楓と別れたあと、僕は演劇部の稽古場に顔を出すことなくそのまま直帰した。
いまは自室で布団にくるまり頭を抱えている。
抱いていた妄想がさらなる妄想を呼び寄せて、現実と夢想の見境がなくなってきたんだろうか。ちょっともう収拾がつかない。
僕はスマホに保存してあった書きかけの小説を開いた。
そこに描いたゆずきの性格や見た目、それから彼女との出会いから付き合うまでのエピソードも、すべて僕の頭の中の設定――のはずだった。
それなのに、ゆずきが現実世界に現れた。
声だって、表情だって、間違いなくリアルだった。いい香りまでしてきた。
それに彼女だけじゃない。
一穂はどうだ。
彼女は男子連中にとっての高嶺の花で、常にヒロイン感を纏っている。しかも、プリンセス的な清楚さとジャンヌ・ダルク的な強さをも併せ持つ。真剣なときのきりっとした表情と、物おじしないはきはきとした口調は舞台でもよく映えた。
そんな一穂が控えめでいじらしく、なんとなく僕のことを頼っているように見えた。
そして僕は、いまや新作舞台の脚本を手掛ける演劇部の中心メンバーになってて!
これって全部、小説通りの展開じゃないか。
ゆずきだけでなく、もはや僕の頭の中の世界がすべて現実化していた。
そんなこと、あるわけないってわかっているのに。
あるわけないことばかりが次々と、怒涛の勢いで押し寄せる。
最後の砦、楓までもが『ゆずき』の存在を認識していた。
僕が何か強大な組織の策略にハメられているとしても、あいつはそれに加担することなんてない。
ここはどこだ。いまはなんだ。これが現実なのか。
そのとき、スマホにメッセージが届いた。
ホラーでいう呪いの始まりか、SFでいう黒幕からのアプローチかと勘繰りながら、おそるおそる開くと――アカウント名は『ゆず』。
《今日はびっくりしたよ。いきなり行っちゃうんだもん。なんかあった?》
放課後の、屋上でのことを指してるんだろう。
あのときあそこには僕しかいなかった。そこへゆずきが現れて、たしかに僕はその場から逃げた。
これ、本当にゆずきからなのか。
僕が見たゆずきが幻想だとしても、メッセージはたしかに届いてる。
誰かのなりすましという可能性は?
もしそうだとしたら……。
一穂しかいない。
それまで断片的だった可能性や疑念が、パズルのピースが次々とはまるように、一気にひとつとなって全体像を炙り出す。
――彼女が別のアカウントを作って接触してきたのかも。
僕は放課後、彼女に僕をフォローするメリットなどないと判断した。
でも、逆に考えたらどうだろう。
つまり、僕を救おうとしているんじゃなくて、陥れようとしているのなら?
いろんなアプローチを繰り返して、現実世界にゆずきが存在すると僕に信じ込ませようとしてる、とか。そんな仮説が頭の中で出来上がる。
そして、僕のゆずきへの思いがMAXに達したところで『じゃじゃーん! 全部ドッキリでしたー!』みたいなオチが待ってるとしたら。
彼女にそんなことを企てる動機はあるか?
ある。
昨年、僕のせいで一穂に黒歴史ができた。
その報復だとしたら?
彼女自身が考えなくても、彼女の彼氏だったり、取り巻きが主導している可能性だって……。
《ホントごめん、ちょっといっぱいいっぱいになってた。》
あえて会話に乗ってみた。少し様子を見てみることにした。
さあ、どう返してくる。
《やっぱりそうだったんだ。
いちほちゃんが言ってた。コウくんにもプレッシャーがあるんだと思うよって。
ごめんね、わたしこそコウくんの気持ち全然わかってなくて。》
ほほう、ここで自分をいいひとっぽく登場させてきたか。
《ううん、ゆずを心配させた僕が悪い。》
《コウくんはなんにも悪くないよー。》
ゆずきならこういう言い方、しそうだ。一穂だったら絶対しないだろうけど。
僕の小説をかなり読み込んでいる可能性がある。
《ゆずにはいつも笑顔でいてほしいのに。》
《そんな。。。ありがと。》
《もう気持ちも落ち着いたから、僕は大丈夫。》
《ほんと?》
《うん。ゆずのおかげで元気も出てきた。ありがと。》
やりとりした内容をあらためて読み返してみる。
ほんとにゆずきとだったら、めちゃくちゃ嬉しいんだけど……。
一穂って、こんなタチの悪いメッセージ送ってくるのか。
ほくそ笑む彼女を想像して、胸くそ悪くなってきた。
しかし、次の一文に僕はたじろいだ。
《じゃあ、明日ふたりでどっか行かない?》
ふたりでどこかって……それはつまり、日時や場所を定めて男女が会い、一緒に食事したり買い物したり会食したりして楽しむ――デートってこと⁉
一瞬喜びかけたが、ちょっと待てと自制する。
喜んでる場合かバカたれ。これは罠だって。
でもまあ……そうきたか、と思い直してみた。
『どっきり最終章』が朝の待ち合わせ場所ってことだろう。来るはずのないゆずきを待ち続ける僕を隠し撮りでもして、ちょっとしたら『じゃじゃーん!』とみんなで登場、そうやって公衆の面前で僕を笑いものにしようっていう魂胆なのは明白だ。
ここまでコケにされて黙っちゃいられない。
いいだろう、望むところだ。どっきりには逆どっきりで応じるまで。
僕は「楽しみだな。」と入力し、デートの待ち合わせ時間と集合場所を付け加える。
アカウント名『ゆず』からも、
《やったー! わたしも楽しみ。》
と返事があった。
いまは自室で布団にくるまり頭を抱えている。
抱いていた妄想がさらなる妄想を呼び寄せて、現実と夢想の見境がなくなってきたんだろうか。ちょっともう収拾がつかない。
僕はスマホに保存してあった書きかけの小説を開いた。
そこに描いたゆずきの性格や見た目、それから彼女との出会いから付き合うまでのエピソードも、すべて僕の頭の中の設定――のはずだった。
それなのに、ゆずきが現実世界に現れた。
声だって、表情だって、間違いなくリアルだった。いい香りまでしてきた。
それに彼女だけじゃない。
一穂はどうだ。
彼女は男子連中にとっての高嶺の花で、常にヒロイン感を纏っている。しかも、プリンセス的な清楚さとジャンヌ・ダルク的な強さをも併せ持つ。真剣なときのきりっとした表情と、物おじしないはきはきとした口調は舞台でもよく映えた。
そんな一穂が控えめでいじらしく、なんとなく僕のことを頼っているように見えた。
そして僕は、いまや新作舞台の脚本を手掛ける演劇部の中心メンバーになってて!
これって全部、小説通りの展開じゃないか。
ゆずきだけでなく、もはや僕の頭の中の世界がすべて現実化していた。
そんなこと、あるわけないってわかっているのに。
あるわけないことばかりが次々と、怒涛の勢いで押し寄せる。
最後の砦、楓までもが『ゆずき』の存在を認識していた。
僕が何か強大な組織の策略にハメられているとしても、あいつはそれに加担することなんてない。
ここはどこだ。いまはなんだ。これが現実なのか。
そのとき、スマホにメッセージが届いた。
ホラーでいう呪いの始まりか、SFでいう黒幕からのアプローチかと勘繰りながら、おそるおそる開くと――アカウント名は『ゆず』。
《今日はびっくりしたよ。いきなり行っちゃうんだもん。なんかあった?》
放課後の、屋上でのことを指してるんだろう。
あのときあそこには僕しかいなかった。そこへゆずきが現れて、たしかに僕はその場から逃げた。
これ、本当にゆずきからなのか。
僕が見たゆずきが幻想だとしても、メッセージはたしかに届いてる。
誰かのなりすましという可能性は?
もしそうだとしたら……。
一穂しかいない。
それまで断片的だった可能性や疑念が、パズルのピースが次々とはまるように、一気にひとつとなって全体像を炙り出す。
――彼女が別のアカウントを作って接触してきたのかも。
僕は放課後、彼女に僕をフォローするメリットなどないと判断した。
でも、逆に考えたらどうだろう。
つまり、僕を救おうとしているんじゃなくて、陥れようとしているのなら?
いろんなアプローチを繰り返して、現実世界にゆずきが存在すると僕に信じ込ませようとしてる、とか。そんな仮説が頭の中で出来上がる。
そして、僕のゆずきへの思いがMAXに達したところで『じゃじゃーん! 全部ドッキリでしたー!』みたいなオチが待ってるとしたら。
彼女にそんなことを企てる動機はあるか?
ある。
昨年、僕のせいで一穂に黒歴史ができた。
その報復だとしたら?
彼女自身が考えなくても、彼女の彼氏だったり、取り巻きが主導している可能性だって……。
《ホントごめん、ちょっといっぱいいっぱいになってた。》
あえて会話に乗ってみた。少し様子を見てみることにした。
さあ、どう返してくる。
《やっぱりそうだったんだ。
いちほちゃんが言ってた。コウくんにもプレッシャーがあるんだと思うよって。
ごめんね、わたしこそコウくんの気持ち全然わかってなくて。》
ほほう、ここで自分をいいひとっぽく登場させてきたか。
《ううん、ゆずを心配させた僕が悪い。》
《コウくんはなんにも悪くないよー。》
ゆずきならこういう言い方、しそうだ。一穂だったら絶対しないだろうけど。
僕の小説をかなり読み込んでいる可能性がある。
《ゆずにはいつも笑顔でいてほしいのに。》
《そんな。。。ありがと。》
《もう気持ちも落ち着いたから、僕は大丈夫。》
《ほんと?》
《うん。ゆずのおかげで元気も出てきた。ありがと。》
やりとりした内容をあらためて読み返してみる。
ほんとにゆずきとだったら、めちゃくちゃ嬉しいんだけど……。
一穂って、こんなタチの悪いメッセージ送ってくるのか。
ほくそ笑む彼女を想像して、胸くそ悪くなってきた。
しかし、次の一文に僕はたじろいだ。
《じゃあ、明日ふたりでどっか行かない?》
ふたりでどこかって……それはつまり、日時や場所を定めて男女が会い、一緒に食事したり買い物したり会食したりして楽しむ――デートってこと⁉
一瞬喜びかけたが、ちょっと待てと自制する。
喜んでる場合かバカたれ。これは罠だって。
でもまあ……そうきたか、と思い直してみた。
『どっきり最終章』が朝の待ち合わせ場所ってことだろう。来るはずのないゆずきを待ち続ける僕を隠し撮りでもして、ちょっとしたら『じゃじゃーん!』とみんなで登場、そうやって公衆の面前で僕を笑いものにしようっていう魂胆なのは明白だ。
ここまでコケにされて黙っちゃいられない。
いいだろう、望むところだ。どっきりには逆どっきりで応じるまで。
僕は「楽しみだな。」と入力し、デートの待ち合わせ時間と集合場所を付け加える。
アカウント名『ゆず』からも、
《やったー! わたしも楽しみ。》
と返事があった。