三時間目は体育だった。
 体育館の半分ずつのスペースに男女で分かれた。
 男子はバスケ、女子はバレー。
 コートの中ではそれぞれ運動神経抜群のメンツが活躍していたが、男子コートの中心は、完全に楓の独壇場だった。
 バレーの控えに回っていた女子たちは一様に楓の動きに注目し、キャーキャー騒いでいる。
 彼女たちはどうせ楓の本性知らないんだよな。たしかにヤツは、クラスだと妙に寡黙でクールな男に見えるんだけど、あれってただ単に他人に興味ないだけだし。
 たまに、楓に優しくされたと思い込んだ女子が勘違いして好意を持っちゃうこともあるんだけど、あれだって楓が面倒を避けるためにしている世渡り術のひとつで、変に敵対する人間を作らないよう波風立てずに生きてるってだけの話しだ。
 でも、そのくせ僕のテリトリーにはノックもせずに土足でずかずか乗り込んできて、唾と毒を履き散らしてくような男でもある。
 今朝だって、楓は昇降口で会うなり、挨拶もなしに聞いてきた。
『なんだよそれ』
 ヤツの視線は、僕の通学かばんの一点に注がれていた。
『なんのこと?』
と聞いておきながらドキドキする。わかってるさ。お前が指摘しているのは花柄のキーホルダーのことだろう。そうさそうさ、早速つけてきたさ。
『それだよ、それ』
 それにしてもなんという目ざとさ。
『なんでもない』
 取り合わずにやり過ごそうとした僕に、ヤツは言い放った。
『コウってたしか、そういう“におわせ”嫌悪してたよな』
 予想通りのツッコミ。
『お前がそんなマネするとは、びっくりだわ』
 追い打ちをかけるように粘着質の冷笑を浮かべてくる。
『僕が一番びっくりしてるさ』
 そう返すのが精いっぱい。
 とまあ、楓の素顔を知らない女子たちが嬌声を上げる様子を、バスケの控えでコート周りに座っていた僕は冷めた目で見ていた。
 一方、男子は男子で、僕と同じ控え組は女子のコートに釘付けだ。
 バレーといえばジャンプ。ジャンプといえば揺れる胸元。
 別競技ながら、思春期の男女を同一時刻に同じ場にそろえちゃダメだろう。
 しかも、いま女子のバレーコートで注目浴びてるの、ゆずきだし!
 彼女は思いのほか運動神経が良かった。
 サーブ、レシーブ、トス。昼休みの遊戯レベルでしか興じたことがないと言っていたはずだけど、ちょっと訓練を続ければバレー部のレギュラー選手にもなれそうなほどだった。
 でもゆずき、そんなに活発に動かなくていいから。もっとおとなしくしていよう。
 そんなことを念じていると、
「痛っ!」
 コート内の別の女子が小さく悲鳴を上げた。
 プレーが中断する。
 指を押さえて顔をしかめていた。どうやら、レシーブを受け損ねて突き指したようだ。
 周りの女子たちが「だいじょうぶー」と集まっていく。
「わー腫れてきてる?」
「かわいそう」
「痛いよね、よしよし」
 あまり意味があるとは思えない言葉をかけあい、中には突き指した女子の頭を撫で続けている子もいた。それ、意味あるのか。なんて思っていたら、どこからか薬箱を持ってきたゆずきが輪の中に入っていく。
 床に箱を置き、中からスプレーと包帯を取り出すと、手際よく彼女を介抱した。
 半べそをかいていた女子も、ゆずきの迅速で適切な処置で痛みが和らいだのか、包帯を巻かれたあとは笑顔も浮かべていた。周りの女子たちも安堵したようだった。
 それからまた、元通りの雰囲気でプレーは再開した。
 ほんと、ゆずきはしっかりしている。
 誰に対しても優しく、誰よりも先に行動できる。
 ゲームが終了し、ネットなどの器具の片付けをするときだって、周りに声を掛けて率先してたし。
 ひょっとしたら、そういう女子のことをでしゃばりだといって毛嫌いする向きもあるだろう。でも、ゆずきには驚くほどに敵がいない。周囲も笑顔で協力する。いつも笑顔で気遣いのできる彼女は、みんなから人気があった。