言おうかどうか迷ってみたものの、彼女の大きな瞳にじっと見つめられては、このまま黙っておくわけにもいかない。
「もしも彼女が戻ってくれたときに」
「彼女って?」
 案の定、一穂はいぶかしみながら、でも笑って聞いた。
「僕の、好きなひと」
「いまは遠くに?」
「まあ……うん」
「また会えるの?」
「わからないけど……また会えたときに、今度はちゃんとズルしないでデートできるように」
「ズル?」
 一穂が問う。
「うーん、表現が難しい」
 僕は頭を掻く。
「ま、いいよ」
 一穂は困り顔の僕を見かねたのか、それ以上問い詰めず、当時を振り返るように空を仰いだ。
「あのときの藤井くんはね、すごく緊張してたのかな」
 日は傾いているけど、街はまだ明るい。
「なんか会話が上の空でさ、調べてきた知識を披露したり、次の場所への移動を急いだり、なんかひとりであたふた演じてるみたいだった」
 ずいぶん前のことなのに、やっぱり耳が痛い。痛すぎて気が滅入りそうになった。
「わたしもね、あのときすっごく緊張してたんだよ」
 意地らしいほど艶のある声だった。
「初めてだったんだもん。男の子とのデート」
「え……」
 目を丸くした僕に一穂は、
「そんな驚くこと? あ、でもこれ、秘密ね」
と笑った。
 誰が見ても美人で部内のマドンナ。そんな彼女が……。
「こっちもドキドキしてたのにさ、藤井くん、わたしの表情に全然気づかないんだもん」
 たしかにあのときは、自分が何を言おうか、どう動こうかって、そんなことばかり考えてた気がする。
「わたしのためにいろんなプランを考えてくれたんだと思うけど、あれでちょっと考えちゃった」
「だよね」
 僕はつぶやいた。