帰途につくと、自室のベッドに寝ころんでスマホを開いた。
ゆずきと撮った写真を見返す。
メタセコイアの並木道での、ツーショット。
頬と頬が触れて、ぎこちない僕と、幸せそうなゆずきと。
ふたりとも顔が赤い。
それから、砂丘で撮った一枚。
風になびくスカートと、揺れる髪。手を広げて空を仰ぐ彼女のシルエット。
ほかにも、ゆずきが撮ってくれた僕の写真が何枚か。
目を伏せて照れてるのばかりだった。
ああ、楽しかったなあ……。
僕はスマホを脇に置いて、目を閉じた。
楽しいときはおもいきりはしゃぐゆずき。
ごはんをおいしそうに食べるゆずき。
隙を見せることがあるゆずき。
怒り方がかわいいゆずき。
けなげなゆずき。
笑顔のゆずき。
素直なゆずき。
優しいゆずき。
僕にとってゆずきは、理想の女の子だった。
もう一度スマホを手にして、今度は小説エディタを起動した。
小説を読み返していくと、最後は今日のデートシーンで終わっていた。
末尾を点滅するカーソルをじっと見つめる。
――その先は空白。
胸に一抹の不安が宿った。
もしもこの先を書かずにおいたら――明日から、どうなるんだろう。
書いたことはそのまま反映され、書かなかったことは書いたことに合わせたシチュエーションや言動になって補正される。
これまでの間に、だいたいそうなることはわかった。
でも、これから先のことを書かなかったら?
観覧車の中で消えかかったゆずきを思い出して胸の中がざわつく。
あれには焦った。
この世が終わるんじゃないかってくらいの恐怖。
ゆずきがいなくなった世界なんて、もう考えられない。
僕は続きの文を書き出した。
明日も、たわいもないことで彼女と話し、一緒に笑う。
あさっても、その次の日も。
ひと月後も、一年後も。
その間、たくさんのイベントも経験するんだ。
夏祭り。プール。川遊び。ふたりで旅行もしたいし、自宅デートだって。
クリスマスには一緒にケーキを食べて、正月は、着物姿のゆずきと初詣。
手をつないで空を舞う雪を眺めたり、春は並んで花見をしたり。
たくさんやりたいことがあった。
僕はつらつらと、そんな頭の中で思い描いた理想のイベントを書き連ねていく。
今日はできなかったゆずきとのファーストキスも。
書いた未来が現実になる。
もう、これは小説というより未来日記だな。
そんなことを思って鼻で笑うと、ちょうどスマホにメッセージが届いた。
開いてみると、ゆずきからだった。
《今日はほんとありがと。
すごーーーーーく楽しかったよ。》
うれしいことを言ってくれるぜと照れつつ、返事を送る。
《僕も。
すごーーーーーーーーーーーーー(∞)ーく楽しかったよ。
ありがと‼‼》
すぐにゆずきからも届いた。
《∞って、無限ってことでしょ。ズルい!😊》
別に競ってるわけじゃないんだけど、と苦笑いする。
彼女から続けてメッセージが来た。
《明日、一緒にお昼どう?》
明日って、ふつうに学校あるけど、これってつまり、『昼休みにふたりで』ってことだよな。これまでいつも、学食のパン買って、席が近い男子とか楓とかと食べてたけど、どこで? まさか教室? うれしいけどさ、かなりハズいな。大丈夫かな。
でも、ゆずきからのこんな申し出、断るなんて選択肢はない。
これは――僕の小説には、書いてないこと。彼女が自分から誘ってくれたんだ。
彼女の両親のことだってそうだった。
その前の、ふたりのランチも、芝生で並んで寝ころんだことも。
そうだよ。
僕は書いてない。小説に書かなくたってうまくいってる。
さっきは、書かずにおいてゆずきが消えてしまったらどうしようって、そんな悪夢を想像してたけど……。
でも、もう書かずに実現していることのほうが多いかもしれない。
彼女と手をつないだのだって、自然の流れでできたんだし。
僕はもう大丈夫なんじゃないか。
それに……。
少し虚しさを覚えたのも事実だ。
何にって――書いたことが現実になることに。シナリオ通りの展開に、だ。
もちろん最初は心が躍った。なにせ、願いの叶う小説だ。
ずっとずっと思い描いてきた理想が、目の前に広がるんだから。
ただ、その理想が現実世界の当たり前になったとき、気づいた。
すべてが希望通りになることは、逆に物足りないんだって。
それはメタセコイアの並木道でゆずきとした究極の選択ゲームでも感じたことだった。
叶えたい思いをずっと心に抱えてきたのに、いざ叶ってしまったら、今度は予定調和の安定を嫌ってる――。
人間ってのはつくづく強欲で勝手な生き物だな、と哲学者のように評してみた。
《いいね!》
そうコメントしてゆずきに送ると、彼女から秒で返事があった。
《手作りするよ。お楽しみに。》
え、マジか。手作り弁当……。あの、男子憧れの!
彼女としばらくやりとりを続けたあと、おやすみのメッセージを送った。
ゆずきとの会話を終え、小説エディタを開き直す。
そして――
さっき書いたばかりの小説、今日のデート・パートのその先を、全部消した。
ゆずきと撮った写真を見返す。
メタセコイアの並木道での、ツーショット。
頬と頬が触れて、ぎこちない僕と、幸せそうなゆずきと。
ふたりとも顔が赤い。
それから、砂丘で撮った一枚。
風になびくスカートと、揺れる髪。手を広げて空を仰ぐ彼女のシルエット。
ほかにも、ゆずきが撮ってくれた僕の写真が何枚か。
目を伏せて照れてるのばかりだった。
ああ、楽しかったなあ……。
僕はスマホを脇に置いて、目を閉じた。
楽しいときはおもいきりはしゃぐゆずき。
ごはんをおいしそうに食べるゆずき。
隙を見せることがあるゆずき。
怒り方がかわいいゆずき。
けなげなゆずき。
笑顔のゆずき。
素直なゆずき。
優しいゆずき。
僕にとってゆずきは、理想の女の子だった。
もう一度スマホを手にして、今度は小説エディタを起動した。
小説を読み返していくと、最後は今日のデートシーンで終わっていた。
末尾を点滅するカーソルをじっと見つめる。
――その先は空白。
胸に一抹の不安が宿った。
もしもこの先を書かずにおいたら――明日から、どうなるんだろう。
書いたことはそのまま反映され、書かなかったことは書いたことに合わせたシチュエーションや言動になって補正される。
これまでの間に、だいたいそうなることはわかった。
でも、これから先のことを書かなかったら?
観覧車の中で消えかかったゆずきを思い出して胸の中がざわつく。
あれには焦った。
この世が終わるんじゃないかってくらいの恐怖。
ゆずきがいなくなった世界なんて、もう考えられない。
僕は続きの文を書き出した。
明日も、たわいもないことで彼女と話し、一緒に笑う。
あさっても、その次の日も。
ひと月後も、一年後も。
その間、たくさんのイベントも経験するんだ。
夏祭り。プール。川遊び。ふたりで旅行もしたいし、自宅デートだって。
クリスマスには一緒にケーキを食べて、正月は、着物姿のゆずきと初詣。
手をつないで空を舞う雪を眺めたり、春は並んで花見をしたり。
たくさんやりたいことがあった。
僕はつらつらと、そんな頭の中で思い描いた理想のイベントを書き連ねていく。
今日はできなかったゆずきとのファーストキスも。
書いた未来が現実になる。
もう、これは小説というより未来日記だな。
そんなことを思って鼻で笑うと、ちょうどスマホにメッセージが届いた。
開いてみると、ゆずきからだった。
《今日はほんとありがと。
すごーーーーーく楽しかったよ。》
うれしいことを言ってくれるぜと照れつつ、返事を送る。
《僕も。
すごーーーーーーーーーーーーー(∞)ーく楽しかったよ。
ありがと‼‼》
すぐにゆずきからも届いた。
《∞って、無限ってことでしょ。ズルい!😊》
別に競ってるわけじゃないんだけど、と苦笑いする。
彼女から続けてメッセージが来た。
《明日、一緒にお昼どう?》
明日って、ふつうに学校あるけど、これってつまり、『昼休みにふたりで』ってことだよな。これまでいつも、学食のパン買って、席が近い男子とか楓とかと食べてたけど、どこで? まさか教室? うれしいけどさ、かなりハズいな。大丈夫かな。
でも、ゆずきからのこんな申し出、断るなんて選択肢はない。
これは――僕の小説には、書いてないこと。彼女が自分から誘ってくれたんだ。
彼女の両親のことだってそうだった。
その前の、ふたりのランチも、芝生で並んで寝ころんだことも。
そうだよ。
僕は書いてない。小説に書かなくたってうまくいってる。
さっきは、書かずにおいてゆずきが消えてしまったらどうしようって、そんな悪夢を想像してたけど……。
でも、もう書かずに実現していることのほうが多いかもしれない。
彼女と手をつないだのだって、自然の流れでできたんだし。
僕はもう大丈夫なんじゃないか。
それに……。
少し虚しさを覚えたのも事実だ。
何にって――書いたことが現実になることに。シナリオ通りの展開に、だ。
もちろん最初は心が躍った。なにせ、願いの叶う小説だ。
ずっとずっと思い描いてきた理想が、目の前に広がるんだから。
ただ、その理想が現実世界の当たり前になったとき、気づいた。
すべてが希望通りになることは、逆に物足りないんだって。
それはメタセコイアの並木道でゆずきとした究極の選択ゲームでも感じたことだった。
叶えたい思いをずっと心に抱えてきたのに、いざ叶ってしまったら、今度は予定調和の安定を嫌ってる――。
人間ってのはつくづく強欲で勝手な生き物だな、と哲学者のように評してみた。
《いいね!》
そうコメントしてゆずきに送ると、彼女から秒で返事があった。
《手作りするよ。お楽しみに。》
え、マジか。手作り弁当……。あの、男子憧れの!
彼女としばらくやりとりを続けたあと、おやすみのメッセージを送った。
ゆずきとの会話を終え、小説エディタを開き直す。
そして――
さっき書いたばかりの小説、今日のデート・パートのその先を、全部消した。