ゆずきは純粋に一穂を慕い、一穂を気にかけ心配していた。
 楓のほうは気持ちが読めないとこもあるけど、一穂のために今日の公演に駆けつけて、一穂自身は舞台に立ってなくても、心で彼女に寄り添おうという思いがあったのかもしれない。
 それなのに……。
 それなのに僕は……ゆずきを信じていなかった。
 彼女の思いを汲みとろうともせず、ただゆずきの気持ちが揺るがないように、僕から離れないように、僕は彼女をコントロールしようとした。
 ほんと、バカだ。
 なんてちっぽけな人間だろう。周りに嫉妬して勝手にコンプレックス抱いて見返そうとしてばかりで……。
「コウくん。大好きだからね」
 ゆずきがまた、鼻にかかった声を出した。
 いくら自分が小説に書き加えた行動とはいえ、こんな彼女を一穂と楓に見られるのはなんだかすごく恥ずかしかった。

 これじゃあ、操り人形じゃないか。

「ねえ、ゆず」
 そろそろ彼女の腕をほどこうとゆずきを見ると――
 ゆずきはじっと僕を見つめていた。
 恐れのような、戸惑いのような、なんとも言えない表情。

 いや、それは彼女の目に映る、僕だった。

 ――と、ゆずきの瞳が潤み、涙が一筋、頬を伝った。
 突然のことに、僕は思わずのけ反ってしまった。
 ゆずきが絡めていた腕をほどいてあとずさる。
「あ、ゆず、」
 言いかけた僕の言葉を振り払うように、彼女は涙を拭って駆け出した。
「ちょ、どこ行くのっ」
 一穂のほうでも楓のいるほうでもなく、ゆずきは脇に伸びる道を走り去る。
「ゆずーっ!」
 呼びかけも空しく、彼女の背中は徐々に小さくなり、道の先に消えていった。