フカフカの柔らかいクッションを抱きながら、都会に住んでいた頃を思い出す。
こんなクッションを抱きしめて、座り心地も寝心地もいい大きなソファで昼寝をよくしていた。
あの頃は何でも手に入って、お嬢様な生活が当たり前だった。
5歳のくせに高級なデパ地下のローストビーフが好物でよく食べていた。
そんな私がまさかスーパーに毎日値下げの総菜を買いに行くなんて想像もできなかった。
本当になんでこんなことになったのか……。
ウトウトとしていたけれど、目をパっと開ける。
可愛らしい花柄のクッションを抱きしめている。そして寝心地のいいソファ。柔らかい毛布がかけられている。
え……?どういうこと?
私は自転車でスーパーへ向かっていて……。
「おはよーございます!」
頭の上から声が聞こえて悲鳴を上げそうになる。
視線を向けると黒ぶちの眼鏡の若い男性が笑顔で私の顔を覗いている。
何これ?誘拐?
「清水アカリさん。17歳。女子高生。ところで頭は痛くないですか?」
男が笑顔のまま言う。
頭……?そういえば左の側頭部がズキズキする。
それよりも何で私の名前を知っているのか?
やっぱり誘拐?
「頭痛いでしょ?」
男にもう一度言われて、警戒しながら頷く。
「ミコちゃーん、清水さん起きたから鎮痛剤と冷えたタオル持ってきてあげてー」
「了解しましたー!清水さん何か飲みますか?オレンジジュース好きですよね?持っていきますねー」
男の呼びかけに可愛らしい女性の声が返ってくる。
私の好きな飲み物まで知っているとはどういうことか。
考えたら側頭部が痛くて手で抑える。
「なんで私のこと知ってるの?あなた誰なの?」
痛みに顔をしかめながら言うと、男は再びニッコリ笑う。
顔が整っているから笑顔が爽やかに見えるのが余計に怪しい。
「清水さん、お買い物に行く途中トラックにひかれましたよね?」
「え?」
「いやー、5メートルくらい派手に飛ばされたようですよ?その時に左側の頭、思い切りぶつけたんですよ。そりゃ痛いですよねー」
そういえば、急いで信号を渡っていたらトラックがきて……?
「え?なんで私、無傷なの!?トラックにひかれたよね?それにここどこなの?病院じゃないでしょ?」
「清水さん、5メートルも吹っ飛ばされて生きてると思ってるんですか?」
「は……?」
何それ?
私、死んだってこと?
だからこんな変な場所にいるの?
ここ何?死後の世界ってやつ?意味がわからない。
「まあまあ色々聞きたいことや話したいこともあるでしょう。まずは鎮痛剤を飲んで、頭を冷やして、お茶でもしながら話しましょう」
男はそう言って、カフェのような場所を指さす。
手には不自然なくらい分厚くて重そうな皮が表紙の本を手にしている。
とりあえず話を聞いてみなくては状況が飲み込めない。
私は小さく頷いた。
「お待たせしましたー」
やたらとギャル風な女の子が薬とお水、冷えたタオルを渡してくる。
そしてテーブルに綺麗なグラスに入ったオレンジジュースを置いた。
薬を飲んで、タオルを側頭部に当てながら2人を見る。
向かえに座った2人の脇にはさっき目に入った分厚い本。
そして、テーブルの上にも同じ本が置いてある。
「改めまして。ウタカタと申します。神様です」
「はあ?」
思わず間抜けな声を出してしまう。
頭がおかしいのか?
「ウタカタさん、さっき説明したからってサボらないでください」
女の子がウタカタと名乗る男を睨んでいる。
「あー、ごめんね。今日はお客さんが多くて、説明するのが大変で……。失礼。僕はウタカタという名前で職業は神様です。こちらは助手のミコ。神様って言ってもそんな偉いわけではなくて、神様って職業は人口が多いんです。僕の担当は生と死を彷徨う人が来る『狭間』という場所、ここが僕の管轄です」
神様って職業なの?
『狭間』ってなんだろう?
それより……
「生と死を彷徨うって、私は死んだんじゃないの?」
「うーん、正確に言うと死んではいないですね。「まだ」ですけど。ここにいらした方に、選択をしてもらいます。苦しくても現世へ戻り生きるのか、はたまた光ある天国へ行くのか。それを考えてもらい選択してもらうって感じですね」
ウタカタは笑顔のまま言う。
私は足を組んでオレンジジュースを一口飲んだ。
それは子供の頃大好きだったお店の味にかなり似ていて少し驚いたけれど、そんな素振りは見せない。
頭痛もかなり良くなってきている。
「そんなもん生きるに決まってるでしょ?私はやらなきゃいけないことがあるの。アンタにはわからないだろけれどね」
「医者になる。敢えて田舎で優秀な医者となり崇拝されたい。ですよね?」
「なんで……!?」
思わず立ち上がろうとする私をミコが押さえて座らされる。
ウタカタはテーブルの上にある本を私の方へ向けた。
本の表紙に焼印の文字で「清水アカリ」と書いてある。
「これはあなたの人生が書いてある本です。僕らが持っているものと同じものです」
脇に置いた本を見せてくる。全く同じに見える。
ウタカタは軽く咳払いをして続ける。
「清水アカリさん、本当に生きるんですか?」
笑顔ではない。眼鏡の奥の瞳が真剣に私を見据える。
「生きるわよ。わかってるなら当たり前でしょ?」
鼻で笑って答えると、ジッと見つめてからウタカタが言葉を出した。
「未成年なので実名の公開捜査はしていませんが、捜索されてますよ?」
その言葉に私は目を見開く。
「嘘でしょ……?」
「こちらのページを見てください」
ウタカタが言うと、ミコが私のだという本を開いた。
開かれたページを目で追う。
『アカリはホームレス連続暴行事件の罪で極秘捜索をされている。まだ事故の被害者がアカリとは特定されていないがそれは時間の問題だ。警察は極秘でアカリの自宅の家宅捜索を始めた。アカリは買い物に出かけたと母親が証言をしたが、現在、行方がわかっていない。両親は信じられないという表情で家宅捜索をされている現場に立ち尽くしている』
「何これ……」
震える手でページをめくる。
最後のページには、今この状況。私がウタカタから事件の事実を聞かされていると書いてある。
「この本は現在進行形であなたの物語が進んでいます」
ウタカタはそう言った。
カタカタと震えている私の手をミコが優しく握った。柔らかくてあたたかい手だ。
「僕は生と死の選択はご本人に任せています。神様だからって過去や現実は変えられません。あなたは17歳だけど賢くて、実は計算高く威圧的な性格だ。だからこうして言葉を選んで話しています。周りには良い少女に見えているのでしょう。あなたは自分が医者として神のようになるためにそうしてきたのだから。この事件を知ったらみんな驚くでしょうね。あの清水さんが?嘘でしょ?って。あなたはそれでも現世へ戻りますか?罪を犯した人間が神として崇拝されますか?人間の命を守る医者になれるのですか?先ほど言いましたよね?苦しくても現世に戻り生きるのかと。まさにこれがそうなります。だからって死を選べとは言いません。それはご自分で選択してください。現世と違いここは時間が止まっています。だから時間をかけてよく考えて、自分の人生をその本で読み返して答えを出してください」
ウタカタは席を立ち、指をさした。
「あちらの本棚があるスペースの奥に個室があります。そこで時間をかけて考えてみてください。あなたは……あなた達は「また」罪を犯すのかも含めて。ミコちゃん案内してあげて」
私はウタカタを見上げる。ウタカタは哀れみの表情でこっちを見ている気がする。
「また」罪を犯す……?
私たちは「また」……?
「清水さん、行きましょう。清水さんの好きなマドレーヌと紅茶ご用意しますね」
ミコが笑顔で私を促した。
***************
「アカリ……?」
中で物音と何か話声が聞こえてきていて、アサコは今日は4人ここに来ると聞いていたから、これから2人目が来ることをウタカタに言われていた。
ここにいてほしいとも。
だから話声は2人目へアサコに説明したように行っているのだろうと、自分の本を読んでいた。
忘れたい「あの事」のページを。
目を背けたい一心で無理矢理忘れようとしていた事実を、再確認していた。
「あの事」のそれぞれの思惑や気持ちを読み進めて胸が苦しくなり、本を置いたところでそばにある建物の窓に人影が見えた。
ミコの姿が見えて、窓から見えるその場所は個室のようだ。
そして、ミコの後から入ってきた人物を見て驚愕した。
清水アカリがいる。
アサコと同じように自分の人生が書かれているであろう本を手に持って。
少しうつむいているし、髪形も変わったけれど間違いない。
なぜアカリがここに……?
数年会っていないから少し大人っぽくなっているが、美人で優しそうな優等生。それは「仮の姿」。本当は目の奥は笑っていない。計算高く、ずる賢く、そして緻密に計画をしていく本当のアカリをアサコは知っている。
ここにいるということは、アカリも死の世界を彷徨っている?
なぜ?
私のように自殺なんて絶対しないであろうアカリがなぜここにいるの?
窓に近寄って声をかけてみようかと思った時、肩を叩かれる。
振り返るとウタカタがいる。
「しばらく1人にしてあげて。キミみたいに彼女にも人生を振り返る時間が必要だから」
アサコの心を読み取るように言って、悲しそうに笑う。
「キミは振り返ってみたかい?」
「はい……さっき読んでいました。まだ終わっていないけれど」
「そうか。キミも彼女も何を選択するんだろうね」
そう言われても今はどう答えるのが正解かわからない。
「あの、アカリは何でここに?私と同じ日って偶然ですか?」
アサコの質問にウタカタは顎に手を置いて考えている。
「個人情報は秘密なんだ。偶然か必然か、どっちなんだろうね?まだ時間はあるからごゆっくり。清水さんに会えるかはキミ達次第かな?」
間をおいて含くみ笑いをして答える。
そしてアサコの頭を優しく撫でて去って行った。
なぜ……?
これが偶然でなければ、必然なのだとしたら、私たちは……?
アサコは1人掛けのソファに座ったアカリの姿を見て震えた。
***************
私は1人掛けのソファに座り、サイドテーブルに本を置いた。
サイドテーブルにはミコがマドレーヌと紅茶を置いてくれていった。
マドレーヌの甘い匂いは美味しそうだけれど、今はそれどころではない。
家宅捜索が始まっている。
私の部屋にはホームレスを暴行した時に使ったカボチャの提灯やひょっとこのお面などが置いてある。間抜けなその物たちにはホームレスの血痕がついているはずだ。
逃げられないだろうか?
あんなに入念に計画を立てて実行していたのに何故バレたのか。
手なずけていた時に顔がバレていたのだろう。
ストレス発散の快感に溺れて一番間抜けなミスをした自分が腹立たしい。
そしてホームレスなんて誰も相手にしないだろうと警察にたかをくくっていたことにも歯ぎしりをしたくなる。
逃げるということはこのまま死ねばいいのだろうか?
「嫌よ……」
思いが口に出る。
私は選ばれた人間で医者になり神になる。
愚かな両親のようにはならずに質素だけれど優秀な選ばれた人間になる。
こんなことで自分の人生をふいにするなんて冗談じゃない。
いっそホームレスに脅されて食べ物を要求され、こんな生活が嫌だから殺してくれと脅されたとでも言うか?
ホームレスより健全に優等生をしてきた私の言葉のほうが説得力があるに決まってる。
苦しみながら生きる?
私が?ふざけるな。
ウタカタとかいうあの男の言葉、胸糞が悪すぎる。
私はいつだって勝者なんだ。
少し気分が落ち着いてきて、紅茶を飲む。アールグレイ。私が好きな紅茶。
結構時間が経っているのに冷めていないのが不思議だけれど。
マドレーヌを一つ取って口に運ぶ。美味しい。ホッとする。
いつだって私は勝者。
さっき思ったことが脳裏によぎる。
私は本当に勝者だったのか?
遠い記憶がうっすらと蘇る。
敗北感を初めて知ったあの時。
サイドテーブルの本に目を向ける。
私の人生の本。
あの敗北感は本当だったのだろうか?
なぜ私は敗北し屈辱を味わったのか。
その答えがここに書いている気がする。
私は本を手に取り、過去のページを探した。
4年前。中学1年生の2学期の終わり。
そこに私の敗北の理由があるはずだろう。ページを見つけると私は文章を目で追った。
小学校入学から「都会からすごくお金持ちな医者の娘」として羨望と多少は嫉妬もあっただろうけれど、私は特別な存在だった。
でも、小さな頃から『何事も計画を立てて入念に行動すること』、そして親である自分たちに迷惑がかからいように常にいい子でいるように。と言われていた。
私は母親のいう通りに行動をしていた。
みんなと仲良く、優しく、常に笑顔。
そんな私には友達がたくさんいた。
特に女子のグループには入っていなかったけれど、数メートルしか離れていない場所に住む幼馴染の2人とはよく遊んでいたし、親も私たちの仲の良さを知っている。
中学になっても私は変わらず生徒会に中学時代も入り、成績もトップを保っていた。
「アカリちゃんはやっぱりすごいね」「さすが有名なお医者さんの娘だね」
高校生の今と変わらずに言われていた。
中学で入った陸上部でも1年生で短距離の選抜メンバーに選ばれた。
田舎だから遊び場がなかった小学生時代。山に入ってみたりと身体を動かす遊びばかりをしていた。
でも、それはみんなこの町の子どもだから同じだった。
競争率が激しい運動部。特に陸上部は入部テストを受けて入れるか決まる。
私は13歳とは思えないタイムを出し、基礎体力の練習も先生が腰を抜かしそうになるような記録を出した。
その理由は、小4の頃。
父の診療所に昔から来ていた若い男性が格闘家を夢みて上京したけれど、格闘家としては再起不能な怪我をして帰ってきた話を父としていて、偶然居合わせた私に男性はサンドバッグをくれた。丁度引っ越しで荷物の中にサンドバッグが入っているという。
それを使って練習に励み、思い入れも強いけれどそれを見ると敗北して戻ってくるしかなかったことを思い出したくないし、自分は私にプレゼント出来る物は何も持っていないから、私に頭に来た時はサンドバッグを殴るなり蹴るなりするとスッキリするし、運動神経がよくやるよと言っていた。
母はそんな汚い物を女の子にくれるなんてと難色をしめしたけれど、私は喜んで自室の隣の空き部屋に父に設置してもらい、勉強の休憩や暇な時はサンドバッグ相手に殴る蹴るをやっていた。楽しくてどうしよもなかった。
そんな経緯で私の運動能力は成人男性と変わらないくらいだと言われ、選抜メンバーに選ばれたのだ。
幼馴染たちも家に来て何度がやったことがある。
殴るのも蹴るのも痛いという2人に、私はハイキックと回し蹴りをしてみせた。
2人は驚いていたけれど、この子たちには「幼馴染」という絆なのか腐れ縁なのか。後者だろうけれど、本性の私を見せていて、2人を下僕のように扱っていた。
私はお嬢様であり、この町の人は医者と言えば父に頼るしかない。
アンタたちのような一般家庭に生まれた根っからの、だたの田舎者とは違う。
私は2人にそう言い放って笑っていた。
順風満帆な生活を送っている私が屈辱と敗北感を思い知らされたのは中1の2学期の終わりに近い頃。
クラスに転校生が来た。女の子だった。
クラスにと言っても、学年に1クラスずつしかないのだけれど。
私が美人系の猫顔だとすると、彼女は愛くるしい仔犬のような可愛らしい顔をしている。
「仲良くしてください。よろしくお願いしまーす」
舌ったらずな話し方で挨拶していた。
正直嫌いな部類の女の子だ。でも優等生の私が冷たく無視することはできない。
案の定、「何かあれば清水アカリに聞きなさい。しっかりして面倒見をいいから」
担任が言ったから、笑顔で「よろしくね」と返した。
彼女はすぐにクラスの人気者となり、まあ田舎に転校生が珍しいのもあるが。
それでも、なぜか私になついている。
美術部に入りたいと言って、一応、生徒会役員だから美術部の部長に紹介をした。
運動部以外は部員数が少ないだけに部長は喜こんでいた。
そして、お昼ご飯を幼馴染たちと食べていると、「一緒に食べてもいい?」と犬の笑顔で来た。
どうする?といった雰囲気で私を見る2人。
優等生である私は「もちろん!」とニッコリと笑った。
それから1か月以上経ってから、私たちと過ごすことが定着しつつある彼女といつものように昼休みに話していると、私たちの近所に住んでいることがわかった。
「そうなの!?どの辺?」
幼馴染の1人が聞くと、彼女は場所を教えてきた。
私はハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
私ほどではないだろうけれど、2人も驚いたはずだろう。
そこはずっと空き地でかなりの広さがある場所で、最近、洋館のようなバカでかい家が建って幼馴染たちと「誰がこんな家に住むのかな?」と話していた場所である。
古臭いけれど広めな私の家なんか小屋に見えるほどで、ここは異国の宮殿ですか?と聞きたくなるような家なのだ。
「お父さんもお母さんも東京で、おじいちゃんの会社をそれぞれ引き継いで忙しいから、おじいちゃんとおばあちゃんが地元のここに戻ってきて、私を引き取ってくれて家を建ててくれたんだ」
「え……いくらこの町が地元だとして田舎だからって、あんな豪邸建てれるの?」
幼馴染の質問に屈託がない明るい声で答える。
「よくわからないけれど、おじいちゃんはここで地主?なんだって。山とか持ってるし農家さんに畑も貸してるって言ってた。女の子が住むんだからお城みたいな家にしようって、おじいちゃんが決めたみたい。なんだかわからないよね?」
私たちはポカーンとしながら話を聞いていた。
「あ、良かったら今日遊びに来ない?おじいちゃんもおばあちゃんも喜ぶと思うんだ!私に友達が出来たかをすごく心配していたから」
興味本位であの豪邸の中を見てみたいという思いが全員あって行くことにした。
そして私は敗北を経験するのだ。
彼女の家の中はあり得なかった。
大理石の床、加湿だといって小さな滝が流れていたり、おじいさんもおばあさんも上品な服装だけれど、うちの母みたいに高級ブランドに身を包むことで、かえって安っぽく見えるのではなく、シンプルだけれど高級な服装なのだろう。質素なそのいでたちはこの町になんの違和感もなく溶け込む。
リビングにグランドピアノが置いてある。テレビは見たこともない大きさで壁にはめ込み式にしている。
エアコンは各部屋に冷暖房の物があり、それなのにリビングにはエアコンと大きくてオシャレな暖炉がある。これは木を燃やさなくてもいいらしく、暖炉に見せたストーブらしい。でもあたたかさは暖炉と同じだという。
彼女の部屋も10畳以上ありそうな広さで可愛らしい部屋だった。
今まで私は特別だと思っていたけれど、財力の差を見せつけられて敗北した。
叫びたいほどの屈辱と嫉妬がそこにはあった。
自分の家に帰って、私は悔しくて悔しくて部屋で屈辱の涙を流した。
「思い出したくもない!」
ここまで物語を読んで不愉快さと、あの敗北感が蘇る。
読まなければよかった。
マドレーヌをムシャムシャと食べて紅茶で流し込んだ。
うちだって金持ちで私は優等生だったはずだ。
圧倒的な財力の差はどこから生まれたのか。
この本は不思議で私の物語なのに「アカリ」と表現されていて、他の人間の思考思惑まで出てくるのだ。
私が屈辱な敗北をした時、幼馴染2人は「アカリ」に対して
『今まで自分たちを奴隷のように使っていたからザマーミロだよね』
と2人でお腹を抱えて笑っているのだ。
そして幼馴染たちの会話は続く。
『あの子が「アカリちゃんのお父さんってお医者様なのでしょ?すごいね、人の命を助けてるんだから。たまに見るピカピカの外車ってお父さんのだって町の人に聞いたよ』って!変人医者があぜ道を外車で走ってるのを見て不思議だったんだろうね」
「それを言われた時のアカリの顔が忘れられないなー、屈辱で泣きそうだったもんね。今頃あのサンドバッグに八つ当たりしてるかもね」
2人はそう言いながら笑っていたのだ。
私の前では明るく、でも素直に言うことを聞いていたのに。
私の性格が問題であり、態度は悪いけれど小学校1年生からの付き合いだ。
幼馴染なのに酷い。私はあの2人には何でも話していたのに……。
国からの援助がなくなり、病院代をつけ払いする老人が増えた。
けれど2週間に一度、薬を補充しに国から依頼を受けた薬品メーカーが来る。
その料金は我が家から出る。
貯金はどんどん減っていき、父は高度な治療を放棄した。
すぐに市内の病院へ搬送依頼をするようになった。
母と父は喧嘩が絶えなくなってきた。
「いい加減総菜を買うではなくて自炊しろ。無理なら安いのにしてくれ」
「私は何もしなくても優雅に暮らせると思って結婚したのに!私にスーパーへ総菜を買いに行けと言うの?そんな恥ずかしい思いしたくないわ!そんなに言うならアカリに行かせるから!」
「お前はそれでも母親か!!」
「あなたこそ外車乗り回して仕事は市内の病院に投げっぱなし!それでも父親だって片腹痛いわよ!」
「もうやめてよ!買い物には私が行くし、お父さんもお母さんも今のままで見栄を張ってれば満足なんでしょ!?」
私が叫ぶと静かになる。
私は続けた。
「生活が苦しいのはわかった。でも私は医学部に入って医者になりたい。それは叶えてくれるよね?」
「アカリもお父さんと同じ道へ進むのには大賛成だ。だから余計に倹約しないと」
それからしばらくして「あの事」が起こる。
あれは仕方ないではないか。
そうしたいと言われてなった結果だったんだから。
そんなことは今は考えなくてもいい。
「過去」なのだから。
それから私は今の生活が始める。
5時にスーパーへ駈け込んで一日二日の食事を割引総菜で買ってくるようになった。
熱心に励んでいた部活も数日しか出れない。
理由は母が具合が悪いと言っている。
敗北をして屈辱を受けたからこそ今は色々諦めなければならない。
私が神として崇拝されるために。
質素でゆとりのある医者になりたいと思って始めたのは、転校生の彼女の祖父母を見たからだと思う。
本当の金持ちはうちの親みたいに派手ではない。
質素な中から見えるのだ。余裕があることを。
だから少しのストレス発散をしたからなんだっていうんだ。
ホームレスを襲撃したごときで捕まりたくもなければ死にたくもない。
両親の思惑を見ようとしたけれど、私は本を閉じた。
いかに警察が私の言葉を信用するかを考えていると窓に人が移る。
そして遠慮がちに窓をノックされる。
何かと思い、窓を覗くと、少し大人になった柳アサコがいた。
「アサコ……?」
驚いて窓を開ける。
「やっぱりアカリだったんだね。こんな場所で言うのも変だけれど久しぶり」
アサコが困った笑顔で言ってくる。
なぜアサコがここに?
「ウタカタさんが言ってた。今日は4人同日のほぼ同時刻にくるって」
私の考えを先読みしたのかアサコが言った。
「4人……?アサコと私の他にあと2人?まさか……!?」
現世で生き返った自分はどうするかと考えている暇さえないのか。
「私もそう思う。必然的に集められているように」
窓越しに私たちが話していると、私の後ろにウタカタが立っている。
「やっぱり会えたんだね」
「え?」と驚く私に対してアサコは「はい。必然ですよね?」と状況を理解したかのような返事をする。
ウタカタはそれを聞いてニコリと笑い言った。
「清水さんはアサコさんがいる場所へ移動して談話でもいいし「あの事」についてでもいい。話し合ってみてください。間もなく3人目がくるので外でお茶とお菓子を楽しんで待っていてください」
「3人目ってまさか?どっちなの!?」
私が言うと、ウタカタは首を傾げながら言った。
「神のみぞ知るってやつですかね」
そういうとドアからミコが顔を出して
「清水さんアサコさんのそばに行きましょう。お二人が好きそうなお菓子と飲み物、ご用意できています」
窓越しのアサコと目が合うと、アサコは頷いている。
私は本を持って部屋を出た。
次にここへ来るのはどっちなんだ……?