「ゆず……」
 こんなになるまで走って、そのまま力尽きて倒れ込んだっていうのか。
 ゆずきが眠るように目を閉じる。
「ねえ、ゆずっ!」
 彼女は答えない。
 やはり辺りに人影はなかった。
 救急車……。
 いや、この自然公園のほとりに市民病院がある。
 直接連れて行ったほうが……。
 安静にして助けを待つべきだったのか、他にしてやれることがあったのか、僕には判断なんてつかなくて。
 朦朧とする彼女をとにかく背負った。そのあまりの軽さに驚きながら。
「ゆず、大丈夫だから」
 ぽつぽつと外灯の光が足元を照らす中を、僕は走った。
「あと少し」
 尋常じゃない熱を背中に感じながら。
「ねえ、ゆず」
 ただ地面を蹴る。
「ごめん」
 背中の彼女に心から謝り、自分の行いを悔いた。
 返事はない。意識は残ってるんだろうか。
 背負ったときにも感じたゆずきの軽さ。
 それが、走りながらどんどんと違和感に変わっていく。
 心を凍らせるような不安に襲われて足を止めた。
「ねえ、ゆず……?」
 僕はその場に膝をつき、静かにゆずきを下ろした。
 え……?
 一瞬息が止まる。
「ゆずっ!」

 彼女のからだは消え始めていた。

 初デートでの、観覧車のときと同じように。
 透けて、彼女を抱える自分の腕と、地面が見えた。