いまから二週間前――この世界からゆずきがいなくなり、楓や一穂から彼女にまつわる記憶はすべて消えた。
 それはクラスメイトや演劇部のメンバーたちも同じだ。憶えていないというより、もともと経験していない。悲しいことだけど、彼らはそういう状態だった。
 一方、僕にはすべての記憶が残っていた。
 僕だけが知っていて、みんなは知らない『ゆずきがいたとき』と『ゆずきが消えてから』の世界。この二週間、毎朝起きてからひとに会うまでいつもどきどきしている。
 今日はいったいどっちなんだろうって。
 もちろん、そんな心配しなくたって答えは出てるのに。
 もうゆずきはいない。
 ふたりで買った、おそろいのキーホルダーも消えてしまった。
 彼女や僕に直接関係した出来事は、全部『ゆずきが現れる前』の状態に戻った。
 ゆずきがヒロインを演じた舞台――あれは一穂が演じたことになっていて、脚本も後輩が書いたものが採用されたらしい。
 らしいって言い方もおかしいんだけど、みんながそう言うのだがら、そうだったんだろう。
 ちなみに僕の立場は当初の通り、大道具と照明で、次期部長なんかじゃなく裏方で。
 一方で、楓と一穂が付き合っているという事実はゆずきが消えてからも変わらなかった。