大丈夫。
 僕は小説に書いたんだから。
 彼女の気持ちは揺るがない。そう、けっして揺るがないし変わらない。
「そんなことないけど……」
 ゆずきが楓に視線を向けた。同意を求めているようだった。
「話したら。別に隠してないし」
 楓がゆずきに答える。
 なんだよそのポーカーフェイス。だったら最初からお前がしゃべれよ。
「ええっとね、」
 腕を絡めてからだを密着させたまま、ゆずきが僕を見上げ、ためらいながらもはっきりと答えた。
「一穂ちゃんのこと、相談してたの」
 え、一穂?
 思いもしない名前を聞いて、今度は僕の心がざわめいた。
 楓は黙ったままだ。
 なんで、ここで、一穂が出てくる? ゆずきは彼女の代役でヒロインを演じた。いろんな相談もしただろう。それはわかる。
 でも、楓はなんだ? どういう関係があるっていうんだよ。
「一穂ちゃん、みんなの前ではいっつも笑顔でね、すごくムードメーカーになってくれて」
 それは僕も知ってる。いままで舞台の中心に君臨していた彼女が裏方にも声を掛けていたのは意外だったから。あれは何かの策略だろうか。たとえば次回作でまたヒロインを演じるために、みんなの票固めをしてたとか。
「でも、ほんとは悔しかったと思うの」
「ヒロインを降りたこと?」
「うん」
 彼女が目を伏せた。
「それって、もしかして……」
 ヒロインの代役を決めるときに、僕が密かに懸念してたこと。