西日を浴びてはにかむ彼女の足元からは、長い影が伸びている。
 少なくとも幽霊じゃないようだ。
 ゆずきは消えた。ひと月前に。
 あの日僕は、それまで書いていた彼女の小説をすべて消した。
 以来、続きも、別の物語も書いていない――。
 目の前の女の子を凝視した。
 心臓が早鐘を打つ。
 軽くめまいもした。
 ……ゆずき。……ゆずきなのか?
 それとも、他人の空似?
 あるいは……、
 僕はもう、他人の顔さえ彼女に見えてしまう病に侵されているのかも……。
「あの、」
 彼女は困惑し、
「もしかして、わたしの顔に何かついてます?」
 自分の頬をこすった。
「あ、いや、ごめん」
 ずいぶん長く凝視してしまった。
「舞台、のセット。演劇部の」
 どんだけキョドってんだよ。
「公演があるんですか」
「来週」
「すぐですね」
「うん」
「演劇かあ。なんかすごく楽しそう」
 彼女が目を細めて笑う。
 その笑顔に、ますます胸の鼓動が高まった。
 ゆずきは笑顔が似合う。