「ゆずき、一穂になんか言われた?」
「なんかって?」
「いや、その……嫌なこと」
 なんであんたなんかが、とか。
「ううん、まさか」
 ゆずきは意外そうな表情で顔をぶんぶんと横に振った。
「一穂ちゃんにはいっぱい相談させてもらったんだ。やりたかったヒロインがやれなくなってつらかったはずなのに。とっても親身にアドバイスをくれて」
「じゃあ、どういうこと?」
 ゆずきのいう相談事ってのは。
「カーテンコールのあと、覚えてる?」
 逆にゆずきが聞いてきた。
「ゆずきが僕に駆け寄ってきたとき?」
「そう。コウくん、わたしの頭撫でてくれて。うれしかったよ」
 楓が目の前にいるのに、ゆずきはてらいもなく言った。
「そのあと他の役者さんたちもみんなで集まって喜んでて」
「うん」
「でも、あの輪の中に一穂ちゃんいなかったでしょ」
「そういえば……」
 たしかに彼女の姿は見ていない。稽古のときにはいつも役者陣の傍らにいたのに。
「気になって探しにいったんだ」
 ゆずき、そうだったのか……。
「そしたらね、廊下の角を曲がったとこで……」
 彼女はそこで声を落とした。
「目を閉じてたの。壁にもたれて」
「寝てたの?」
「ううん、口もぎゅって結んでた。何かこらえるように」
 舞台裏の地下通路で、メンバーたちみんながゆずきを称えた。
 僕もその輪の少し外から眺めていたから、あの輪に入りたくなかった気持ちはわかる気がする。
「だから一穂ちゃんのこと、心配で」
「それを楓に?」
 僕の問いにゆずきはこくりとうなずいた。