「ちょ、待って! どうして……え、ダメだよ、なんで」
 ゆずきの目は閉じたまま、唇だけが少しだけ開いた。
「何? ゆずき」
 すーすーと隙間風のように息が漏れるだけで、それは言葉にならない。
 僕は彼女の口元に耳を寄せる。
 あったかい。その息に体温を感じる。
 ゆずきはまだこの世界にいる。
「うう……うっ」
 思わず嗚咽が漏れた。
 うっ、うう、ううっ……。
 バカ野郎。ゆずきが絞り出そうとしてる声が聞き取れないじゃないか。
 声が震えてしゃくりあげそうだ。こんなときに涙まで溢れてきた。
 何やってんだよ僕は。ゆずきを助けなきゃ!
「う……うう、うううぅ」
 頬が濡れ、顎にたまった水滴がぽたぽた落ちた。
「……と」
 ゆずきの声。
 僕は顔を上げた。
「ゆずき……?」
 背負ったときには上気させていた彼女の頬。それがいまは、白く穏やかで。
ゆずきがかすかに目を開いて、僕を見つめた。
「……ありが……と」
 たしかに届いた。この耳に。
 ありがと。って。
 この世でのタイムリミットを迎えるように、彼女のからだは消えかかっている。
 もう、この腕に重みはない。