「この高校、初めてだったから、職員室でもずーっとドキドキしてたんだ」
 少しだけ残念に思った僕の心中には、どうやら気づいていないようだ。
 ゆずきは興奮気味に続けた。
「それで、ちょっと落ち着きたくて、外の空気を吸いにここへ来たの。そしたら藤井くんがひとり立ってて。正面から夕日が差して影になってる背中がすごく神秘的で。なんかわたし、心の中で『わー!』って叫んだんだよ」
 しゃべりながら、コロコロ変わっていく表情。
 感情表現が豊かで、見てるこっちが楽しくなる。
「それに、初めてだと思う」
 彼女があらたまる。
「初対面の男の子と、こんなに話せたの」
「そうなんだ」
 なんかうれしい……。
「藤井くん、話しやすいし頼りになるから」
 はにかむゆずきに対して、僕は申し訳なさそうに首を振る。
「僕はまだまだ。全然だよ」
 ジコチューだし、嫉妬するし、コンプレックスだらけだし。
「でもね」
 僕はゆずきを見つめた。
「いま、いろいろ頑張ってる最中……かな」
 舞台を飾る、この大掛かりなセットも。
 脚本づくりも。
 演劇部のみんなとの関係も。
 それに――これからは、ゆずきとのことも。
「そういうの、いいね」
 いつだって、彼女の何気ない一言が僕を勇気づけてくれる。
 ねえ、ゆずき。
 ゆずきが好きなことってなんだろう。
 それに、好きな場所は?
 好きな食べ物は?
 好きな服は?
 好きな音楽に、好きな本は?
 将来の夢は?
 いっぱい、いっぱい、聞きたいことがある。
「これから、よろしく」
 僕は彼女にほほ笑みかけた。
「こちらこそ!」
 ゆずきも満面の笑みだ。
 これから何回笑いあえるだろう。
 彼女が恥ずかしそうに手を差し出した。
「よろしく」


 いま――
 僕にとって本当の恋が始まろうとしていた。







初恋前夜
eve of the first (true) love

...fin.