「僕が書いた話、演じてみてどう?」
 演技についての相談はこれまで何度か受けてきたけど、それは各シーンの細かな演じ方や話し方についてだったから、直接役柄の感想を聞いたのはこれが初めてかもしれない。
「楽しいよ」
「ほんと?」
「うん、すっごく楽しい」
 その顔は、純粋無垢の天使のようだった。
「自分じゃない自分を演じるのって、こんなに楽しいんだなーって」
 自分じゃない自分……。
 僕とふたりでいるときと、舞台に立ったときとで、ゆずきの表情は変わる。
 それはもちろん、とてもいい意味で。
「もっともっと稽古して、本番ではコウくんが思い描いた通りに演じられたらいいな」
 静かにゆっくりと口にしたその言葉には実感がこめられていた。
「うん。ゆずなら大丈夫」
 彼女には激励のように聴こえてくれただろうか。
 ゆずきは大丈夫。何も心配いらない。
 だって、君はすでに、役柄を演じ切っているから。
 それも、僕が考えていた以上に深く。
 そうなんだ。もうすでに、僕の想像を超えていた。
 ああ、そういう表現のしかた、そういう言い方があったのか――とか。
 彼女のセリフは、もともと僕が書いたホンから稽古中に修正したこともあった。もちろん事前にゆずきから相談してくれていたし、強く意見するんじゃなくて「こういうのはどうかな?」って感じで。
 でも、それは大抵、彼女のアイデアのほうがしっくりきた。
 だから僕は、「そうしよう」と快く応じて書き直して……。
 こうやってゆずきと話しながら自分の心の内でも思いを巡らせている間に、なんだかさっきまで感じていたモヤモヤに、言葉を与えてしまったかもしれない。
 僕は――自分の台本の出来よりも、彼女の演技こそがこの舞台を面白いものにしていると思っているのかも。
 なにせ、一度は落選した脚本だ。
 実体を持つゆずきが現れたと同時に書き換えられた、僕のポジション。
 本来みんなが選ばなかったホンには、選ばれない理由がそれなりにあったはずだ。
 それなのにいま、みんながその物語を必死になって形にしようとしてくれている。
 でも……僕は何をしている?
 実力で、みんなが認めるホンを書いたわけじゃない。
 全部ゆずきのおかげなんだ。
 ざわざわと、じわーっと、胸焼けしそうな気分。
 得体のしれない感情がむくむくと膨らんでいく。
 そんな僕の胸中なんて知るはずのないゆずきは、
「ありがとー」
と無邪気に喜んでいた。