「俺は、『0』ポイントの設定は、しない派なんだよね。ワケが分かんなくなるからさ」

シリンダー自身が、エラーの時や自分の位置が分からなくなってしまった時、『0』の表示が画面に現れる。

谷さんは、シリンダーを制御しているプログラムをいじっていた。

そこで移動の終点を知らせる信号を消す。

「そこはね、コイツをちゃんと信じて、任せてやるんだよ。そうしておけば、手動で動かしてても、ポイントの切り替えが出来るからな。動きに制限とかロックをかけたきゃ、動作側でかけるんだ」

プログラムの書き方がメーカーによって様々だということは知っていたし、どれが正しいやり方かなんて、基本的には存在しないことも、知ってはいた。

自転車の乗り方や逆上がりの仕方に、それぞれの流儀があるように、シリンダーに同じことを伝えるにも、それぞれの言い回しがある。

とてもシンプルかつストレートなやり方もあれば、くどくどと回りくどいやり方だって、ある。

「ほら、上手く動くようになった」

谷先輩の手に委ねられたそれは、さっきまでとは、まるで別の物体であるかのように、素直に動き出した。

コイツらにも、意思があるかのようだ。

俺の言うことは素直に聞けなくても、聞ける人の言うことなら、ちゃんときく。

「学校新聞で見たんだ」

ふいに、谷先輩は言った。

「あんなの、真面目に見る人、いたんですか?」

「俺のこと、バカにしてる?」

慌てて首を横に振ったら、谷先輩は笑った。

「メータアウトは複動シリンダ、メータインは単道シリンダね。排気エアの方で制御をかけて、供給エアは放置でいい。分かった?」

なんとなく分からないけど、なんとなく首を縦に振っておく。

「供給エアは全開で、排気エアを絞る。内蔵のスプリングで勝手に戻ってくるから。シリンダー調整方の、コツね。これ」

「はい」

そう言ってうなずいたら、また谷先輩は笑った。

「じゃ、俺はもう行くね」

「え、もう行っちゃうんですか?」

「うん、ちょっと見にきただけだから」

俺は理科室を出て行く谷先輩の、大きな背中を見送って、山崎のことも、1年のことも、話題にならなかったことに気づく。

聞かれたくはなかった。

聞かれても、答えられなかった。

嘘をつくくらいなら、本当のことを話しただろうけど、本当のことを話したところで、なにがどう変わるわけでもないし、そもそも俺にとって、なにが本当のことなのかも、よく分かっていなかった。

1年とうまくいってない? 

いえ、そんなことないですよ。

鹿島はほら、一緒にやろうって言ってくれてたんですけど、ここはお互いに切磋琢磨しよう、みたいな? 

ヘンに俺みたいなのが口を突っ込んでも、あいつらもやりにくいだろうし、そこは気をつかってるんです。

これでも一応、ね。

え? 山崎? 

山崎は、なんか相変わらず好き勝手やてますよ。

あはは、あはは……、はぁ。