ホールに戻る道を足早に歩いていると、背後から声がした。
「コウくーん!」
 振り返ると、ゆずきだった。
 茂みのほうから走ってくる。手を振って。
「コウくん!」
 もう一度僕の名を呼んで、笑顔で駆け寄ってきた。
「ゆず」
 彼女の愛称を呼び返した瞬間、ゆずきは僕に抱きついた。勢いよく。両手を僕の首に回して。
 ちょ、ちょっと!
 唐突なハグで後ろへよろけそうになった僕は、彼女の腰に手を回し、なんとか受け止めた。
「ね、ねえ、ゆず」
「コウくーん」
 ゆずきが甘えた声を出した。腕をぎゅっと僕の首に回したまま、からだを密着させてくる。
 僕たちふたりを西日が照らした。
「ゆず」
 もう一度呼びかける。
「会いたかったよ」
 耳元のささやきに鳥肌が立った。
 彼女の胸の鼓動が直接僕の胸に伝わってくる。いや、逆か、僕の心臓のほうこそバクバクとうるさく音を立てていた。
「コウくん、コウくん」
 彼女が慈しむように僕の名を連呼した。
「コウくん、ほんとにありがと」
「僕、何かした?」
「素敵な物語を書いてくれて」
「ああ、そんなこと……」
「コウくんの物語を演じられて、うれしかったよ」
「ゆずの演技、すごくよかった」
「全部コウくんのおかげ。コウくんがいてくれたから頑張れたんだよ」
「ゆず」
 ゆずきが回していた腕をほどいてからだを離すと、正面からじっと僕を見つめた。
「ねえ、お願い」
 潤んだ瞳と艶のある唇。上気した頬。
 何もかもが愛おしい。
「何?」
 僕は優しく静かに問い返す。
「これからも、ずっといてほしいな。一緒に」
「それがゆずのお願い?」
「ダメ?」
「ダメなわけないじゃん」
「コウくん!」
 ゆずきは満面の笑みでまた僕に抱きついた。
 こんな大胆なゆずきは初めてだ。
 僕もまた彼女を抱きしめ返す。
 しなやかでやわらかな感触に全身の細胞が震えた。