでしょ」

アカリの答えにナオトは「さすがアカリだな」と笑顔になる。

「その『急用』を俺たちが作ってやればいい。そうしたらユメは親に会えるんだよ」

「どういうこと?」

アサコは首を傾げる。

「急にユメが病気になるはずがない。春休みだから特に外には出ていないし、ユメは自分の家に人を呼ぶのが好きだからな。だから交通事故に遭うこともない。ジジイとババアも元気だし、じゃあ、どうしようか?ってことをアカリに相談に来てるんだよ」

ナオトが少し困った顔で言った。

「そんなの……」
アカリはベッドの上に座り直して足を組んだ。
しばらく考えているようだ。

数分、間を空けてからアカリは言った。

「それなら、何か事件でも起きない限り無理じゃない?」

アカリの答えに驚いた顔をしてから、ナオトは何度も頷いた。

「やっぱりアカリに聞いて正解だな。俺も考えていたけれど、なんせ俺はバカだからな。何かを起こすのにはどうしたらいいのか全然思いつかなかったよ」

ナオトは拍手でもしそうな感じでアカリに言った。

「つまり、私たちで『事件』を起こして会わせてあげるってことね」

ナオトが平伏すのを見て、まんざらじゃない顔で言う。

「事件ねー……、どうせなら少し痛い目に遭えばいいと思うわ。あの子、少し調子に乗りすぎだから」

アカリが楽しそうに話しをし始めた。

ナオトはまたアカリを操って利用しようとしているんだ。

アサコは2人の様子を見ながら思った。

アカリは私たちが下手の出れば出るだけ満足するのだから。
どうせナオトは『事件』を起こすことも考え済みだと思う。
それをアカリがさも思いついたようにして、計画をするんだ。
そして、きっと何かあればアカリのせいにする。
ナオトはそこまで考えているはずだと思う。

「痛い目ねー……。でも暴力はダメだと思う。手を出したらバレるだろ?」

「そうね。こういうことは入念に考えるべきだと思うわ。何事も計画的に考えなきゃ失敗するわよ?」

2人があれこれと事件を考えて話をしているのを見て、アサコはたまらず口を挟んだ。

「待って。何か事件を起こすって、それってユメは納得するの?怖い思いをするんだから嫌がるのは当然だと思うよ?」

アサコの意見にアカリは「そんなこと?」という顔をしながら言った。

「別に怪我をさせるとかじゃないのよ?例えば、ちょっと変態に連れまわされた程度でいいじゃない。その変態役が大好きなナオトなら、イタズラなんだから喜んで乗ってくるわよ」

「それだ!!」

アカリの言葉にナオトは閃いたという顔をした。

アサコとアカリは顔を見合わせる。

「誘拐ってのはどうだ?」

「誘拐!?」

アサコは驚いて声を上げた。

「ちょっと、アサコ。静かにしなさいよ。うちの親に聞こえたら困るわ」

「金持ちのお嬢様なんだから誘拐される理由はわかるだろ?ここらじゃ、あの豪邸は有名だし、ジジイも地主だから住民にペコペコされてたじゃん。そんな金持ちの娘が誘拐されたとしても不思議じゃない」

「誘拐の理由は身代金ね?誘拐犯は私たちだとして……、でも身代金なんて払うかしら?いくら要求するかよね。あの子のワガママのために考えてあげているんだから、タダじゃ割に合わないわよ?」

「ユメには少し隠れてもらうし、日数もかかるかもしれないだろ?夜に隠れて1人でいてもらうことになるかも。田舎の夜は怖いからなー、俺たちが泊りがけで張り付いているわけにもいかないよな、そうしたら俺たちが犯人だってバレちまう。ユメのワガママで少年院にぶち込まれるのは御免だよ」

「そうね、田舎の夜を1人で小屋の中でも過ごしてくれるだけで十分怖いわよ。あの子のワガママなんだから、それくらいは我慢してもらいたいわ」

「じゃあ、身代金はどうしようか?一応はユメのためとはいえ、怖い思いもさせるんだから、取り分はユメが一番多くていいだろ?」

「いいわよ。でも、そのお金を私たちも貰ったとしても、どこに隠す?通帳に入金なんてできないわよ?それこそ、まず親にバレてしまうし、そもそも中学生が自分の口座なんか持っている?私はお年玉を貯金するために親に口座は作ってもらったけれど、管理はもちろん親よ。アンタたち口座なんかないでしょ?あっても親にバレてアウトよ」

「それがさ、こんな偶然あるのかって思うけれど……」

ナオトがまたお茶を飲んで、自分のスマホを取り出す。

「ネットバンク。知っているか?」

「何?それ」

アサコは少し恐怖を感じながら言う。

さっきから、この2人は何を考えているの理解できない。
誘拐なんて、犯罪を犯すなんて、そんな恐ろしいことを平気な顔で話している。

「インターネットのサイトの口座で、通帳もいらない。管理はスマホで簡単に出来る。親にもバレない」

「知っているけれど、それって私たちは未成年だし親の同意がいるわよ?普通の銀行と変わらないじゃない。それに私たちの名前で登録なんだから結果、同じことね」

アカリが呆れて言うのを見て、ナオトは首を振る。

「俺さ、金を貯めようかと思って。親に管理されない隠し財産みたいに。高いギターが欲しくて貯めようかな?って思ってさ。そんな物を欲しがってるいることを親に言ったら反対されるし、やっぱり、親の同意が必要だなって話をユメにしていたんだよ。そうしたら、ユメはネットバンクに口座を持っているっていうんだ。しかも、ここが大事だ。それは、ばあさんがジジイにも親にも見つからないように内緒で作ってくれたらしい。好きに金を使えるようにだってさ。ユメの名前じゃ簡単にバレるだろ?金持ちがよくやることらしいけれど、架空名義?存在しない人間や会社の名前で作ってくれたんだってさ。それはいいなーって言ったら、適当な名義の使っていない口座がまだまだたくさんあるって言うんだよ。よくわからないから適当なのあげるってIDとパスワードもくれた。どれがいいか知らないから好きなの選んでねって4個も。キャッシュカードもある。パスワードを変えれば、俺たちだけの口座が出来るんだよ。これってすごい偶然だと思わないか?」

「アンタ、それ本当に偶然なの?」

アカリが怪しい顔をしてナオトを見ている。

それにはアサコも同意だ。そんな上手い偶然があるわけがない。

「まあ、それは別にいいじゃん。俺とユメの仲だから、そこは放っておいてくれよ」

この為にナオトはユメに近づいたんじゃないの?

気を持たせる素振りをして、キスをして、自分もユメを好きだと見せてるんじゃない?

アサコは自分はとんでもないことに巻き込まれていきそうな気がして怖くなった。


「それはいいけれど。興味すらないから」

アカリは鼻で笑っている。

2人とも、少しおかしいよ……。これは立派な犯罪計画なんだって、大変なことを考えているって思わないの?

そう思っていると、スマホにラインが来る。
アカリのスマホもピロンと音が鳴ったから、同時に来たんだろう。

ナオトからのラインを見ると、よくわからない銀行名と〇〇商事やら、××物産など聞いたこともない会社の名義のものが3個届いた。

「俺はギター資金に1個もらってる。もちろん、そういう会社名のものをな?残りの3個は今2人に送ったから好きなものを選べよ。余った口座はユメに返して、これで身代金の口座ができる。4人分。きちんと分配できるだろ?」

「金持ちの税金対策ってことかしら?よくドラマでやっているわよね?本当にあるとは驚いたけれど」

アカリはそう言いながらスマホを見ている。それから頷いて続けた。

「私は決めたわ。××物産にする。すぐにパスワードを変えるから、履歴も消してくれないかしら?アサコもどちらか好きな方を選んで。履歴を消すために」

「ちょっと待って。2人ともどうかしているよ?私は嫌だよ。参加しない」

アサコが首を振ると、アカリが睨みながら言う。

「ここまで話を聞いて下りるなんて、そんなこと許されると思っているの?誰かに話されたら私とナオトは少年院行きなのよ?共謀しているユメだって同じよ。これはユメのワガママのためにやってあげているんだから、悪いことはしていないわ。そのワガママの手伝いの報酬なんだから。アサコ、自分だけ逃げようなんて思わないことね。そんなの私もナオトも許さないから。わかった?」

助けを求めるようにナオトを見るけれど、ナオトはアサコを冷たい目で見ている。

「アカリに同感だ。アサコ、お前だけ逃げるなよ。お前が口座を決められないなら、俺が決めてやるよ。〇〇商事。これがお前の口座だ。パスワード変えておけよ」
こんなに怖い顔のナオトを今まで見たことがない。

逃げられない……。

アサコは震える手でスマホを操作して、パスワードを変更した。


「で、身代金っていくらなんだ?スーパー金持ちのお嬢様だ。100万ってわけにはいかないよな」

ナオトが頬杖をついて考えていると、アカリが言った。

「五千万」

その言葉にアサコはポカンとする。

ナオトも自分で考えて、それをアカリが思いつき、計画を練るようには仕向けたけれど、そんな高額が口に出るとまでは想像もしていなかったから驚いた。

「何よ。スーパー金持ちなんだから、そのくらい提示して問題があるの?払うかなんかわからないし、これは遊びなんだから。取り分はそうね……、私たちは一千万。で、ユメの取り分は二千万。これならユメだって納得でしょ?私たちの倍額なんだから」

2人が黙り込んでしまっているのを見て、アカリがため息をついた。

「あのね?あの子のワガママのための『遊び』でしょ?別に本気で支払うなんて思っていないわよ。親がいなくなった娘を心配して会いに来たらそれでいいんでしょ?それがゴールなんでしょ?親が駆けつけるために身代金まで請求するんだから、あの家だと、このくらいの金額じゃないと逆に失礼だわ。スーパー金持ちなんだから。あくまで『遊び』よ。心配して駆けつけたら解放すればいい話。報酬はこの架空口座でいいわよ、誰にも内緒で貯金できる口座を貰えたんだし」

「も、もしもだけれど……、支払ったらどうするの?」

アサコが震える声で言う。

それを見てアカリはニヤリと笑う。

「ありがたく貰えば?五千万くらい、あの家なら別に問題ないんじゃない?」

これは想像よりも大規模なことになりそうだ……。

俺も暇つぶしの『遊び』だと思っていた。

架空口座を貰い、欲しいギターはいざとなればユメに買わせるように仕向けようと思っている。

アカリの言う通り、架空口座が報酬で十分だと思っていたけれど……。

かなりヤバイことになるかもしれない。

万が一、アサコの言う通り、新山家が支払ったら……、もう、これは遊びではない。俺たちが犯行を企てて、実行したと警察にでもバレたら、少年院どころでは済まないかもしれない。全国ニュースになってもおかしくはない。

さすがに言い出しっぺのナオトも生唾を飲み込んだ。



「さて……、入念に計画を立てるわよ?『遊び』だけれど、どうせなら本気で遊ぼうじゃない。何をビビっているの?ユメのワガママを叶えるんでしょ?私たちは『仲間』なんだから」

アカリは嬉々として計画を考え始めた。




数日後。計画実行日。

ユメの家にアカリ、アサコ、ナオトが向かう途中、同じ区画にある青果店の老婆が3人に声をかける。

「こらー、お前たち」

箒で店の前を掃きながら老婆が続けた。

「悪い事をしたら神様は罰を与えるんだよ。それは逃げられない事だから悪い事をしたらダメだよ」

昔からの口癖。
ここを通る時に老婆がいたら、必ず同じ事を言う。

「はいはい」

ナオトが適当に返事をする。

アカリは興味がないのか無視をして歩いて行く。

ただの口癖だけれど、アサコはこれから実行する計画を見透かされているような気持ちになって少し青ざめた。

青果店を通り過ぎるとアカリが呆れて言った。

「とうとうボケてきたのかしら?あのババア」

「そうかもな。何年も同じ事を言っているから、ボケてるんじゃね?」

ナオトも同意しながら言った。

そうしてユメの家に着く。


ユメには、計画したものの手順をアカリがノートに書いて渡していた。
それはコピーをして全員持っている。
パソコンで書けばいいものだけれど、完全に推理小説やドラマの登場人物になった気分でいるアカリは、パソコンに証拠が残るといけない。と考えたようだ。
計画が進んだら、その紙は燃やすと言っている。


ユメも「なんだかドラマみたいで面白いね!」と乗り気でいる。
両親と会えないのが寂しいのは本当だろうけれど、もしかしたら本音はそれに怒りの感情もあるのかもしれない。
両親を少しビビらせてやろう。そう思っているのがチラホラと見え隠れしているように見える。


隠れる場所は、町の外れにある、ユメの自宅を建設した建設会社の仮設事務所。住み込みで建設していたから、物資や環境に困ることはない。まだ解体されてもいない。こんな田舎だから土地も余っているし、放置して撤退したのかもしれない。


両親や祖父母への連絡は全てユメのスマホから。身代金の要求も同じ。


事前に4人が受け取った架空口座を作ったことを祖母に確認させたら、色々作り過ぎて記憶にないらしい。ユメのために作ったのだから、作るだけ作って渡してしまったから何がなんだか把握すら出来ていないし、ユメが普段使っている口座に入金しているから、その口座だけしか覚えていないと思う。ユメは3人にそう言った。


ナオトが数日の飲み物や食べ物、アカリが指紋を残してはいけないと言うから軍手とユメを縛り付けるための紐、目隠しのタオル、口を塞ぐガムテープなどを市内の中心部で購入してきた。
それをナオトが購入したなら足がついたら困るからと、ナオトの元カノに用意させて受け取っている。もちろん、ナオトが頼んだことは口外させないようにと念を押している。

アカリはそれらを、すっかり小説やドラマの犯人気分で次々と指示をした。

楽しくてどうしようもない。犯人が主役の作品もあるし、私たちは計画犯罪をする知能犯なのだと思って、ワクワクしているくらいだ。


そして、キチンと理解もしている。

所詮は中学生が考えた事。誰も本気にしないだろうし、すぐにイタズラだとバレるだろう。
それをユメの両親や祖父母に問い詰められたら、ユメが寂しくてイタズラをして、その手伝いをみんなでした。ただの遊びだった、ごめんなさい。ユメがそう説明してから、私たちも謝ればいいんだ。
少し怒られるくらいだ。暇つぶしのイタズラをしたのだから怒られるのも仕方ない。

ナオトも田舎で刺激がない春休みをダラダラ過ごすより、スリルがある遊びを楽しんでいる。

アカリほどではないけれどワクワクもしているし、バレるのも理解している。
アカリが言うように、謝ればいいことだし、ユメが言い出しっぺにすればいい。
それは嘘ではない。両親に会いたいと言い出したのはユメなのだから。
ナオトはそれもユメに言っている。
ユメも、みんなが私の願いを叶えてくれているし、イタズラも面白いし、謝るのは自分だとナオトに言っていた。
俺の言うことは素直に聞くからちょろいもんだ。
最初はギターや好きなものをユメに買わせてやろうと近づいたけれど、それは別に後でもいいことだ。今はこの遊びを存分に楽しもう。
暇な春休み、時間つぶしには丁度いい。

ユメの部屋、メインルームで3人が楽しそうに計画の話をしているのをアサコは複雑な気持ちで見ていた。

私はこんなことをやりたくもないのに。
怒られるのも嫌だし、楽しくもない。アカリとナオトが「逃げるな」と脅すから渋々、参加しているだけだ。
何度も「やめようよ」と2人にも言ったけれど、聞いてくれない。
誰にも言わないと散々言ってもダメだと言う。
それならばと、ユメを説得してみたけれど、「アサコちゃん、遊びだよ?」と、すっかり乗り気になってしまってユメも聞き入れようとはしてくれない。
本当に嫌だな……と思っている。

ユメの家で連日、計画の打ち合わせをしているけれど、必ず通る、さっきの青果店のおばあちゃんの言葉が脳裏に焼き付いている。
私たちは悪い事をするのだから、怒られるだけでは済まないかもしれない。
おばあちゃんが言うように、神様にとんでもない罰を与えられたらどうしよう。
もう憂鬱以外なにもない。

アサコがそう思っていると、アカリがパンと手を叩いた言った。

「じゃあ、計画実行よ」

いよいよ始るのか……。

アサコはため息をついた。

ナオトは少し緊張でドキドキしている。

アカリは楽しみで顔のニヤ付きが止まらない。

ユメはワクワクしているのか「楽しみー」と笑っていた。




計画通りに、アカリとアサコが先に帰宅する……フリをして、仮設事務所へ向かう。

ナオトは残り、1時間後にユメと家を出る。

それからユメは祖父母に「ナオトと遊びに行く」と言って2人で家を出る。

仮設事務所へ着いたら、資材置き場に行く。
アカリとアサコは軍手を履いてから、ユメを椅子に座らせて、身体を縛り目隠しをする。
その写真をユメのスマホで撮り、両親と祖父母へメールで送る。
ユメ本人で間違いないとわかるように、さらに動画も撮る。
「助けて……」ユメが目隠しをされたまま言葉を発する動画も一緒に送り付ける。

『娘を誘拐した。警察に通報したら娘は殺す。近隣の住民に知らせても同様とする。娘を返してほしければ、五千万円を用意して指定した口座へ振り込め。入金を確認次第、娘は解放する。解放前に居場所をまた連絡する。時間は48時間以内。さもなくば娘の屍と対面することとなる』

アカリが推理小説を読んで考えた文面だ。

その間にナオトは慌てて、ユメの家に向かう。
多少転んで土埃をつけてからユメの祖父母に言う。

「ユメが黒い車にさらわれた!!俺は大きな男に突き飛ばされて、車は走り去ってしまった!!どうしよう!!」

後はユメを自由にして一晩か二晩、仮設事務所で過ごしてもらう。

ナオトに呼ばれたアカリとアサコは、自分たちもユメも探すと言い、3人で町中を探すフリをする。

身代金はユメの分の架空口座へ全額入金させてから、ユメが3人へ一千万ずつ分配する。
そんなことはないだろうけれど、そういう手はずになっている。一応は。


アカリが考えた通りに実行されていく。

ユメの家に呼ばれて、アカリとアサコが向かうと、迫真の演技でナオトが青い顔をしている。

アカリは、ナオト演技が上手いじゃない。と心の中で褒めながらも困惑した表情をした。

「どうしたんですか?」

アカリが聞くと、祖父が震えながらナオトが言ったことをアカリとアサコに言った。
祖母はユメの両親と電話をしているのだろう。

「本当なのよ!ユメがさらわれたの!いないのよ!!早くこっちへ来なさい!」

と悲鳴のような声で言っていた。

「ユメが変な黒い車に乗せられて連れて行かれた」

ナオトが震える声で言う。

「え!?どういうこと?おじいさん、警察に通報しましたか!?」

アカリも驚いた表情をしてから、祖父を見る。

「ダメだ!!通報したらユメを殺すと言っている……。それは出来ない!」

祖父は首を振りながら大声を上げた。

「誰か……、大人にも知らせて探さなきゃ。ユメに何かあったら大変だ!」

ナオトが祖父を見て、それから2人に言う。

アサコは、想像よりも祖父母が本気にしてるように見えて恐ろしくなり、足元から震えがきてへたり込んでしまった。

それを見て、「アサコ!しっかりしなさい!ユメは無事よ!私たちも探すのよ!」とアカリが叱りつける。

アサコの様子が余計に物事を重大に見せてしまっているようだ。
でも、とんでもないことをしているという恐怖でアサコは言葉も出ない。

「大人に知らせてはいかん!!」

祖父が3人を怒鳴りつけた。

それから、3人に自分のスマホを見せる。

さっきアカリとアサコが撮ったユメの動画と脅迫文が出ている。

「誘拐されたんだ。警察や近隣住民に言えば殺すと書いてある。今夜中にはユメの両親もここへ来るだろう。キミ達はこの場所がわかるか?」

アカリとナオトが顔を見合わせる。
アサコは怖くて口元に手を当てて震えている。

「わからないけれど……、この町なんでしょうか……」

アカリが呟いた。

「ナオトくんが知らせに来てからそんなに時間が経っていない。この町だと私は思うんだが……。如何せん、私たちはこの町を把握できていない。キミ達は幼い頃から住んでいるんだろう?子供の方が大人よりも実は町に詳しいと思うんだ。遊び場やら秘密基地なんかを作って遊ぶだろうから」

「これ、どこだろう?倉庫?なんだろう?そんな場所、この町にあるのか?」

ナオトが祖父のスマホを覗きながら言った。

「でも、この町なら、おじいさんたちやご両親よりも私たちの方が詳しいわ。探してみようよ」

アカリが言い、ナオトが頷く。

「くれぐれも住民に気づかれないようにしてくれ。私たちは両親と身代金の打ち合わせをしなくてならない。48時間以内にユメを助けなければならないんだ。そして、この事はキミ達以外、誰にも言わないと約束してほしい。約束してくれるのなら何だってする。欲しい物があれば何でも買ってやる。わかってくれないか?」

祖父は懇願するように3人に言う。


3人は顔を見合わせる。


身代金を払う……?


そのことが全員浮かんだのか、緊張の顔になる。

まさか、そこまで事が重大になるとは思ってもいなかったからだ。
大の大人が子供のイタズラを本気にするなんて想像していなかった。

「わ、わかりました。俺たちはユメを探しにいきます。でも、夜に家にいないと親が変に思う。どうしよう……」

ナオトが震える声で言った。
この声色は本音だ。事の重大にナオトも恐怖を感じている。

「夜は自宅に帰ってくれ。キミ達のような子供が、夜中にウロウロしているのを犯人にわかってしまったら、ユメは身代金を払う前に殺されてしまうかもしれない。何かわかったら私に連絡してほしい。頼む」

祖父は3人に頭を下げた。

3人は生唾を飲み込んで頷いた。



バラバラに探すフリをしてから、町の外れの仮設事務所へ向かい、周りを確認してから中に入る。

ユメがスナック菓子を食べながら「おかえりー」と言った。

「ヤバイぞ」

最後に戻ってきたナオトが言った。

「なにが?」

ユメは不思議な顔をして首を傾げた。

「ユメ、大変よ。おじいさんがご両親たちと相談をして、身代金を払うって言っているわ」

アカリも緊張した顔で言った。

「だから、こんな事するのは嫌だって言ったじゃない!!」

アサコが泣きながら叫んだ。

「えーと、五千万円だよね?それを一千万円ずつ分けて入れればいいんだよね?私は二千万円。そうだよね?」

ユメが呑気に言っているのを、3人はポカンと見る。

「どうしたの?そういう計画でしょ?お金はいいよー。あげるよ。お父さんとお母さんに会えるし、私のお願い聞いてくれたんだから、そのお礼だもん」

「本気で言っているの?」

アカリが驚いた声で言った。

ユメはニッコリと笑っている。

「私もね、サスペンスのドラマを思い浮かべて考えていたんだー。お金を貰って、解放される時って少し怪我をしてた方がいいかな?痛いのは嫌だけれど、それくらい仕方がないと思うんだ。そう思わない?」

スナック菓子をボリボリと食べながらユメは言う。

「怪我?それは……、俺たちがユメを殴るとか蹴るとかをするってことなのか?さすがにそれはちょっと……」

ナオトが嫌そうな顔をする。
それにはアカリとアサコも頷いている。

「さっきね、資材置き場に行ってみたの。そうしたら壁に木材が立てかけてあったよー。触ってみたけれど、軽そうだし、座って目隠ししてる時にそれを倒してくれたら、少し怪我するんじゃない?」

相変わらずユメはニコニコと笑っている。

「嫌だよ!これは遊びだったはずでしょ?大金受け取って、ユメを怪我させるなんて、私はどっちも嫌!」

アサコが叫ぶ。

それを見て、ユメがニヤリとした。

「そうだよ、アサコちゃん。これは『遊び』だよ?でも、お金を貰うんだから、少しは言う事を聞いてほしいなー。この計画が始まってから、アサコちゃんだけ反対したり、文句を言ったりしているよね?でも、ここまで来たら私の言う通りにしてね?木材を倒す係はアサコちゃんで決まり!みんな、それでいいよね?」

震えながらアサコが全員を見る。

強張った顔のナオト。

アカリもさすがに驚いた顔をしている。

「もうそろそろ、みんな帰った方がいいんじゃない?暗くなってきたし。おじいちゃんには見つからないって言って、明日の朝にでもまた来てね。48時間もしないで入金されそうだよね?お金入ってたら、口座に入れるから、口座もチェックしておいてね?あ、それと計画の紙を燃やすんだよね?アカリちゃん、よろしくね?」


ユメは紙をアカリに渡す。
アカリは無言で受け取って、アサコとナオトを見る。
2人もポケットに入れてある紙をアカリに渡した。
アカリは自分の分も出して、事務所の机にあるマッチ箱を取って火をつけて紙を燃やした。

「私のは原本よ。だから、これで証拠はない」

アカリが言った。


「じゃあ、明日ね。本当は1人は怖いから、ナオトくんがいてくれたら嬉しいけれど、それは無理だし。頑張ってみるね。私たちは『仲間』だし、いつでも一緒。そう思えば怖い夜も平気だよ?だから大丈夫。じゃあ、みんな、おやすみー」

ユメは全員に笑顔で手を振り、スナック菓子の袋を持ちながら寮となっている場所へ向かった。


ナオトが思いつき、アカリが念入りに計画をした『遊び』の主導権がユメに移っていることを3人は感じた。


自分たちはユメを世間知らずのお嬢様だとなめていた。
けれど、実はこの4人の中で一番、ずる賢いのはユメなのかもしれない。


ユメの祖父に「見つからなかった」と報告をして、それぞれ帰路に着く。

そうして眠れない夜を過ごし、朝の10時にユメの家の前で待ち合わせをした。

今日は青果店の老婆はいなかった。

再び、ユメを探すと祖父に伝えたところ、ユメが見つかるのは時間の問題かもしれない。けれど行方を探してほしいと言われた。

玄関先で話をしていたら、ユメの顔とよく似た女性と眼鏡の真面目そうな男性も出てきた。
2人はユメの両親だと言い、「どうか、探してください。よろしくお願いします」と頭を下げた。

家を出たところでアカリがポツリと言った。

「見つかるのは時間の問題かもしれないって……、入金されたっていうこと?」

ナオトがスマホを見る。

「おい……、自分の口座を見ろよ……」

ナオトの言葉に2人はスマホを確認した。

〇〇〇株式会社から一千万円がそれぞれ入金されている。
それは、ユメの分の架空口座に身代金が払われ、それが分配されたことになる。

アサコは恐怖でスマホを落としてしまった。


子どもが考えたイタズラが本当の誘拐事件になった。
自分たちが浅はかに考え、暇つぶしに実行したことが事件として現実のものとなったことを、振り込まれている金に思い知らされる。


「は、早くユメを解放して、さっさとこんなこと忘れよう?このお金は将来、自分が困った時に使う。それまでは……、この事が大人になって、私たちの中で忘れた頃に使うことにしよう。いい?」

アカリが自分に言い聞かせるように言った。

「もう、早く終わらせて忘れたい……」

アサコが放心しながら言った。

「早く終わらせよう」

ナオトが言い、それぞれバラバラになって仮設事務所へ向かった。


「おはよー。お金、入ってたでしょ?」

事務所へ行くとユメが笑顔で迎えてきた。

「入っていたわ。ユメ、早くスマホを貸して。この場所を伝えて、私たちは逃げるわ」

アカリが焦りながら軍手を履いて言う。

「ダメだよー。私のこと目隠しして、椅子に縛り付けてくれないと。それから、木材を倒すのも忘れないでね?」

ユメが呑気に言う。

ナオトが舌打ちをして、「早くするぞ」と言って、資材置き場に向かった。

「はーい」

ユメはスキップしながらナオトの後に続き、アカリとアサコも向かった。


ユメを椅子に縛りつけて、目隠しをする。

『身代金は受け取った。娘の居場所を伝える。尚、解放した後も警察や住民に通報すれば、再び娘を誘拐し、今度は確実に殺す。一時間後、町外れの××建設の仮設事務所の資材置き場へ来い。そこへ娘を解放する』

アカリはメールの文章を打ち込んで、頷いた。

「いいわよ。アサコ、木材を倒して」

アサコは「無理……、そんなことできない」と首を振った。

「アサコちゃん、大丈夫だよー。少し怪我をするだけだし。倒してオッケーだよ」

目隠しをされながらユメが言う。
それから、ユメは続けた。

「みんな、私のワガママのためにありがとう。私たちは、やっぱり『仲間』で、いつでも一緒だよね」

「アサコ!!」

ナオトに怒鳴られて、アサコはビクリとする。
弾かれたように、目の前の木材をユメの方へ押した。

ガラガラと大きな音を立てて、木材が倒れていく。

木材の中に金属のような音が混ざって、ガンガン!と鈍い音を鳴らして床に叩きつけられる。

「ぐ、ぐ!がああああー!!」

断末魔のような叫びが倒れた木材や金属の棒の中から聞こえた。


「え……?」

倒したアサコが言った。
無我夢中で押したからよくわからない。

アカリとナオトが茫然と見ている。

木材の中から、ユメの足が出ている。
ピクピクと痙攣している。

「え?なに?これは軽いから大丈夫だって……」

アサコが呟くと、アカリはすぐに我に返りユメのスマホを操作した。

「送信したわ!!早くここから離れるわよ!!急ぎなさい!!」

そう言うとスマホを木材の中に投げ捨てて、アサコを引っ張りながら走る。
ナオトが先に進み、裏口を開けて「早くしろ!」と叫んだ。

「ねえ!ユメは?大丈夫だよね?」

アカリに手を繋がれて、裏の山へ走りながらアサコは叫んだ。

「知らない!!今はこの場を離れることに集中して!!」

アカリも叫ぶ。

3人で山を走りながら越えて、国道へ出る。

町で一番大きなスーパーの前で、ゼーゼー言いながら息を整える。

低いとは言え、山越えで結構な時間がかかった。

ナオトがスマホで時間を確認した。

「2時間も経ってる……」

その声がかき消されそうな轟音が聞こえてきた。

「ドクターヘリだわ」

アカリが上空を見ながら言った。

「ユメは無事だよね?」

アサコが震えるように言う。

「わからない。とにかく、私たちは3人でこの辺りを探していたことにしましょう。見つからなかった、そう言うのよ?わかった?これからユメの家に向かうわよ」

アカリの言葉にナオトが頷いた。

「いいか。この事は一生誰にも言わない。絶対にだ。ユメの怪我が酷いかはわからないけれど、俺たちだけの秘密だ。約束だ、いいな?」

3人は、それぞれの顔を確認して頷く。


ユメの家に戻ると、もぬけの殻になっている。

住民たちがザワザワと集まっていた。
その中心にアカリの父親がいて何かを説明している。

「お父さん!何があったの?」

アカリが人をかき分けて父親に言った。

「アカリか。新山さんの娘さんのユメちゃんが怪我をして、ドクターヘリで搬送された。町外れの建築会社の仮設事務所に迷い込んだらしい。まだこの町に慣れていなかったから、道に迷ったのだろう」

3人で顔を見合わせる。

「怪我って大丈夫なんですか?」

ナオトが言うと、アカリの父親が首を振る。

「資材置き場で遊んでいたのか、資材が倒れて下敷きになったようだ。非常に重症で危険な状態だが、わからない」

「そんな……」

アサコが顔面蒼白になる。

「お前たちはユメちゃんと仲がよかったようだな。心配だろうが、運ばれた病院に任せるしかない」



『仲間』。

いつでも一緒。



ユメが最後に言った言葉が呪いのように纏わりつく。


それから、ユメの姿を誰も見ることはなかった。

あの宮殿から、ユメの祖父母も消えた。


3人は、ユメのあの言葉が呪いとして脳裏にこびりついている。

あの事があってから、3人は口を利かなくなった。まるで他人のように、互いが存在をしていることもわからないかのように、一切関与をしない。
思い出したくないから。


『仲間』であり、いつでも一緒だとは思いたくもない。


そうしてアサコは高校へ上がる時に都会へ転勤となり、残ったアカリとナオトは別々の高校へ進学をした。

それから、この『狭間』に集められ、久しぶりに顔を合わせることとなった。

「へー、本当だったんだ」


私は皮で出来た分厚い本のページをめくりながら、感心したように言った。
本の表紙は私の文字で『3人の物語』と書いてある。


私が見ているページには、柳アサコ、清水アカリ、結城ナオトの3人が、ウタカタがいる『狭間』へ招集されたと書いてある。
そして、「あの事」を話し合っていると。



読み進めると、アサコが思い出したように言っている。

「そういえば、私たちが呼ばれて通っていたユメの部屋、『メインルーム』って言っていたけれど、他にもユメの部屋があったってことだよね?」

「メインではないから、セカンドルームってこと?寝室なんじゃないの?」
アカリがそれがどうしたって顔で返事を返した。




「ブー。ハズレだよー。本当にアカリちゃんって大事なところをミスするよね」

私はクスクス笑いながら言った。


寝室は他にあって、私が誰にも見せなかった第二の部屋。
アカリ風に言えば『セカンドルーム』は、ウオークインクローゼットのことだ。
6畳ほどの広さのそこは私の趣味の部屋。
客室だからメインルームと言っていただけ。
趣味の部屋のドアは、あなた達がいつも座っていたソファの後ろにあったんだよ?ただのクローゼットだと思って気づかなかったでしょ?


カルト宗教に興味がある私が、色々と本を集めて読み漁っていた場所。
洋服がかかっているクローゼットの下、木箱の中にそういった類の本を大量に入れていた。

私はクローゼットの中で集めていた本を眺めながら、初めてこういう類のものに興味を持ったのかを思い出していた。


*********


東京で有数の名門中学校に入学した私は、周りからも『超お嬢様』という扱いを受けていた。

授業は帝王学が中心で、祖父から続いている事業は両親が継いだけれど、その後継ぎになりたいという気持ちはない中でも勉強はつまらなく、心からの友人と呼べる存在もいない。
この学校は競争しなければ生き残れないので、私に限らず、深く友情を芽生えさせようと思っている生徒は数が少ないと思う。

両親は仕事ばかりで、最後に顔を合わせたのはいつだろうか?
私を家に一人にしておけないと、祖父母の家に私だけが引っ越しをしたけれど、それから会ったのだろうか?思い出せない。それくらい遠い記憶。


ある日、外出をしていて、何気なく立ち寄って書店の片隅のコーナーで『悪魔神』というタイトルの本を見つけた。

興味本位でページを開いてみると、神ではあるが邪教である悪魔神への崇拝や儀式などが書かれており、その本の中で描かれている神々の美しい姿に一気心が奪われた。

そして目を引いたのは『理不尽』『怒り』などの気持ちが悪魔神を生み、そして人々は悪魔神へ救いを求める。と書いてあったことが心の中に響いた。


そうだよ。

今、私が置かれているこの現状こそが理不尽だ。

裕福な生活を送り、周りはそんな私を羨ましがるけれど、私の心の中は誰にも分らない。
寂しい気持ちや、お金なんかより両親と仲良く暮らしたい。
お父さんとお母さんの笑顔が見たい。
『ユメが一番大事』と言ってもらいたい。

これこそ理不尽以外の何物でもないはずだ。


そう思った私は迷うことなく、その本をレジへ持って行った。

それがキッカケで悪魔神や邪教に関する本、儀式などにに使う道具などを、おじいちゃんやおばあちゃんに見つからないように集め続けた。

悪魔神や邪教に飽き足らず、カルト宗教への興味も沸きはじめ、それらに憧れや、自分の気持ちを代弁していてくれているという気持ちでどんどん傾倒していった。


*********


あの町での暮らしは、店も何もなく、コンビニすら遠い。本当に退屈な田舎だなと思っていた。

どうして私がこんな、ど田舎に引っ越ししてこなければならなかったのか。
東京の暮らしは、お父さんとお母さんが忙しくて、会うことすらほとんどなくなり、おじいちゃんとおばあちゃんと生活をしていた。

おじいちゃんは、仕事を引退してから東京での暮らしに疲れてしまい、
「のんびり暮らしたい」とよく言っていた。
そして、のんびり暮らす場所をあの田舎に決めた。
どうせのんびりと暮らすのなら、私は海が見える避暑地のような場所で暮らしたかったのに。

けれど、そんな田舎の自分の近所に面白い人間が3人いた。


優等生を気取り、町の医者の娘だと常に偉そうにしているアカリ。

特徴も何もなく、気が弱いからアカリにこき使われているアサコ。

田舎にいるには少しもったいないイケメンなナオト。


この幼馴染の3人は退屈な生活に少し刺激をもたらせてくれると期待して、接触した。

アカリは私の家の財力に敵わないから、警戒して近寄ろうとはしなかったけれど、残りの2人はまんまと近寄ってきた。

私はナオトに恋心を抱いていたから、ナオトと一番仲がいいアサコはオマケだったけれど。


ナオトが私に振り向けばいいのに。
そう思ってはいたけれど、なかなか上手くいかない。
アサコを利用しようとしても、使えないアサコは私のために動くことすら出来ない。

私は趣味の部屋で『悪魔神との契約』という本を読みながら、どうにかナオトが自分を好きにならないかを考えていた。

あわよくば、私を祖父母に押し付けて、こんな田舎へ追いやった両親へ復讐もしてやろう。
それを実行する為に、あの3人を巻き込めやしないか。そう考えていたのだ。


そうして、本の山の中から『神との契約書』を発見して実行することにした。

『神との契約』を成立させるには何個が条件があった。


・古い紙(和紙でも代用可)、私はふすまの張り替え用のものをおばあちゃんからもらった。

・その紙に万年筆で魔法陣を描く

・魔法陣を取り囲むように呪いたい人物の名前を書く

・指先などを刃物で切り、自分の血で名前と、血の母印を押す

・黒い布の上に、書いた契約書を置き、満月の夜12時に燃やす

・契約の対価は、身を捧げる=死



契約のやり方を見て、私は最後の一行に固まってしまう。


身を捧げる。

それはつまり、私に死ねと言うことなのか?
なのか?ではなく、「死」という文字があるのだから、確実に死ねということだ。


まあ、生きていてもつまらないし、別にこのまま死んでもいいのだけれど。
私が死んだら、さぞかし両親はこんな田舎へ追いやったことを後悔しながら、生き地獄を味わうんだ。ザマーミロだ。


早速、契約書を書き始めるために、おじいちゃんの部屋から持ってきた万年筆を握りしめていると、スマホが鳴る。おばあちゃんから電話だ。

「ユメ、アサコちゃんたちが遊びに来てくれたから部屋に通してあげなさい」

何でこのタイミング?本当に今は邪魔くさいと思いながらも悟られないように、

「メインルームにきてねって伝えて」

と明るく返事をした。


我が家は家の中にいても広すぎて声が届かないからスマホで呼び出したりする。
こんな全て最新の家具家電をそろえた豪邸を建てたのに、スマホで呼ばないといけないというのは相当不便なことだし、本音を言えば税金対策をしたかったから、こんな宮殿のような家を建てたんじゃないかと私は密かに思っている。

メインルームで待っていると、アサコ、ナオトの他にアカリがいる。
一度しか家へ来ていないのに、どういう風の吹き回しなのだろうか?

3人がソファに並んで座った。アサコだけが下を向いていて、よく見るとてが震えている。それを隠すように両手をさすっている。
残りの2人もいつになく真面目な顔をしている。

「どうかしたのー?みんな元気ないねー」

と、私が聞くと、ナオトとアカリが顔を見合わせて頷いた。

「ユメ、俺たちがユメの両親へ会わせてあげるっていう話なんだけど……」


ナオトの口から誘拐事件の話をされる。


内容は中学生らしい発想ではあるけれど、身代金を5千万円なんてどういうつもりなのか?と首を傾げた。

本当に私の両親が支払ってしまえば、立派な犯罪になるのに。

でも……。

『神との契約』には、身を捧げるのが対価だとされているけれど、それを実行するのに、この誘拐の計画は使えないだろうか?

正直、自殺するのは怖い。
でも、誰かに私が死ぬことを手伝わせるのはどうだろうか?

生贄って感じがして余計に契約が絶対的なものになるはずだ。
身代金も神への供物だと思えばなおさら良いことに思える。


どうせ死ぬなら、この3人にも嫌な思いをさせてやろう。

3人だって悪いんだよ?

優等生気取りで、私のことをバカだと思っているアカリ。
成績は学年トップで将来は医者になりたいアカリのために、気を遣ってわざとテストの点数を下げていたことを知らないでしょ?
こんな田舎のトップなんて、東京で家庭教師までつけて英才教育をされていた私には片腹痛い。
あんなに簡単なテストを満点を取らないように無駄な努力をさせている原因はアカリ。
両親への復讐へ一役買ったのだけは、唯一褒めてあげたい。でも、それだけ。


可も不可もなく、「普通の人」という言葉がピッタリなアサコ。
アカリを陥れるため、またはナオトとの恋を成就させるため、そのどちらかくらいには役に立つと思っていたけれど、本当に使えない。役立たず。
常に周りの顔色をうかがい、アカリの言うことをペコペコしながら聞いて、陰でナオトとアカリの悪口を言って気を紛らわせている。そのくらいしか楽しみがない、つまらない人間。
アカリの件は早々に諦めたけれど、ナオトとの恋の橋渡しくらいにはなるかと仲良くしているフリをしてあげたのに、全く役に立たない。
もしかしたら、3人の中で一番、ムカつくと思ったかもしれない。
だから、私が契約成立のために身を捧げる大役を与えてあげよう。
両親への復讐の役にも立たないから、最後の仕上げをさせる。
一番苦しめばいいと思ったから。

ナオトのことは、まあ特別に許してあげようかな?と思っていた。
私になびかなかったのが腹立たしいけれど、本当に好きだったから。
それに、結局は両親への復讐へ一番役に立ったのだから、特別に許してあげる。
でも、一緒に地獄には来てもらおう。
なぜだ?って思っているだろうけれど、私の家の財力に白旗を上げて、クラスの男子のように、私に好かれたいと努力をしなかった。
それどころか、私を利用しようとした、それがナオトの罪。
役には立つけれど、振り向かないナオトが憎くなった。
だから、地獄には、あなたにも一緒に来てもらう。


「すごい!その計画ならお父さんもお母さんも絶対に私に会いに来てくれるよね!推理小説に出てきそう!みんなすごいね!私のためにありがとう!」

私は3人を見て、驚いた顔をしながら拍手をした。


契約書に呪いたい相手を両親の他に「柳アサコ」「清水アカリ」「結城ナオト」と書き加えた。

満月の日は誘拐計画の前日だった。

まるで神様がこの計画で私の願いを聞き入れようとしているかのようだ。

指をカッターで深く切って、血で名前を書いて、血の母印を押す。

黒い布の上に契約書を置いて、月明りに照らしてから、時計が午前12時を回ったと同時に契約書にマッチで火をつけて燃やした。

燃える契約書を見ながら願う。

どうか私の復讐が果たされますように……。

2日後には私の身を捧げます……。

神様、どうか、どうかお願いします……。



そうして実行された誘拐事件。
資材の下敷きになり死んだと思った私は、目が覚めると不思議な場所にいた。

ソファで寝ていた私が目を覚まして起き上がると、目の前に若い男性がいた。

「おはようございます。新山ユメさん」

そう言って男性は微笑んだ。

「もしかして……」

私は回りをキョロキョロ見る。
あの田舎にあった私の家と少し似ているような宮殿みたいな部屋。
大きな本棚や奥に見えるカフェのようなものは全く違うけれど、ソファの形、それの感触や床などが似ている気がする。

「神様……ですか?」

私が聞くと、男性は少し驚いた顔をした。

「すごいですねー!よくわかりましたね!はじめまして。ウタカタと申します。今、新山さんが言った通り、職業は神様です」

「神様!!やっぱり!契約は本当だったんですね!」

嬉しさのあまり、ウタカタという神様の手を握る。

「契約?……ですか?」

私に手をブンブンと振り回されながら、困惑した顔をしている。

「何でとぼけるんですか?『悪魔神との契約』ですよー。あ、もしかしたら口には出してはいけない事なのですか?」

私は手を離して、ニヤける口元を押さえた。

「ウタカタさん」

アニメ声優のような声の女の子の声が聞こえた。
いつの間にきたのだろう。
それとも最初からそばにいたのだろうか?

渋谷にでもいそうなギャルっぽい女の子が、分厚い本を手に立っている。
神様の使い?天使?

ウタカタさんという神様も現代風な格好をしている。
ジャケットに細身のパンツ。黒ぶちの眼鏡。
2人とも、キレイな顔立ちをしている。
私が読んでいた本の装飾の神様たちも美しい顔だった。
驚かせないように現代人風な身なりにしているのだろうか?

「多分、新山さんはこのページの話をしているのかと」

天使だと思われる女の子が、本のページを見せている。

「ああ。ミコちゃん、ありがとう。どれどれ……」

神様が天使を「ミコちゃん」と呼んだ。

そして、そばに置いてあるミコちゃんが持っているのと同じような本を取って、ページをめくる。

神様は、しばらくページを目で追ってから「なるほどね」と頷いた。

それから私を見て言った。

「ほぼ即死に近いし、かろうじて生きているのが不思議なくらいですから、身体の痛みはないでしょうね。ミコちゃん、向こうへ新山さんを案内してあげて。新山さん、色々とお話しがあります。この『悪魔神との契約』についても含めて」

「あちらへどうぞ。新山さんがお好きなレモネードをご用意しますね」

天使のミコちゃんが笑顔で言った。

「待ってくださーい。天使さん」

私は嬉しくてフワフワと飛んでしまいそうなくらいになりながら、ミコちゃんの後へ続いた。


カフェのような場所の椅子に座ると、向かえに神様が座り、天使のミコちゃんが綺麗なグラスに入った飲み物をテーブルに置いた。そして、神様の隣に座る。
グラスの置かれたテーブルには2人と同じ本が置いてある。
タイトルは「新山ユメ」。私の名前が焼印で書いてあった。

「では、まずはこの場所の説明をしたいと思います」

「はい!神様」

笑顔で私が答えると苦笑いをした。

「なかなかの珍客ですね。僕のことはウタカタで結構です。こちらは助手のミコちゃんです。ミコちゃんのことも天使ではなく、ミコと呼んでくださいね?天使ではないので。彼女は僕の助手ですから」

「ウタカタさん?ですか。ミコちゃんは天使ではないのですか?」

「はい。私は神様という「職業」のウタカタさんの助手をしています。天使ではありませんよ?」

少しだけ笑いながらミコちゃんが言った。


神様という「職業」?

天使ではなく、助手?


私が契約書を交わした神様と違うの?


それからウタカタさんは、あの3人にも説明した通りの話をした。

説明を聞いて、この場所は『狭間』と呼ばれていること。
神様は職業であること。
そして、生か死かを、自分の人生の本を読んで振り返り、考え、選択するという説明を受けた。


私は一気につまらなくなり、本をテーブルに置いて、足をブラブラとさせた。

「さて。どうしようねー……、非常に珍しいタイプの客人だけど」

不貞腐れた私を見て、ウタカタさんはミコちゃんと顔を見合わせた。

「新山ユメさんの死因は、自殺でしょうか?柳アサコという女の子が倒した資材の下敷きになり、ほぼ即死ですが……。これは他殺?でも、死を希望したユメさんが計画したことですので、柳アサコさんは自殺幇助。つまり、ユメさんはやはり自殺と判断して良いのですか?」

ミコちゃんは本を見ながら言った。

「うーん。かなりイレギュラーな案件だね。どう判断するかは、新山さん次第かな?」

ウタカタさんは私を見た。

「何でもいいけれど、ただの無駄死には腹が立つから、アサコちゃんが殺したことにしておいて。どうせなら3人を巻き込んで一緒に死ねばよかったなー。あの3人がこれから生きていくことが本当に腹が立つよ」

「それはなぜ?」

ウタカタさんの質問に私は口をとがらせて答える。

「だって……。お金貰って、3人はこれから何もなかったように楽しく生きていって、必要になったらそのお金を使うでしょ?私は生きる選択をしても、苦しみながら生きるってウタカタさん言ったじゃない。何で私だけ、お金をあげたのに苦しまなきゃいけないの?そんなのズルいよ」

「それはキミが望んだことだと思うけど?この3人を利用して両親へ復讐をしたのだから、それはズルいことではないんじゃないかな?」

「だーかーらー!私が死ぬことを選んだのは『悪魔神との契約』のためだって言ってるでしょ?身を捧げなきゃ、願いは叶わないって書いていたの!そのために死ぬことにしたんだってば!こんなことなら死なないで、誘拐事件なんかの話に乗らなかったよ。本当にあの3人はムカつく!!」

テーブルをバンと叩いて言うと、ウタカタさんは顎に手を当てて考えているように見える。

「悪魔神との契約ねー……。ふむふむ。わかったよ。では、新山さん。僕と新たな契約を結ぼうか?」

「え?」

ウタカタさんの言葉に聞き返す。

「僕も一応は神様という職業の端くれだからね。新山さんが僕との契約に乗るか、それは僕の、神様の話を聞いてから決めていいよ?どう?」

「ちょっと、ウタカタさん。それはマズイですよ」

ミコちゃんが慌ててウタカタさんの肩を掴んだ。

「大丈夫。まあ……、ミコちゃんも、この仕事に就いたらいずれは知ることとなるけれど、こういうイレギュラーなケースも存在するんだよ」

ウタカタさんがミコちゃんに笑顔を向けた。

「で、契約ってなに?」

私が聞くと、ウタカタさんは手に持っていた『新山ユメ』のタイトルの本をテーブルに置いた。
そして、本に手をかざして横に動かすと、本のタイトルがなくなった。

「これは、新しい本になった。では、キミの人生の本はというと……」

手をパンと軽く叩くと、ウタカタさんの膝の上に新たな本が出てきた。
『新山ユメ』とタイトルが書いてある。
まるで手品を見ているようだ。

「はい。ここに戻ってきたよ」

「何それ、すごい!」

手品を見せてもらっている気分で拍手をする。

「アハハ。ありがとう。これでも一応、神様なんでね。さて、契約の話をしよう。キミの本を読む限り、この3人の思惑にも原因はあると思う。それに、趣味だとしても、こんなカルト宗教の雑誌などが世の中に出回っているのもどうかと思うよ。こうして、新山さんのように信じて実行してしまう人間も現実にいるのだから。では、どうしようか?この3人にも少し痛い思いをしてもらおうか?それはどうやって?と、いう話になる」

私はその通りだと、大きく頷いた。

「では、彼らにも死ぬような辛い体験をしてもらい、この『狭間』に来てもらおう。その体験は新山さん、キミのご自由に。その本をあげるから、最初のページにどんな苦しみを与えるのか、キミに書いてほしい。1人ずつ正確に。死因も考えてね?」

「私が考えてもいいの?」

「いいよ。ここへ辿り着くには普通に死んでも無理だからね。現世で苦しみや何かがないと、ここへは案内されない」

ウタカタさんの話にミコちゃんが眉をひそめている。

「うーん……、でも、ナオトくんだけは苦しむのは少し可哀想かも。憎たらしいのはあるけれど」

「ああ。キミは結城ナオトくんに恋をしていたからねー。そうだね……、結城くんだけは、急病で意識不明の重態にでもなってもらって来てもらおうか?大サービスで。それでだ、原因と死因を書いてもらって、彼らはそれに向かいながら人生を歩んで行く。ただし、これはあくまで「契約」だよ?もちろん、対価はもらうからね」

「対価ってなに?」

生唾を飲んでしまう。


「期間は約3年間。そうだね、高校二年生の夏休み間近にしよう。17歳の7月。その期間、キミには現世に戻り、苦しみながら生きてもらう。その本は現世に持って行っていいよ。3人がここへ辿り着くのかを確認してもらいたいから。そして、3年後の約束の時、正確には3年と4か月になるのかな?3人がここへ招集されたと同時にキミにも再び戻って来てもらう。必ずその本を持って、3人の死因と同じ死に方をしてもらおう。それが、契約の対価だ。いいかな?」


「3人と同じ死に方ってどうやって?3回も死ぬ思いをすれってこと?」

「いいや。死因が同じであれば一度でいい。例えば、そうだなー…。死因だけは僕が決めよう。どれどれ」

ウタカタさんは『新山ユメ』の方の本をパラパラとめくった。

「では、順序も僕が決めるよ?まずは、柳アサコ、彼女は自殺。次に、清水アカリ、この子は交通事故。最後に、結城ナオト。彼はキミの望み通り苦しまないように、急病で医療ミス。これでどうだろう?新しい本の最初、目次を見てごらん」

言われた通りにテーブルの本を開いて『目次』と書いてある1ページ目を見る。

1。柳アサコの物語。死因、自殺。
2。清水アカリの物語。死因、交通事故。
3。結城ナオトの物語。死因、医療ミス。

そう書いてある。

「その死因に向かう苦しみをキミには考えてもらう。あ、結城ナオトに関しては、僕の方でここへ来るように操作するよ?だから、正確には残りの2人の死の原因を考えてもらおうか?」

「この3人と同じ死に方って……?」

私は緊張した声で言った。

少し怖いから。

本で読んだ悪魔神よりも、ウタカタさんの方が本当のような気がする。
いや、「ような」ではない。

本当なのだ。


「キミにも現世では辛い現実が待っている。だから、あの事件で大怪我を負ったキミは奇跡的に生還するも、事故の後遺症で苦しみながら生活をしてもらう。3年後の7月、その苦しみを苦にして自殺。自殺方法は、車道に飛び込んでの交通事故だ。病院に運ばれるが、医者が手術中に見落としのミスをして意識不明の重態となる。いつ死亡してもおかしくはない状況。今とそんなに変わらない。けれど、この方法だと3人と同じ死因にはなるよ。どうかな?」

「確かに……、同じだね」

私が頷くと、ウタカタさんは微笑みながらコーヒーを口に運んだ。

「ウタカタさん、もしも、ユメさんが自分の死を実行しなければどうなりますか?3人がただ苦しんでここへ来るのは私はどうかと思います」

ミコちゃんが口を挟んだ。

「それには心配及ばないよ?結城ナオトは何の苦しみもなく、僕に招集される。それが出来るということは、新山さんをその方法で招集することは可能ってこと。この契約を結んだら、それは動かせない現実となる」

「そんな……、何が目的でそんな契約を交わそうとしてるのですか?私にはわかりません」

ミコちゃんが言う通り。

ウタカタさんは私と契約をして何がしたいのだろう。

契約の内容を聞きながら、疑問に思っていたことだ。


「3人を苦しませて、この『狭間』へ呼ぶことがゴールではない。4人そろって話し合ってもらいたいんだ。誘拐事件のこと、なぜ4人はこの道を選ばなければならなかったのか。そして、考えて結論を出してもらう。キミ達4人は生と死、何を選択するのか、僕の目的はそれ。このままじゃ、新山さんは納得出来ないだろう。生と死の選択すら出来ない。罪を犯したのは、新山さんだけではない。4人で罪を犯したんだ。しっかりケジメはつけてもらう。そのために必要なことだよ」

ウタカタさんはまたコーヒーを飲んだ。
それから、私を見る。

「さて、新山ユメさん。キミに選んでもらおう。僕との契約を交わすのか、それとも、このまま光ある天国へ向かうのか。答えは一つ。どうする?」


私は、少し考えてから、意を決する。

そして、ウタカタさんをしっかり見た。


「私は、新山ユメは契約を交わします。3年後、ここで全員と会う。そして話し合う。罪は4人で犯したんだもの。私たちは『仲間』だし、いつでも一緒だから」

「契約成立だ」

ウタカタさんがニッコリと笑った。

そしてジャケットのポケットから、ペンを出した。

「その本にタイトルをつけよう。そうだな……、わかりやすく『3人の物語』なんかどうかな?それで良ければ、タイトルを書いてほしい」

頷いてから、ペンを受け取り『3人の物語』と書いた。

「では、キミは現世へ戻りなさい。3年後、再び会おう」

ウタカタさんが立ち上がり、大きな扉へ向かう。
ミコちゃんもそれに続いた。

私も『3人の物語』を抱きしめて歩いて行く。

扉を開けたウタカタさんが言った。

「3年後に4人が顔を合わせる。しっかり話し合いが出来ることを願うよ」

扉の向こうへ行こうとする私を見るウタカタさんは少し哀れんだ顔した気がしたけれど、私は扉を出た。



現世へ戻った私は、『3人の物語』の、柳アサコと清水アカリの苦しみを考えて書いた。

毎日、彼らの生活を読んでいた。
それしか私にはすがるものがないのだから。


現世の私に待っていたのは、全身の手術の連続。特に顔がグチャグチャになってしまったから、整形で元に戻すまでが本当に辛かった。
右足だけは動かなくて、車椅子の生活になった。


東京の大学病院の特別室に入院をして、何度、手術を受けただろう。
病院の中しか生活範囲がない。学校にも行けない、友達もいない。
孤独で苦しい毎日を3年過ごした。

本の通りに彼らが苦しみの道を進むことだけが、私の精神を保っている。


そうして約束の3年後の7月。

彼らがウタカタさんがいる『狭間』へ招集されたのを確認して、本を膝に置いて、私は車椅子を動かしながら外へ向かう。


「あら?ユメちゃんどこへ行くの?」

いつも担当してくれる看護師さんが声をかけてきた。

「涼しくなってきたから、外に散歩だよ」

ようやく元の顔に戻った私が笑顔で返事をする。

「そうなの?目の届く範囲にいてね?私が付いていこうか?」

「大丈夫。玄関のロビーにお母さんが来ているから、お母さんと一緒だから」


そんなの嘘だけれど。

でも、行かなくてはいけない。


「それなら安心ね。気を付けてね」

看護師さんが微笑んだから、私も笑顔を返す。



車椅子で裏の方から、歩道に出る。
目の前にある車道は夕方だから交通量が激しい。


私は少しだけ息を飲んだ。

これは契約。
破ることは許されない。


本をギュっと掴んだ後、私は車椅子を思いきり漕いで車道に出た。

目をつぶると、激しいクラクションが聞こえる。
その後、衝撃が走って意識がプツリと切れた。


ユメが目を覚ますと、ウタカタは「おはようございます」と声を掛けた。

起き上がり、周りを確認してユメは思う。
戻ってきたのだと。

「ウタカタさん、久しぶり」

「大人っぽくなりましたね。また、神様ですか?って言われるのかと思いましたけど」

優しい笑顔でウタカタが言った。

「まさか。ちゃんと覚えてるよ?その為に生きてきたんだからね」

ユメも少し笑って答える。

「身体の痛みは……、3年前と同じくないだろうね。今回もほぼ即死状態だから。他の3人はどこかしら痛みを伴って、ここへ来たけれど、キミは死に方が上手なのかな?」

「死に方が上手って。そんな褒め言葉は微妙だね、あんまり嬉しくないよ」

不満そうに言うユメに「あはは。失礼」とウタカタが笑う。

「ミコちゃん、新山さんが目を覚ましたよ」

ウタカタが続けて言う。
ユメもウタカタが声を掛けている方を見ると、カフェではなく、どこかの部屋のドアからミコが出てきた。

「お久しぶりです。ユメさん」

3年前に会った時は長袖の服を着ていたけれど、今は現世の夏に合わせたのか、半袖にショートパンツのミコが笑顔を見せた。
あの時はアップにしていた髪も、今日はおろして綺麗に巻いている。
歳を重ねることはないようで、少しお姉さんに見えていたミコが同世代に感じる。
ウタカタも初めて会った時となんら変化もなく、黒いジャケットの中にTシャツを着ている。相変わらず2人とも整った顔立ち。

「ミコちゃん、久しぶりー」

旧友に会うかのように、ユメは笑顔で手を振った。

「で、あの3人はどうだった?」

ウタカタが聞くと、ミコは少し考えながら答える。

「そうですね……、落ち着いて話はしています。誘拐事件については、全員の本質と思惑が明らかになり、少し揉めそうにはなりましたけれど。それよりも、事実を見直すということの重大さを理解しているので、問題なく振り返りは出来たと思います。今、ユメさんがこちらへいらしたと伝えましたので、少し緊張はしています」

「なるほどね」

ウタカタが頷いてユメを見た。

「さて、新山さん。すぐに3人に会う?それとも少し時間を置くかい?キミも3人に会うのは緊張しているかもしれないし」

「緊張?」

ユメはフっと笑った。

「そんなの全くしてないよ?ウタカタさんが一番わかっているんじゃない?私は、今日のために生きてきた。そういう契約の元で現世で苦しんでいたんだから、すぐにでも3人に会えるよ」

「そうだったね。では、行こうか」

ウタカタが立ち上がる。

それから、思い出したように「お、忘れるところだった」と言って振り返った。
ユメの足元にある『3人の物語』の本を手に取った。

「これはもうキミには必要がないから、返してもらうよ?この本はまた新しい本になるからね」

ユメにタイトルを見せてから、3年前と同じようにタイトルに手をかざす。
『4人の物語』と焼印の文字に変化して、タイトルが浮かび上がってきた。

「4人……、私もその本の登場人物になるってことだね」

ユメが呟いた。



私たち4人がこれからどうするのかが新たに書き加えられていくのだろう。

それぞれがどういう選択を選ぶのか。

それを思うと、少しだけ緊張する。



ユメはウタカタとミコの後へ続いた。

ドアの前でミコが言う。

「3人はこちらにいます。では、入りますがよろしいですか?」

ユメはウタカタとミコを交互に見てから頷いた。

「お待たせしました。新山ユメさんがいらっしゃいましたよ」

ミコがノックしてからドアを開けた。


3人がドアの方を見る。
ミコとウタカタの後に続いて、新山ユメが現れた。

ユメも3人を見る。


3人も大人になったな、と思った。

やはり、一番最初にナオトに目が行く。
座っているけれど、あの頃より背も伸びたのだろうし、顔に幼さがなくなっている。
好きだった。ずっと。3年間変わらずに。
再会するときは、もっとカッコよくなっているのだろうと、『3人の物語』を読みながら想像していた。
私が描いた人生へ進んでいく、アサコとアカリは読んでいて面白くて仕方がなかったけれど、ナオトだけは違う。
彼女がコロコロと変わったり、バンドのファンの女の子と身体の関係を持ったり、嫉妬することがたくさんあったけれど、必ず会える。ナオトに対してはそれだけを思っていた。


それからアカリに目を向ける。
相変わらず猫系な美人な顔をしている。
けれど、底にある意地の悪さやずる賢さにも磨きがかかって、性格が悪い雰囲気が浮き出てきた。
高校生になっても「優等生」を気取って過ごしているようだけれど、昔より更に経済的余裕がないのだろう。身なりは清潔感は保っているけれど、それ以上に手入れは出来ていない。
メイクなどもしていないし。なんだか貧しさというより、飢えている感じがする。


最後にアサコを見た。
本当にこの子は特徴がない。
都会へ引っ越しをしたはずなのに、一番、田舎臭さが残っているように見える。
学校で一番モテる先輩と接していて、『可愛い』と言われて一瞬浮かれていたようだけれど、そんなはずはないと思う。
まあ、それも先輩に騙されていただけで、いいように利用されていた話。
私にもわかる。その先輩がどんな顔なのか知らないけれど、アサコに魅力を感じるわけがない。相変わらずおどおどとしながら、視線をキョロキョロさせている。
悪い子ではない。優しい子ではあるけれど、一言で言えば「つまらない」。それが柳アサコという人間と思う。


アサコ、アカリ、ナオトの3人はユメを見た後に視線を絡ませている。


ユメが生きていることはウタカタから聞いた。
それには3人は驚きを隠せなかった。

アカリの父親の見解だけだったが、生存している可能性はないだろう。あの時に父親がそう言った。それをアサコとナオトもアカリから聞いたのだ。
ヤブ医者とナオトは思っていたけれど、ヤブでも腐っても医者である。
その医者が生存していないと言うのだから、そうなのだろう。
アサコもナオトと同じように思っていた。
誘拐事件、そしてユメが死んだ。

『仲間』、いつでも一緒。

最後にユメが言った言葉が呪いのようで、事実に拍車をかけて、最早3人が顔を合わせることも恐怖になり、そして他人となったのだ。

そして、今、ユメが目の前にいる。
不自然なくらい、成長していない気がする。
愛くるしい顔は変わらないけれど、幼さが残ったままだ。
残っている、というよりも全く変化がない。
冷めた顔している表情だけが、17歳になったのだとわかる。
その辺を歩いていても、中学生と間違われるだろう。
フワフワとしたワンピースを着ているから、余計に高校生には見えないのかもしれない。


そこで3人は同じことを思う。


自分たちは制服を着ている。
平日である今日は、当然ながら学校があったから。放課後に起こった出来事で招集されたのだ。

なぜ、ユメは私服なのか。
私服の高校へ進学していたとしても、とても通学する服装には見えない。
家着に近いワンピースなのだ。

今日は学校を休んだのか。それは、自分たち4人が招集されるからなのか。
ユメを見ながら疑問だらけになる。



「ユメさん、こちらへお座りください」

ミコが椅子を引いた。

テーブルを囲む4個椅子。
空席だったその場所へユメが座った。

「今からは僕らも参加させてもらうよ?キミ達だけでは解決することも、選択することも難しいだろうからね。僕が話を進めていく。それに対して、自分の思いや考え、そして最後に決断をして選択をしてもらう。いいかな?」

ウタカタはそう言って、壁に沿って置いてある3人掛けのソファに腰を掛けた。


ミコはテーブルの上にあるお菓子やジュースの中から、誰も手をつけていない飲み物をユメの前へ置いた。
ここにある飲み物は時間が経っても温くなることがない。お菓子の中のチョコレートも溶けない。

「これは、ユメさんが好きなレモネードです」

ミコは微笑んでグラスをユメの前へ置いたあと、ウタカタの隣へ座った。

「異議はなさそうだね。では、始めよう」

ウタカタはパンと手を叩いた。
その音に4人が一瞬ビクリとなる。


「柳さん、清水さん、結城くんがここへ招集された理由は3年と4か月前。あの誘拐事件が引き金になったことは理解したよね?そして、招集には、新山さんが鍵を握っていることも。新山さんはあの事件の時にこの『狭間』へ来ているんだ。そして、3年後の今日、キミ達4人を招集するという契約を僕と交わした」

「契約……?」

アサコがウタカタとユメを交互に見ながら呟いた。

「ユメ。なんだよ、契約って」

ナオトがユメに聞く。

「神様との契約だよ?罰は平等に下らなきゃ不公平だから」

ユメが少しだけ笑って言った。
舌ったらずな喋り方ではあるけれど、幼さはあまり残っていない。

「は?何で私たちが罰を受けなきゃいけないのよ。アンタが親に会いたいって言うから計画をして実行したのよ?ふざけないでよ」

アカリがイラついた声で言った。

「一千万円。報酬はしっかり受け取ったよね?私は取り分が倍額だった。どうせ、何の文句があるんだって言うんでしょ?でも、よく考えてね?そのお金ってどこから支払われたと思う?私の家からだよ。自分の家から身代金を出させて、赤の他人のあなた達に一千万円ずつ支払った。それで私だけ罰を受けて死ぬってフェアじゃないよね?」

ユメの言葉にアカリもナオトも何も言えなくなる。

アサコは震える手を必死で押さえようととする。

「まあ、そういう事だよねー。幼いキミ達の浅知恵を大の大人が本気にしてしまった。こんなはずではなかった。ただの遊びだったのに。キミ達は事の重大さにそう考えた。が、現実に分配金を受け取ったよね?それを返そうともしていない。最初に身代金が振り込まれた、新山さんの口座へ戻すこともしなかった。なぜかって?新山さんは死んだはずだから、死人へ返すことは不可能だ。そう考えたからだ。いや、違うね。ハッキリ言えば、そもそも返す気はなかった。こっちが正直なところかな?」

ウタカタが全員を見まわしながら言った。

ミコも静かに見つめているが、ユメ以外の全員は下を向いている。
ウタカタの言う通りなのだから、反論は出来ないのだろう。

「僕は神様という職業柄、そういう不公平は認められないという考えを持っている。4人で犯した罪は全員で受けなければならない。そう判断をしたらから、新山さんと契約を交わすことにした。新山さんも僕の説明を理解した上で同意した。しかし、この『狭間』へ来る条件は、結城くんが気が付いた通りに現世で苦しい思いや辛い思いをしなければ不可能。だから、3年という時間をかけて苦しみを味わい死を迎えてここへ招集されることとした。結城くんの場合は、新山さんの希望で苦しみはなかったけれどね。もちろん、柳さんや清水さんが苦しんでいる以上の辛さが新山さんには待っていたよ?生き地獄。そう表現してもおかしくはないくらいに」

「100回。ううん、それ以上かな?全身がグチャグチャになった私は何度も手術をしたよ。顔だって判別不可能なくらいだったのを、元の顔に戻すまでが大変だったし、私は歩けなくなった。辛かった。ウタカタさんとの約束より早く死んでしまおうかとも思った。でも、3人が苦しんだあとに私の前に現れる、それだけを支えに3年間生きてきたの。私の苦しみなんかアサコちゃんやアカリちゃんが受けていたものなんかよりずっと辛い。わからないだろうけれどね」

ユメは言いながら涙を浮かべた。


本当に辛かった。ウタカタが言う生き地獄、まさにその言葉の通りだった。



ナオトが思いついたように声を発した。

「おい、アンタは俺たちに説明したよな?過去や現在を変えることは不可能だって。俺たちが罰を受けるためだとはいえ、なぜユメと契約を交わすことができたんだ?現実は変えられないんだろ?」

「確かに言ったよ。それは間違えではない。でも、僕の話をしっかり聞いていたのかな?僕は過去や現在を変えない。けれど、「未来」をどうするかって話は一言もしていない」

「未来……?」

アサコが言った。
アサコの目にも涙が浮かんでいる。

「そういうことなのね……?ユメがここへ来たのは3年前。あの事件の時。そして、私たちがここへ招集される契約は3年後。私たちにとっては「今」のことだけれど、あの時のユメにとっては、これは「未来」の話だった……」

アカリがウタカタを見るとニコリと微笑んだ。

「そういうことだね」



しばらくの沈黙が訪れる。



それを破ったのはミコだった。


「皆さん。もう本音を言い合いませんか?過去の罪の清算をして、これからどうするのか。現世に戻り、苦しみはあるけれど生きるのか、それとも天国へ行くのか。そういう話をしませんか?ユメさんも憎しみだけで皆さんを呼んだわけではないんです。全員で罪を償い清算しようと考えたのだと私は思います。違いますか?」


ミコの発言で、沈黙だった空気が変わる。


「ユメ。俺たちにどうしてほしいんだ?残りの人生をお前に捧げて、すまなかった、お前に酷いことをしたって謝罪を続ければ気が済むのか?」

ナオトが沈んだ声で言った。

ユメは首を振る。

「他にどうすればいいの?お金を返せばいいの?それだけじゃないでしょ?それとも、ユメの家族にあれは私たちがやったことだ。一生かけて償います。って土下座をして、警察に捕まればいいの?私は現世に戻っても別件で逮捕はされるけれど、余罪として、過去の罪を自白すればいい?そうしたら少しは気が済むの?それとも、3人で死を選択すればいいの?どうしてほしい?どうすればいいの?」

アカリが悲しそうに言う。

それにもユメは首を振るばかりだ。
涙をボロボロ流して首を振り続ける。

アサコもただただ涙を流している。

それを見て、ウタカタはため息をついた。

「僕はね、犯罪。特に未成年が起こす犯罪の裏には悲しい事情があると思うんだ。犯罪自体は情状酌量の余地がない罪深いものだ。犯罪に同情はしないよ?大人でも子供でも犯罪には変わらない。どんなことでも罪は償わなければいけないからね。ただ、今回のキミ達が犯した罪には僕は少し悲しい気持ちでいるんだ」

4人を見まわしてから続ける。

「田舎で退屈な毎日。その暇つぶしで計画した事件。刺激がほしかっただけ。誰も本気にするとは思わなかった。そして、誰も傷つくことはないはずだった。結城くんが思いついたイタズラを面白がって、まるでミステリー小説の登場人物の気分で細かく計画を練った清水さん。両親へ復讐できると、それに乗っかった新山さん。そして、最後まで反対をしたけれど、結局は言うことを聞いて実行に加担してしまった柳さん。誰が一番悪いなんてないんだ。全員が同等だよ?こんなはずではなかった、そう思っているだろうけれど、浅知恵でもなんでもそんな考えや行動を起こしてはいけない。キミ達の想像を超える恐ろしいことになる。こんなはずではなかった、では済まされなくなってしまうんだ。全員が行動することをやめなければいけなかった。それに気づかなければいけなかった。誰かが止めるのではなく、それぞれが自分自身を止めなければいけなかったんだ」

「私は……」

ユメが涙を流しながら言った。
涙をこらえるように少し呼吸をしている。

「みんな一緒だと思ったよ?私だけがなんで?って思った。腹も立った。でも、ウタカタさんと契約を交わしたのは、みんなで罪を償いたいから。それだけ……。別に誰かに謝ってほしいわけじゃない。あんな事をするべきではなかった。それをみんなで反省したかったの」

ウタカタとユメの言葉にアカリも涙を流した。



自分たちは、この道を選択すると結果がどうなるのかを考えなければいけなかった。


誰かを利用したり、陥れたり、そんな考えは持っていけない。


いい子になれという意味ではない。
誰だって、好き嫌いはある。
合う合わないもある。


けれど、誰かを苦しめると罰は必ず下る。


悪い事をしたら神様は罰を与える、それは逃げられない。

あの青果店の老婆の言う通りなのだ。


ミコも悲しそうな顔で全員を見つめている。


「それでは、選択してもらおうか?キミ達はどちらへ進むのかを」

ウタカタが言葉を発した途端に、

「あの!!」

ガタンと音を立てながらアサコが席を立った。

「何かな?柳アサコさん」

「ウタカタさん、私と契約を交わしてくれませんか?」

アサコはいつになく強い口調で言った。

「契約?キミと?なぜ?」

ウタカタが首を傾げる。

「現世に戻ったら時間は進みますよね?それって今より「未来」の話になりますよね?だから、私と「未来」の契約を結んでください」

残りの3人も驚いた顔でアサコを見ている。

「契約条件は私から提示していいですか?それを良しとするかはウタカタさんに任せます。もちろん、契約には対価が必要ですよね?」

「そうだねー。契約だからね、対価は発生するよ?それも楽しい対価ではないけれどね。それで、条件はなにかな?」

ウタカタは足を組み直した。

アサコは頷いてから、話し出した。

「契約の条件は、清水アカリ、結城ナオト、新山ユメを現世へ戻してください。意識不明の重態から目覚めた3人は記憶を失ってもらいます。記憶が欠落している部分はおよそ4年分。ユメがあの町へ来る前まで。アカリは逮捕されると思いますが、記憶がないので精神鑑定になると思います。そこでアカリには警察のそういう施設で苦しくて辛い生活をしてもらいます。ナオトは、片方の耳の聴力を失ってもらいます。ギタリストを目指すナオトには辛いことになると思います。そして、ユメは足が不自由なまま。これなら、現世に戻っても辛い思いが待っていることになります。でも、それだけです。私たちが犯した罪の記憶がなくなる。分配金が入った架空口座のことも記憶にないでしょう。それなら、そのお金が使われることは一生ない。そもそも、ユメも2人も出会ったことすらわからない。どうでしょうか?」

「なるほど。それで、キミはどうするの?対価は何にするの?」

ウタカタが言った。

「私は死にます」

アサコはハッキリと言った。

「ちょっと、アサコ!」

アカリが驚いて口を出す。

「みんな、聞いて。私は死ぬけれど、光ある天国へ行くわけじゃない。天国が存在するということは地獄もあるはず。私が行く先は地獄よ。ウタカタさん、もちろん地獄も存在しますよね?」

「そうだねー。あるけれど、かなり辛いと思うよ?生きてる方の苦しみの方がまだマシだってくらいに。成仏なんかできないし、地獄から天国へ行くことも不可能だね。永遠の苦行が待っている、それが地獄。その地獄行きがキミの対価ってことだね?」

「はい。この契約、結んでもらえますか?」

「アサコ。お前だけがそんな思いをするのはダメだ」

ナオトが言った。

「アサコちゃん、そんなの絶対ダメ!!」

ユメも悲痛な声を出す。

「そうよ、罰を受けるのは全員よ。アサコだけが受ける必要はないわ」

アカリも同意している。

「みんな黙って!!これが私の罪の償い方なの。あなた達も現世で苦しいことが待っているのよ?罪の償い方は人それぞれ。それでいいんだよ。ウタカタさん、お願いできますか?」

アサコは3人を怒鳴りつけてから、ウタカタを真っすぐ見た。

ウタカタは顎に手を当てて考えている。
それから頷いた。

「いいよ。柳アサコ、キミと契約を結ぼう」

「ウタカタさん!!これはユメさんの場合とは違います!!」

ミコも驚いて口を出す。

「ミコちゃん。今回のこの4人のことは全てがイレギュラーな案件だよ?3年前、新山ユメが『狭間』に現れ、契約を交わしたことから全ては始まっている。最後までイレギュラーなんだ。だから、柳アサコとの契約もなんら不思議はない」

「契約成立。そう思っていいですか?」

アサコが言うとウタカタは微笑んだ。

「契約成立だ。それでは、3人には現世に帰ってもらおうか」

そう言って立ち上がる。

何か言いたそうな3人を見て、アサコが先に言葉を出した。

「いいの。3人も現世では辛い事が待っているけれど、私たちがユメと出会わなければこんな事にはならなかったの。振りだしには出来ないけれど、それでも私たちは、ここへ来て、考えて、反省をして、罪を償い方を真剣に考えた。償い方がわからないのだろうから、私が提示しただけ。罪を償うことには変わらないの。だから、現世で辛い道を乗り越えて、素敵な大人になってね?」

「アサコ……」

アカリが泣きながらアサコを抱きしめる。

「みんな、いつもウジウジしている私が初めて自分の意見をハッキリ示したんだよ?最初で最後だけれど、私の気持ち、わかってほしい」

アサコが笑顔で言った。


重い扉が開かれる。
光っていて、先がどうなっているのはわからない。

アサコに何度も説得された3人は扉の前にいる。その表情は沈んでいるけれど。

「柳さん、最後に皆さんに言うことはありますか?」

ドアに寄りかかったウタカタが言った。

「そうですね……、願わくば、悪い事はもうしないで。二度と。それを約束してほしい」

アサコが言うと、3人は無言で頷いた。

それぞれ思うことはたくさんあるけれど、アサコにはもう何を言っても無駄だとわかっている。

「そうだね。願わくば、僕もキミ達と再会しない事を祈るよ。こんな場所へっ辿り着いたらダメだよ?それでは、行きなさい」

「行ってください!!アサコさんの願いの通り、もう二度と、私たちに会わないように。そんな人生を送ってください!!」

ミコが叫びながら、足を踏み出さない3人の背中を次々と押した。
光の中に3人が吸い込まれて行く。

「アサコ!!」

アカリが叫んだ。

「アサコー!!」

ナオトもアサコの名前を呼んだ。

「アサコちゃん!嫌だよ!!」

最後にユメの泣き叫んだ声が聞こえて、3人は光の中へ吸い込まれていった。




3人はやがて、現世で意識を取り戻す。

ここ4年ほどの記憶がスッポリと抜けていて思い出せない。
医者は意識不明の時間が長かったのが原因だろうと、それぞれに同じ判断をした。

これから、アカリは逮捕され、ナオトは片耳の聴力を失い、ユメは一生歩くことは出来ない。

そうやって苦しみながら大人になっていく。




その様子をウタカタから借りた3人それぞれの本を読んでアサコは確認した。


「さて、柳さん。キミにも対価を払ってもらおうかな?」

ウタカタはコーヒーを飲みながら言った。

「わかっています」

アップルティーを飲んだアサコが笑顔で頷いた。

「あ、それなんですけれど、私、ウタカタさんと契約を結びまして……」

ミコがウタカタのカップにコーヒーを注ぎながら言った。

「ミコさんが?ウタカタさんと契約?」

アサコがキョトンとして聞いた。

「うんうん。そうなんだよー。ミコちゃんね、『神様認定資格』の勉強を本格的にやりたいらしくて、別な助手を持ってほしいって話なんだけれど……」

「私の代わりに柳アサコさんにウタカタさんの助手になってもらうという契約です。私が払う対価は『神様認定資格』を取るまで勉強部屋から出られないっていうものです。これも結構な苦行なんですよ?」

ミコがニコリと笑った。

「まあ、いきなり助手なんて無理だろうから、もう少しミコちゃんにはいてもらって、引き継ぎなど色々してもらうけれどね。だから、アサコちゃんは当分は助手より下の「見習い」かな?」

アサコちゃん、と親しみがある呼び方でウタカタは言った。

「あの、地獄行きの件は……?」

アサコが戸惑いながら言うと、ウタカタが声を出して笑った。

「地獄も辛いけれど、ここの仕事もキツイよー?地獄の方が楽だった。なんて思うかもね」

「そうですよー。ウタカタさんの助手は本当に辛いですからね!ワガママだし、大事なことは教えてくれないし、地獄の方が良かったー!!って思うかもしれないですよ?アサコちゃん」

ミコも笑いながら言う。


それを見て、アサコもつられて笑い出した。

「わかりました。それが対価なのですから、頑張ります。よろしくお願いします、ウタカタさん」


ーENDー


* 2019.09.30  皐月 コハル *

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