そのときふと――
 視線の先に楓が見えた。
 上下ともパーカーに身を包んだ楓は、片手をポケットにつっこんだまま僕たちに歩み寄る。その顔は、あっけにとられているようだった。
いつもは冷静沈着、いや、何にも動じないヤツが、いまは胸の内の動揺が表情に出ていた。
 どうだよ、楓。僕とゆずきの、この関係。
 真正面で目にしてうろたえたか?
 じわじわと優越感が沸き上がる。
 ゆずきは僕のカノジョなんだ。
 彼女は僕のことが好きで好きでたまらない。
 人目もはばからず抱きついてくるほどに。
 それに自分の成功は、全部僕のおかげだと感謝してて。
 ずっと僕と一緒にいたいと願ってる。

 そう、僕は小説に書いた。

「楓。どうしたの、こんなとこで」
 数歩先で立ち止まった楓にこっちから声を掛けた。
 さあ、なんか言ってみなよ。僕たちのこんな様子を目の当たりにして。
 何が言える?
「なんかの撮影?」
 楓は辺りを見回した。
「なんだよそれ」
「あ、楓くん」
 僕からからだを離したゆずきが、振り返って楓を見た。
「いや、だって。周りの目、気にせず抱き合ってるから」
 彼女のことを一瞥したヤツは、すぐに僕へと目を戻す。
「ドラマでも映画でもないよ。撮影はしてない」
「あっそう」
 楓が無表情なまま答えた。
「コウくん」
 ゆずきが僕の腕に自分の腕を絡めてきた。
 彼女の胸のやわらかな感触が伝わってくる。
「まだこっちの質問に答えてないぜ」
 僕は意識を戻し、もう一度楓に聞いた。
「何が?」
 こいつ、あくまでとぼける気かよ。