もちろん挨拶程度は交わすようにしている。向こうもそのときは自然だ。
 でも、それ以上は立ち入らない。まして、一穂がヒロインを降りたことに対する慰めみたいな言葉は断じて掛けられない。
 だって彼女、胸の内で何を考えてるかわかんないし。代役選びのときに抱いた悪女像がいまだに僕の頭の片隅にこびりついてたし。
 だから僕はいま、演劇部とバスケ部が折半しているコートのちょうど境目、体育館の中央付近に立っていた。
 舞台に背を向けてバスケ部の練習を眺める。
 楓はあいかわらず飄々と、しかしながら群を抜く軽快なボールさばきだった。
 バッシュのスキール音と演劇用語が同時に飛び交う現場は、一般人が見たら異様そのものだろう。ただ高校の部活風景としてはわりと日常的な『あるある』でもある。
 僕は再び振り返り、舞台中央に立つゆずきを見つめた。
 下はジャージ、上はTシャツ、髪はポニーテール。額には汗で前髪が張り付いていたが、それを気にする素振りもなく演技に集中していた。