ゆずきの瞼が静かに閉じていく。
 お別れのつもりで伝えた感謝。
 それなのに。本当にお別れしなきゃならない瞬間を前に、僕は怖くなった。
 彼女を失うのが。彼女のいない人生が。
「消えないでよ、ゆずき」
 僕は情けない声を出して呼びかけた。
 でも、その願いは通じそうにない。
 もはや幻影のように、彼女の存在はこの世界からなくなろうとしている。
 僕はスマホをとり出した。
 震える手元をもう一方の手で押さえて。
 小説エディタを起動する。
 点滅する、本文末尾のカーソル。
 そこに、文を書き加えた。


 ゆずきは僕の前から決して消えない。


 魂の残像ほどに薄くなった彼女のからだ。
 ――代わりにゆずきとの思い出が映し出された。
『コウくんはなんでスケート選んだの?』
 初デート。メタセコイアの並木道で。
 君と手をつなげるといいなと思って答えたら、『わたしも!』って君は笑いながら打ち明けてくれて。
『へたっぴなりに、一緒に手をつないで滑れたらいいなって……』
 照れる姿もかわいくて。