「あ、ここにいたんだ」
 そのとき声が掛かった。
 心地よく耳に届いたこの声音は――振り返る前からわかってる。
 ゆずきだった。
「よっ」
 僕は軽く手を挙げて笑顔を見せた。
 彼女はすとんと僕の隣に座った。
「隣、いい?」なんて聞くこともせず、そこが自分の定位置かのように。
 ポニーテールにしているため、汗ばんだうなじがなまめかしい。
「みんな、すごいよねー」
 ゆずきが空を見上げてつぶやいた。
「みんなって?」
「部長や姉さんもそうだし、役者さんたちも照明さんや音響さんも。なんか自分の役割をちゃんと理解してやり抜こうってしてて」
 ゆずきは純粋に感じたことを口にしてるんだろうけど、僕にはなんとなく耳が痛かった。
「ゆずきだってすごいよ」
「ううん、まだまだだけど……でも、いい舞台にしたいから頑張る」
 やっぱり彼女は素直な子だ。
「からだ、しんどくない?」
 連日連夜、けっこうな時間を稽古に費やしてきているから、僕はどうしても彼女の体調が気になった。一穂のように頑張り過ぎて喉を痛めたら大変だ。
「ありがと。大丈夫」
 ゆずきはしっとりとした声音で答えた。
「コウくんが労わってくれて、うれしい」
 やっぱりこの子は笑顔が似合う。
 見ているこっちが元気をもらえるし、うれしくなる。
「それにね、お守りあるから」
「お守り?」
 ゆずきはジャージのポケットから何かを取り出すと、親指と人差し指でつまんで顔の前にぶら下げた。
「じゃーん」
「あ、それ!」
「コウくんと『おそろ』の」
 初デートで一緒に買った、花柄のキーホルダーだった。
 僕も通学カバンにはつけているけど、ゆずきは肌身離さず持っていてくれてたなんて。
 めちゃくちゃけなげだし。
「これがあると、どれだけ稽古しても平気なんだ。それに、不思議なほど落ち着いて演じられるの」