それにしても――。
 彼女の演技には目を見張るものがあった。
 もちろん、彼女の役は僕が彼女を想定して書いたというのもある。あるけれど、ゆずきはそもそもそれ以上の素質を持っていた。
 正しい発声や舞台における所作を覚えるのに、本来は最低でも数か月は必要なはず。彼女はそれを一日でマスターした。
 そして、セリフ。
 なにせほぼ出ずっぱりのヒロイン役だ。膨大なセリフ量を覚えるのに難儀するだろうとみんなが心配してたのに。それだって、ゆずきはあっという間に覚えてしまった。
『役者ってさ、自分のセリフは覚えられないのに相手役やほかの役者のセリフはなぜか完璧に覚えちゃったりするんだよね』
『わたしも一穂ちゃんが演じてるの見て、けっこうヒロインのセリフ覚えてるかも』
 ゆずきとふたりきりで過ごした屋上でのランチタイム。
 そういえばあのとき、こんなやりとりをしていた。
 なんとなく聞いていたゆずきの言葉がまさか、ほんとだったとは。
 あれだけのセリフを完全に覚え、かつ自分のものにしている。
 それはつまり、彼女自身の口から、心から出ている言葉だと自然に感じるってことだ。
 ゆずきの声は、すごくいい。
 僕はゆずきの声が好きだ。
 まだ彼女を夢の中だけで見ていた頃から、それを一番に感じていた。