「おい、あんた。大丈夫か」
 最初に駆けつけてきただけでも、四人はいる。本当に、待ち構えていたかのようだった。
 かけられた声に柾は笑みで応えた。柾は普段通りのつもりだったが、よりによって首筋を切りつけられ、血まみれで微笑む様子は、痛ましさが勝ったようだった。

「生きてるか」
「俺は、頑丈な性質(たち)でね」
 傷口は手で押さえていて見えないはずだ。どれだけの深い傷かもわからないはずだ。
 だが、血の量からしても、押さえている場所からしても、能天気に構えていられるようなものではないことは、町の人間も気づくだろう。

 分かっていたが、能天気にそう応えた。案の定、町の人間は彼の言葉を信用した様子もなく、口々に声をかけてくる。
「おい見せてみろ」
「いや、手を離したらまずいのじゃないか」
「とにかく医師を」
 言い合う人々に少し困った顔で、柾は応える。

「そんなに大げさに騒ぐほどのものじゃないよ」
 顔に飛び散った血が、顔を斑に染めているが、本人はそれにも傷にも頓着した様子も無い。
「だが、その血の量は」
「さっき確認した。血の量の割には、たいした傷じゃないよ。そんなに深くもなかった」
 横から凜が口を挟む。不機嫌な麗人の通りの良い声に、人々は少し気を取られた様子で、騒ぎ立てるのを止めた。

「そうやって騒いで邪魔される方が、ぼくは苛立たしいけどね」
 冷ややかに言い放つ。顔立ちが整っているだけに、見遣る眼差しの冷たさが際立っている。人々は、そこに潜む苛立ちと怒りに、束の間口を閉ざし、顔を見合わせた。
 それから今度は、腫れ物に触るように、そっと言ってくる。

「本当に大丈夫なのか」
「いや、平気だよ。どこか場所を貸してもらえば、包帯くらいは自分で巻けるし」
「そういう問題じゃないだろう。傷を洗わないと」
「一通り応急用の道具は持っているし、平気だよ」
「いや……でも」

 妙に、町の人間は食い下がってくる。単純に親切心とは到底思えない。今までの町の様子と、この人たちの様子を見ても。

「本当に、なんとかなるから」
 柾が笑顔で押し切ると、人々はとうとう口をつぐむ。取り囲んで、立ち尽くして、どう出ればいいか迷っているようだった。その間にも、次々に人が集まってくる。

「怪我人に無理させる方が体に障るって、分からないかな。いい加減に」
 再び凜がいらいらと吐き捨てて、周囲の人間は、ハッとした様子で顔を見合わせる。その中から、ぽつりと言葉が落ちた。

「そうか。まあ……運が良かったな」
 途端に、凜の蛾眉がつりあがる。
「それどういう意味」
 振り返り、町の人間を見回す。中から、先の言葉を放ったのだろう、凜の間近にいた人間がうろたえて少し後ずさった。

「あ、いや。不幸中の幸いというか」
「いきなり襲われて、よりによってあんなとこ切りつけられた人間に言うことか」
 怒りに染まった目が、相手を睨みつける。眦がつりあがる。凄味の増した美貌に、町の人間がたじたじとなっている。柾は苦笑して、凜の前に出る。

「凜、少し落ち着け」
「あんたが、そういうこと言うわけ」
「いや……すみません」
 薮蛇だったか。苦笑が深くなる。自分が割って入ったくせに、誰かに助けを求めたくなって、柾は凜から目をそらした。後から駆けつけてきた人間と目が合う。

「坊主」
 相手が、何か気づいた様子で声を上げた。
「お前の顔、覚えがある。少し前にも、ここに来ただろう」
「確かに、来たけど」
「覚えてないか」
 束の間柾は迷い、それから思い出して声を上げた。

「ああ、お(たな)の旦那さん」
 ひと月前、綾都と会った店の店主だ。相手は頷き、ゆっくりと言った。
「お前、久我の若君と親しくしていただろう」
 その言葉に初めて、柾が眉を寄せた。人々の間にざわめきが生まれる。柾は目線だけで周囲を見回して、再び茶店の店主に戻す。

「どういうことだ」
「あとでゆっくり話す。その前に、手当てだろう」
「だからそれは」
「わたしらの手がいやなら、場所だけでも貸す。いいから、一緒に来てくれないか」
「ここと、犯人を放置してか」
「頼む。警官隊を頼むのはそれからでも遅くないだろう」

 遅くない、はずがない。
 だが柾は、あきらめたような笑みと共に、頷いた。