中学1年生の2学期も終わりに近づいていた頃。

アカリは期末テストで学年でトップだったことを自慢しながら、アサコとナオトと下校していた。

「ねえ、アンタたちの成績はどうだったのよ?」

鼻歌でも歌いそうな上機嫌な声でアカリは言った。

「私は……普通かな?真ん中より少し上」

アサコが困ったような笑顔で返した。
いつだってアサコはアカリに気を遣い、言葉を選んで話をする。

「俺は、聞くまでもないだろ」

ナオトが面倒くさそうに言うと、アカリはケラケラと笑い出す。

「ナオトって頭悪いもんねー!!なんでそんなにバカなんだろうね?ゲームとギターばっかりやってるからよ!!将来はギタリスト?それともプロゲーマー?まあ、どっちになろうとも成績関係ないもんね!アサコも本当に普通すぎて特徴が何もないわよねー。アンタたち、私が『特別』に勉強教えてあげようか?アハハ!!」


アカリは小学校1年生になる時に、この町へ引っ越しをしてきた。
診療所の医者が変わる、都会の優秀な医者が来る。
そうして来たのが清水一家だった。
その娘のアカリは、入学当時はニコニコとしていて、育ちが良さそうなお嬢様に見えた。

でも、同じ区画に住む、アサコとナオトの2人と仲良くなりだしてから態度が変わった。
「私は特別な人間なの」「アンタたちと仲良くしてあげているのよ?わかる?」
そう言って、女子であるアサコを下僕のように従え、男であるナオトは自分のボディーガードのようなモノだとあくまで自分より下等な人間である、という風に2人に言い聞かせていた。

アサコとナオト以外の人の前では優等生で良い子を演じていた。2人の親にも。
だから、2人の親はアカリと仲良くしていることに何も思わない。むしろ、成績優秀でスポーツも万能なアカリを見習って勉強もスポーツも頑張れと言う。

それは年を追うごとに酷くなり、アサコもナオトも正直「面倒だから言うことを聞いておこう」と考えていた。
どうせ高校は全員違うのだから、中学生までの付き合いだ。
幼馴染ではあるけれど、高校生になり自分たちの世界が変われば、今のように常に一緒にいるわけではない。それまでは従っていればいい。

アカリが2人を馬鹿にしながら嬉々としている時に、ナオトがふと指をさした。

「なあ、あの家?店?ようやく建ったけれど、何だと思う?」

自分たちが住む区画のだだっ広い空き地だった場所に宮殿のような造りの建物が建った。
中学に入学した頃から大規模な建設工事をしていて、何だろう?とは3人とも思っていた。

「何だろうね?お店かなー。高級ブランドのお店とか?でも入り口が玄関みたいじゃない?誰かの家なのかな」

アサコもつられて建物を見上げながら言う。

「きっとハイブランドのセレクトショップなのよ。会員制じゃない?だから玄関が家みたいなのよ。お母さんはきっと会員になるわねー。私もこの中に入れるよ、もちろん。まあ、アンタたちには関係ない場所よね」

アカリは満足そうに答える。

「こんな田舎にそんなブランドの店いるのか?市内に建てればいいのに」

ナオトは欠伸をしながら言った。もう建物に興味はないようだ。

アサコもアカリの答えに面倒臭さを感じて「へー、すごいね」と聞き流していた。


それから1週間ほど経ったある日。

「今日は転校生が来ます。みんな、1クラスしかないんだから仲良くするように」
担任がそう言って、教室のドアを開けた。

転校生なんて今まで来たことがない。時期外れに、しかもこんな田舎に転校するなんて何事かと、クラス全体がザワザワとなる。

ドアから入って来たのは女の子だった。
小柄で可愛らしい顔をしている。

「はじめまして。えーと、新山ユメです。仲良くしてください!」

舌っ足らずな話し方で挨拶をしてペコリと頭を下げた。



アサコは、可愛い子だなー、何かちょっと世間知らずな感じがするけれど。と思った。


ナオトは、まあブスじゃないだけいいや。と自分には一切関係ないと思った。


アカリは、こういう女は大嫌いだと嫌悪感を持った。



「学校やこの町でわからないことは、クラスメイトに聞くといい」

担任が言って、クラスを見まわした。

アサコとナオトは想像がついた。
いや、クラス全員が予想している。それは外れることはないだろうと全員が思っている。

「そうだなー……、うん。清水アカリ。彼女は生徒会の役員だし、優しい子だ。この町の診療所のお医者さんの娘だから町にも詳しい。清水、新山のことをよろしくな」

案の定、担任は世話係にアカリを任命した。

一瞬、嫌な顔をしたアカリをアサコとナオトは見逃さなかった。
他の人間は気づいてはいないだろう。アカリの本性を知らないのだから。
そして、すぐさま優等生な笑顔を作り、手を上げた。

「はい。新山さん、清水アカリです。わからないことは何でも聞いてね?仲良くしようね」

「アカリちゃん?よろしくお願いしまーす。ユメね-、3日前にここに来たから何もわかんないんだー。色々教えてね。仲良くしようねー」

新山ユメは笑顔で言う。


自分のこと「ユメ」って呼ぶんだ……。


自分を名前で呼ぶことは別に珍しいわけではない。
けれど、新山ユメが自分を「ユメねー」と言うのは妙に子供っぽい。幼稚園児が話すような喋り方が原因かもしれない。

アサコとナオトは、変わった子?不思議な子?と2人で囁いた。

この2人は席が前後しているから話しをすることが多い。
優等生なアカリは、皆が嫌がる一番前の席に自ら志願して座り、真面目に勉強をしている。
そういうアピールが大事なのだと2人に散々言っていた。
休み時間以外はアカリと接触がない2人はノートの端をちぎって、アカリの悪口を書き、そのメモのやり取りしている。そして2人でコソコソとアカリのことを笑っていた。

一番後ろの空席を指定されたユメはフワフワとスキップをするように歩き、席に座った。
そして窓の外を見てデカイ声を出す。

「わー!!山が見えるー!!ユメ、こんな近くで山を見たことなーい。アカリちゃん、あの山って動物いるのー?」

その言葉にさすがのアカリもギョっとした顔する。
クラスメイトはポカーンと宇宙人でも見るような感じになっている。

「に、新山さん?授業が始まるから、山の話はあとでしようね?」

引きつった笑顔でアカリが答えた。

「はーい」

机に両手で頬杖をついてユメは素直に返事をした。
ヘラヘラなのかニコニコなのか、よくわからない笑顔をしている。





ユメが転校してきて1か月近く。
間もなく冬休みを迎える。

アカリは連日、休み時間、放課後とユメに学校の案内、美術部に入部したいと言うから部長に紹介をし、放課後は町中の案内に連れまわされていた。
休み時間と放課後、更には授業中でも疑問に思うと「ねえ、アカリちゃーん」とユメは言っている。この「アカリちゃーん」と呼ぶ声もクラスの全員は聞きなれてしまった。

少々、かなり?変わった子ではあるけれど、愛くるしい仔犬のような顔と、フワフワとした雰囲気。そして、やはり初めて出会う「転校性」という存在で、クラスの人気者となっている。
昼休みの給食の時間は、誰かに常に誘われて、男女問わず、色んな子と食べている。


唯一、解放される昼休みに給食を食べながら、アカリはしこまたユメの文句をアサコとナオトに言っていた。

「ムカつく」「大嫌い」「頭悪そう」「イライラする」

そんな悪態をアサコとナオトに聞かせながら給食を口に運んでいる。

ユメの「アカリちゃーん」と同様に、この悪口タイムに2人はすっかり慣れてしまって、
「へー」「大変だねー」「アカリは偉いよね」
と呪文のように繰り返して相槌を打ちながら給食を食べる。

放課後、アカリの嫌味を聞かないで下校出来るから、ナオトは男子と遊んで帰り、アサコも仲がいい女子と楽しく下校して、2人はそれが満足だから給食の時間の悪口くらいは聞いてやろうと考えていた。

そんな昼休み、いつものように3人で机を並べて給食を食べようとすると、
「アカリちゃーん」が聞こえた。
アカリは見えないように舌打ちをしてから、笑顔で「どうしたの?」と言う。

ユメは机を持ってきて、3人の間に入る。

「今日からアカリちゃんたちとご飯食べるねー。一緒に食べてもいい?」
そう言ってニコニコしながら座った。

これにはアサコもナオトも、アカリが若干、気の毒に思えて顔を見合わせた。
アカリを見ると、しばらく時が止まっている。

どうするのだろう?

2人はそう思いながら黙って様子を見ていた。

「もちろん!喜んで」

アカリは意を決した顔を一瞬だけして、いつもの笑顔を見せた。

「やったー!アサコちゃんとナオトくん、あんまり話したことないよね?仲良くしてね」

「うん、よろしくね」

アサコも笑顔を見せる。

「まー、よろしくな」

ナオトも少しだけ愛想を見せながら返事をした。

「あ!そうだ!ユメね……、ううん。私ね、今日から自分のことを『私』って言うことにしたんだよね。アカリちゃんが自分を『私』って言うのがカッコイイから真似することにしたんだよ?」

「「へー」」

何て答えるが正解かがよくわからず、3人は聞き流すように返事をした。

「それと、アカリちゃんの家がやっとわかったよ!診療所って私の家のすぐそばでビックリしちゃった。みんなも近所に住んでるよね?表札でわかったんだ」

これには全員、食べることを止めた。


近所?

自分たちの区画にユメが住んでいる?


3人で顔を見合わせるけれど、全員「わからない」と首を振った。

「そうなの!?どの辺かな?」

アサコが少し驚きながら聞くと、ユメはニコニコしながら自分の家の場所を言った。

それには全員衝撃を受けて、ナオトはあんぐりと口を開けっぱなしになった。

アサコも驚いて箸から米が机に落ちた。

誰よりも一番驚いて、優等生の笑顔を失い、衝撃のあまり顔面蒼白のような顔をしているのがアカリだ。

ユメの家は、3人が「この建物はなんだ?」と不思議に思っていた、あの宮殿だった。

てっきり、アカリが言うような会員制の店なのだと信じていたけれど、まさか人の家だとは誰も思っていなかった。人が住む家にしては大きすぎる。本当に宮殿のようだから。

「私ね、おじいちゃんとおばあちゃんとこの町に引っ越してきたの。お父さんとお母さんは東京でおじいちゃんの会社を引き継いで忙しいから、おじいちゃんの地元のこの町で一緒に暮らそうって家を建ててくれたんだ」

「え……?いくらこの町が地元だとしても……田舎だからって、あんな豪邸建てられるの?」

アサコがかなり戸惑って質問をした。

「うーん?よくわからないけれど、おじいちゃんはこの町の地主?なんだって。山とか持ってるし、農家さんに畑も貸してるって言ってた。女の子が住むんだから、お城みたいな家にしようって、おじいちゃんが決めたみたい。なんだかわからないよね?」

そう言ってニコニコしながらユメは給食を食べる。

それから、ユメの父親はホテル経営、母親は都内を中心とした貸ビルを管理する管理会社をそれぞれ祖父から引き継いでいると言った。ホテルもビルも全て祖父の所有物件らしい。
だから、忙しくて東京にいた頃にはほとんど会えていなかったのだと。東京でも祖父母とほぼ同居状態だったのだけれど、田舎でのんびり暮らそうと祖父が提案し、地元に戻って来たのだと、ユメは舌っ足らずな話し方で説明をした。

その話をポカーンとしながら3人は聞いていた。


妙に浮世離れした雰囲気は『超』金持ちの生粋のお嬢様だからなのか……。


ナオトが一番先に理解したのだろう、頭の中で「なるほどな」と考える。

そして、アカリを見ると、我に返ったようで持っている箸をへし折りそうになっている。
怪力のアカリなのだから、こんな箸ごときボッキリとへし折るだろう。
それを見て、ナオトは笑いをこらえるのが必死になり、口元をさりげなく手で隠した。

無理矢理、笑顔を作っているアカリが滑稽で仕方がない。声を出して笑いたい。
アカリが散々、自分は俺たちと住んでいる世界が違うと豪語していたのが間抜けで面白過ぎる。

目の前にいるユメは、お前なんかゴミに見えるほどの「お嬢様」なんだよ。
お前もユメとは住む世界が違うんだ。それは俺たちと同等だよ。

そう思うと爆笑したくなる。
アサコを見ると、まだ現実に戻れていないのか、ユメの話を茫然としながら聞いている。

「あ、そうだ」

ユメは何かを思いついたように手を叩いた。

「良かったら今日遊びに来ない?おじいちゃんもおばあちゃんも喜ぶと思うんだ!私に友達が出来たのか、すごく心配していたから」

ユメの提案に我に返ったアサコも含めて、「どうする?」という雰囲気で3人がチラチラと目を交互させる。

アサコとナオトは興味本位で、あの宮殿の中はどうなっているのだろう?と思った。

アカリを2人でジッと見ていると、アカリも興味本位に勝てなかったのか、

「行こうか?ユメちゃんに友達がいるよって、おじいさんとおばあさんを安心させてあげたいし」

と優等生の笑顔を取り戻している。多少、引きつってはいるけれど。

「ユメちゃんなんて呼ばないでよー。みんな、ご近所さんなんだから『仲間』でしょ?ユメって呼んでね」

ユメは嬉しそうに笑っている。

ちょっと待って。アカリの顔が面白過ぎるんだけど。
悔しくてどうしようもないのに、家の中を見てみたくてプライドを捨てちゃったんだ。
何?その笑顔。私たちには屈辱感しか伝わらないよ?
きっとナオトも見抜いているよね。

アサコは心の中ではナオト同様に、腹を抱えて笑い転げたいくらいな気持ちを笑顔で頷くフリをして誤魔化した。
チラリとナオトを見ると、珍しく笑顔のように見えるだろうけれど、アカリを笑っているのがアサコには伝わった。



放課後になり、4人で下校しながらユメの家の前に来た。

改めて見上げると、本当に人が住む家なのか?と思う。
豪邸なんてものじゃない。ユメの祖父が言った「お城」だ。城を孫娘のためだけに建てたのか?

3人はそう思った。

ユメが鞄から小さなリモコンを出して、ボタンを押す。ピっという音が鳴り、城の扉が両サイドに分かれて開く。
それから、スマホを取り出して電話をしている。

「おばあちゃん?今帰ってきたよ。お友達も一緒だから。今から入るねー」

電話を切ったユメは、笑いながら言う。

「電話をしないと帰ってきたのがわからないの。変な家だよね?どうぞ入ってー」

変?もう入り口の時点で異常すぎる。

ユメに案内されながら、玄関の中へと入った。

これは大理石なのか?なんだかピカピカな石の床をいかにも高そうなスリッパを履いて長い廊下を歩く。
ユメは自分用なのだろうウサギの顔がついたスリッパを履いて流行のアイドルの歌を歌いながら前を歩いている。
長い廊下を渡り切って、リビングのドアを開けて「ただいまー」と明るい声で言う。

「お帰り」

品の良さそうな老婦人が笑顔で言った。祖母なのだろう。

「「お邪魔します」」

3人で挨拶をする。

「おばあちゃん、お友達だよ。アカリちゃんとアサコちゃんとナオトくん」

ユメに紹介されて、1人ずつ「清水アカリです」「柳アサコです」「結城ナオトです」と自己紹介をした。

「いらっしゃい。ユメがお友達を連れてきてくれるなんて嬉しいわ。この子は少し変わった子だけれど、悪い子じゃないのよ。どうぞ仲良くしてあげてくださいね」

柔らかい笑顔を見せているユメの祖母は、服装は意外と地味だ。

アカリの母親のようにギラギラとした派手な服なんか着ていない。
けれど、質素に見える服は安物なんかではないことはわかる。
町を歩いていても違和感はないだろう。田舎にすんなりと溶け込めそうな雰囲気をしている。

アサコがリビングの一角の壁を見て、不思議そうに呟いた。

「え……?滝?家の中に滝がある」

その言葉にアカリとナオトも視線を移した。

「あー、それ加湿器なの」

ユメがなんてこと感じで返事をした。

「「は?」」

3人が声をそろえる。

「家が広いでしょ?普通の加湿器じゃ少し足りないのよね。だから壁に滝を流して加湿しているのよ。循環してマイナスイオンも出るから丁度いいのよ?」
祖母が説明してくれる。


加湿器が滝???

普通の加湿器より「少し」足りない?

だからって滝?


もう何がなんだかよくわからない。

それから、ナオトがエアコンがあるのに暖炉もあると言い、それは暖炉に見せたストーブで煙も出なく安全だけれど、暖かさは暖炉と同じだと言う。極寒の国で最近開発されたものをオーダーして作ったのだと説明された。滝とは逆側の応接間のように皮張りの10人くらい座れそうなソファセットの前の壁にはテレビと呼んでいいのものかわからないデカさのものが壁にはめ込んである。サイズは日本にある一番大きなインチだと言い、住人すらサイズがわからないと言う。

しばらくデカすぎて異常な造りのリビングを案内されてから、ようやくユメの部屋へ向かった。

「2階のメインルームにするね」

またわけの意味不明なことを言っている。

メインとはなんだ?セカンドルームってものがあるのか?

部屋は10畳ほどで、ソファとテーブルがあり、40インチほどのテレビが設置されていて、壁の方には机とと椅子がある。パソコンが置いてある。勉強机なのだろうか?

ユメに言われて、ソファに座るとドアをノックされた。

「ユメ?友達が来てくれているんだろう?」

ドアの向こうから男性の声がする。

ユメがドアを開けると祖母同様に優しそうな老人の紳士が立っている。
祖母同様に町に溶け込むよな服装をしている。
でも年相応だけれど、祖父母共々上品な身なりをいている。

経営者でバリバリと数年前まで仕事をしたのだから、もっと威圧的な目がギラついた老人なのだろうと想像していただけに、3人とも拍子抜けをした。

「皆さんよく来てくれたね。妻から名前と特徴は聞いたよ?結城くんは男の子だからわかるけれどね」

軽く笑ってから、アカリとアサコを交互に見てから言った。

「キミが清水さん。そして、キミが柳さん。どうかな?合ってるかな?」

「すごい!おじいちゃん、正解だよ!」

ユメが興奮して大声で言った。

祖父に改めて自己紹介をする。

「ユメに友達ができて本当に安心したよ。女の子だけじゃなくて男の子の友達も出来て、嬉しいよ。これからユメのことを頼んだよ?それに、いつでも遊びにきてくれていいよ。我が家は大歓迎するよ」

祖父は出ていく前に「ユメ、おばあちゃんが呼んでいたよ?」と言った。

「きっと、お菓子とジュースを運ぶようにだね。みんな少し待ってってね」

ユメが急いで部屋を出た。

残っていた祖父が3人を見ながら話す。

「本当にユメの友達にってくれてありがとう」

それだけ言って、本当に部屋を出て行った。

待たされている間。

アカリが部屋の中をグルグルと見て回っている。

「あんまり他人の部屋の中をウロつくなよ」

ナオトがソファでくつろぎながら言う。

「うるさい!!私に構わないでよ!」

アカリは圧倒的な財力の差を見せつけられて屈辱感がすごいのだろう。
あとでアサコと2人で爆笑だろうな。

ここに比べたら、広い平屋の診療所兼自宅のアカリの家が犬小屋程度に思える。
俺たちはごく普通の一軒家だから、存在そのものがないようなものだ。

それに……。

アサコが、「後で話そうね、きっと笑い転げてしまうけれど」とナオトにコッソリと声をかけると、ナオトはニヤニヤしている。

「1等の宝くじが自分から歩いてきた」

「宝くじ?」

ナオトの方がアカリよりも実は頭の回転が速く、ずる賢い。
面倒だからやりたくないけれど、結果、得をすることが起こると、アカリを誘導して、アカリが自分で閃いて思いついたかのように裏で操作していることが結構多い。

そして、ナオトは何か自分にとって「いい事」が起こると、よく『宝くじ』と表現をする。これは、ナオトの父親の口癖だから、移ったのだろう。
でも『1等が歩いてきた』とは初めて聞いた。

「おい、アサコ」

アカリに気づかれないよう注意しながらナオトが話かけてきた。

「うん?」

「お前、ユメの話し相手になれ。ユメが何でも話せるのは、アカリよりもアサコだと思われるように信頼を勝ち取れ。そして『内緒』なんだけれど。と何かをアサコに打明けたら、その内容をしっかり俺に言ってくれよ」

「何で?」

「いいから。金がザックザク入ってくるかもしれないぞ?取り分は平等だ。俺は目の前で屈辱でイライラと歩き回っているアイツとは違うからな。まあ、見てろよ」

イマイチ、ナオトが言っていることが理解出来ないけれど、何か閃くことでもあったんだろう。私も損はしないのなら問題はない。

私もユメと話してみて、どんな人間なのは少し興味がある。

こんな環境で育ったことが「なんか変だよね?」と思っている、天然で浮世離れしているユメと、この生活が当たり前で人を馬鹿にして「私はいつか神のような存在になる。選ばれて特別な人間だ」と豪語しているアカリ。でも世の中には地位も経済力も何もかもが、自分より上がいることは当然なのだ。

アサコはそれを考えながら「わかった。なるべく努力してみるね」と返事をした。