信とバカ話をしながらラーメンを食べた後、休憩がてらに一人で公園に入った。
自販機で黒ウーロン茶を買って、公園のベンチに腰掛けると、俺は大きな溜め息を吐いた。
どうしてこんな高校に来ちゃったかな、と呆れてしまう。信はああして慰めてくれていたが、正直、白河莉緒への告白失敗は、俺にとって結構痛手だった。
というのも、俺や信が所属する文系クラスの外国語科と、理系クラスの情報科は、三年間クラス替えが無い。そのため、白河莉緒とは卒業まで同じクラスで顔を合わせる事になるのだ。それをわかっていた上で告白した俺も俺だが、振られる事を想定していなかったので仕方ない。それが若さというものだ、と自分を納得させている。
また、この外国語学科は、女子が七割を占めるクラスだ。女子が大半ということは、男子の人権が無いに等しい。白河が俺を振った時に信と仲良くしろと言ったのは、こういう意味もあったのだ。
いわば、男子と女子は相入れない……それがこのクラスの掟だ。もし、俺が最初からこの情報を知っていれば、この高校を選んでいなかったかもしれない。
もともと普通科志望だった俺が外国語科を受験した理由は、信に『外国語科に行けばハーレムだぞ! 一緒に行こうぜ!』と誘われたからだった。
信とはもともと中学からの友達だったが、当初は別々の高校にいく予定だった。しかし、俺は高校受験で大失敗をして、第一志望どころか滑り止めまで尽く落ちた。そうして、二次募集をかけている高校を探していたところに、信からそう誘われたのだ。信は一般入試で桜ヶ丘高校の外国語科に受かっていた。桜ヶ丘高校の外国語科は俺達の代では大きく定員割れしていたため、ほぼほぼ必ず受かると言われていたのだ。もう心が粉砕していた俺は、工業高校や商業高校のような場所でなければ、どこでもよかった。これが桜ヶ丘高校外国語科に入った経緯だ。
が、入ってみればそこは女子帝国で、ハーレムなんか夢のまた夢だった。完全にダマされた気分だ。もちろん、クラスに可愛い子は何人かいる。白河莉緒(しらかわりお)がその筆頭だった。しかし、先にも述べた様にこのクラスは男子と女子の仲は良くなくて、接点なんて殆ど無かった。外国語科の女子は、普通科や情報科の男子とは仲良くしても、同じクラスの男子とは仲良くしない……どうやらそんな感じらしい。
何となく思うのだが、女子高の中に紛れ込んだ男子生徒はこんな気持ちなのかもしれない。女子校が共学になった際に、新しく入学した男子が肩身を狭くするのと同じ原理だ。彼女達にとって俺達は、邪魔な存在なのだ。
他のクラスの男子には外面を作って〝女子〟として接する事ができる。しかし、女子が多いと、彼女達の多くはクラスの中では〝おっさん〟と化す。〝おっさん〟と化すのは、クラスの中では所謂カーストが上位とされる立場の女達だ。俺達はその彼女達が〝おっさん〟であるところを見ており、その〝おっさん〟としての姿を見ている俺達は、彼女達にとっては恋愛対象にはなり得ないだろう。また、彼女達にとっては、本来異性に見られてはいけない姿を見られているわけで……彼女達からすれば、同じクラスの男子は鬱陶しい存在なのだと思う。じゃあ夏場にスカートの中を団扇で煽ぐのやめろよって思うんだけども、そこはやめられないらしい。
もちろん、そういった女子ばかりではない。恥じらいを持っている女子もいるし、俺達を男の目として意識している子もいる。しかし、そういった子達はもともと男子慣れしていない、所謂地味子ちゃん達の集まりだ。その一人が、白河莉緒(しらかわりお)。彼女は地味子ちゃんの中にいながら、容姿が際立ってよかったのだ。
外国語科女子は、こういった理由から基本的に男子との接点は持ちたがらない。これは通説ではあるのだが、我が悪友こと穂谷信だけは例外だった。
彼はお調子者タイプで面白いので、女子ともそれなりに上手くやっていた。また、信は交流関係が広い事から、普通科の男子とも仲が良いので、それもまた彼が上手くやれている事の理由の一つだ。要するに、信は普通科の男子との仲介役になる存在なので、外国語科女子にとっても利用価値がある存在なのである。
しかし、そんな立ち位置の信でも、彼女はいない。
信も同じクラスの中馬芙美(なかまふみ)に告白して玉砕している。ただ、中馬芙美もあまり人と話すタイプではないので、彼が中馬芙美に振られた事を知っている人は少ない。
そんなこんなで、信はお調子者で要領が良いので、それなりに美味しい立ち位置にいる。普通なら嫉妬してもおかしくないところだが、俺もなんだかんだ言って信のことは結構好きだったし、彼のお陰で高校受験浪人を免れたので、感謝もしていた。それに、彼と一緒にいると笑いが尽きない。あいつがいるお陰で、俺がこの苦しい学生生活を辛うじて過ごせているのだと思う。
一時期信も俺がクラスで馴染めるように色々努力してくれていたが、生憎と俺は、このクラスどころか学年では非常に避けられている存在。疎外されながら過ごしている。
別に俺がクラスの女子に何か嫌がらせをしたとかそんなのではなく、どういうわけか避けられているのだ。
おそらく、考え方も人生観などの〝何か〟が彼等と違うからだろう。同じクラスの連中は俺を異質なものととらえて、受け入れようとはしなかった……そんな風に感じている。そして、俺はその認識の違いを埋める努力をしなかった。というか、できなかった。
その理由こそ俺が避けられてしまっている原因にも繋がっているのだが、昨年の春、すなわち入学したての頃の話である。入学早々に三年生の先輩方三人に因縁をつけられて、喧嘩をしてしまった。そこでやられていればよかったのだが、空手を中学の時までやっていた事もあって、返り討ちにしてしまったのである。そこから俺は恐い人の看板を背負ってしまった。
避けられている原因の一つはこれかもしれないし、おそらく白河莉緒が言う恐いイメージというのはそれから起因するものと考えている。もちろん、これが全ての理由かと言われれば、違う。その誤解を埋める努力をしなかった俺も悪い。別に怖い人間ではないよ、とクラスの連中だけでも弁明すればよかったのに、結局今の今までズルズルきてしまっていて、交流関係も築けないままだった。多分、俺はその弁明が受け入れられなかった時の事を考えてしまっていたのだと思う。きっと、受け入れられない事が怖かったのだ。
一年の頃は、そういった経緯もあって、避けられまくっていた。完全な腫れ物扱いであったし、陰口もたくさん言われた。誰の仕業かわからないが、靴箱から上履きがなくなっていたこともある。
スタート地点ですっ転んだ俺は完全に高校デビューの機会を逃し、気付けば友達も信だけになっていた。一応進学校である桜ヶ丘高校には相応しくない人材であるのは間違い無い。
ただ、二次募集で入って更に喧嘩もして成績も悪いだとメンツを保てないので、一応は勉強もそこそこ頑張るようにしている。自慢ではないが、この前の校内模試で文系科目がトップクラスだった。
成績を保っていることで、教師も俺にはそこそこ甘い。勉強ができれば甘い汁を吸わせてくれる……とまではいかないが、そこそこ見逃してもらえる。自衛手段として、勉強をしておくのは大切な事だと思った。
結局、教師だって数字や結果でしか人を判断していなくて、中身を見る奴は少ない。判りやすい結果さえ見せればワガママは通る。大人の世界の入り口としては、わかりやすいのかもしれない。
ただ、卒業まで変わらないと思っていた閉鎖した世界に、変化がもたらされた。二人の転校生が突如として現れたのだ。そして、俺が見ている限り、彼女達はこれまでの外国語科にいない存在だった。彼等の転校は、どんな風を吹き込むのだろうか。それとも、何も変わらず、彼女達も外国語科に染まってしまうのだろうか。
できれば麻宮さんにはそうなってほしくないな、と心のどこかで思うのだった。
自販機で黒ウーロン茶を買って、公園のベンチに腰掛けると、俺は大きな溜め息を吐いた。
どうしてこんな高校に来ちゃったかな、と呆れてしまう。信はああして慰めてくれていたが、正直、白河莉緒への告白失敗は、俺にとって結構痛手だった。
というのも、俺や信が所属する文系クラスの外国語科と、理系クラスの情報科は、三年間クラス替えが無い。そのため、白河莉緒とは卒業まで同じクラスで顔を合わせる事になるのだ。それをわかっていた上で告白した俺も俺だが、振られる事を想定していなかったので仕方ない。それが若さというものだ、と自分を納得させている。
また、この外国語学科は、女子が七割を占めるクラスだ。女子が大半ということは、男子の人権が無いに等しい。白河が俺を振った時に信と仲良くしろと言ったのは、こういう意味もあったのだ。
いわば、男子と女子は相入れない……それがこのクラスの掟だ。もし、俺が最初からこの情報を知っていれば、この高校を選んでいなかったかもしれない。
もともと普通科志望だった俺が外国語科を受験した理由は、信に『外国語科に行けばハーレムだぞ! 一緒に行こうぜ!』と誘われたからだった。
信とはもともと中学からの友達だったが、当初は別々の高校にいく予定だった。しかし、俺は高校受験で大失敗をして、第一志望どころか滑り止めまで尽く落ちた。そうして、二次募集をかけている高校を探していたところに、信からそう誘われたのだ。信は一般入試で桜ヶ丘高校の外国語科に受かっていた。桜ヶ丘高校の外国語科は俺達の代では大きく定員割れしていたため、ほぼほぼ必ず受かると言われていたのだ。もう心が粉砕していた俺は、工業高校や商業高校のような場所でなければ、どこでもよかった。これが桜ヶ丘高校外国語科に入った経緯だ。
が、入ってみればそこは女子帝国で、ハーレムなんか夢のまた夢だった。完全にダマされた気分だ。もちろん、クラスに可愛い子は何人かいる。白河莉緒(しらかわりお)がその筆頭だった。しかし、先にも述べた様にこのクラスは男子と女子の仲は良くなくて、接点なんて殆ど無かった。外国語科の女子は、普通科や情報科の男子とは仲良くしても、同じクラスの男子とは仲良くしない……どうやらそんな感じらしい。
何となく思うのだが、女子高の中に紛れ込んだ男子生徒はこんな気持ちなのかもしれない。女子校が共学になった際に、新しく入学した男子が肩身を狭くするのと同じ原理だ。彼女達にとって俺達は、邪魔な存在なのだ。
他のクラスの男子には外面を作って〝女子〟として接する事ができる。しかし、女子が多いと、彼女達の多くはクラスの中では〝おっさん〟と化す。〝おっさん〟と化すのは、クラスの中では所謂カーストが上位とされる立場の女達だ。俺達はその彼女達が〝おっさん〟であるところを見ており、その〝おっさん〟としての姿を見ている俺達は、彼女達にとっては恋愛対象にはなり得ないだろう。また、彼女達にとっては、本来異性に見られてはいけない姿を見られているわけで……彼女達からすれば、同じクラスの男子は鬱陶しい存在なのだと思う。じゃあ夏場にスカートの中を団扇で煽ぐのやめろよって思うんだけども、そこはやめられないらしい。
もちろん、そういった女子ばかりではない。恥じらいを持っている女子もいるし、俺達を男の目として意識している子もいる。しかし、そういった子達はもともと男子慣れしていない、所謂地味子ちゃん達の集まりだ。その一人が、白河莉緒(しらかわりお)。彼女は地味子ちゃんの中にいながら、容姿が際立ってよかったのだ。
外国語科女子は、こういった理由から基本的に男子との接点は持ちたがらない。これは通説ではあるのだが、我が悪友こと穂谷信だけは例外だった。
彼はお調子者タイプで面白いので、女子ともそれなりに上手くやっていた。また、信は交流関係が広い事から、普通科の男子とも仲が良いので、それもまた彼が上手くやれている事の理由の一つだ。要するに、信は普通科の男子との仲介役になる存在なので、外国語科女子にとっても利用価値がある存在なのである。
しかし、そんな立ち位置の信でも、彼女はいない。
信も同じクラスの中馬芙美(なかまふみ)に告白して玉砕している。ただ、中馬芙美もあまり人と話すタイプではないので、彼が中馬芙美に振られた事を知っている人は少ない。
そんなこんなで、信はお調子者で要領が良いので、それなりに美味しい立ち位置にいる。普通なら嫉妬してもおかしくないところだが、俺もなんだかんだ言って信のことは結構好きだったし、彼のお陰で高校受験浪人を免れたので、感謝もしていた。それに、彼と一緒にいると笑いが尽きない。あいつがいるお陰で、俺がこの苦しい学生生活を辛うじて過ごせているのだと思う。
一時期信も俺がクラスで馴染めるように色々努力してくれていたが、生憎と俺は、このクラスどころか学年では非常に避けられている存在。疎外されながら過ごしている。
別に俺がクラスの女子に何か嫌がらせをしたとかそんなのではなく、どういうわけか避けられているのだ。
おそらく、考え方も人生観などの〝何か〟が彼等と違うからだろう。同じクラスの連中は俺を異質なものととらえて、受け入れようとはしなかった……そんな風に感じている。そして、俺はその認識の違いを埋める努力をしなかった。というか、できなかった。
その理由こそ俺が避けられてしまっている原因にも繋がっているのだが、昨年の春、すなわち入学したての頃の話である。入学早々に三年生の先輩方三人に因縁をつけられて、喧嘩をしてしまった。そこでやられていればよかったのだが、空手を中学の時までやっていた事もあって、返り討ちにしてしまったのである。そこから俺は恐い人の看板を背負ってしまった。
避けられている原因の一つはこれかもしれないし、おそらく白河莉緒が言う恐いイメージというのはそれから起因するものと考えている。もちろん、これが全ての理由かと言われれば、違う。その誤解を埋める努力をしなかった俺も悪い。別に怖い人間ではないよ、とクラスの連中だけでも弁明すればよかったのに、結局今の今までズルズルきてしまっていて、交流関係も築けないままだった。多分、俺はその弁明が受け入れられなかった時の事を考えてしまっていたのだと思う。きっと、受け入れられない事が怖かったのだ。
一年の頃は、そういった経緯もあって、避けられまくっていた。完全な腫れ物扱いであったし、陰口もたくさん言われた。誰の仕業かわからないが、靴箱から上履きがなくなっていたこともある。
スタート地点ですっ転んだ俺は完全に高校デビューの機会を逃し、気付けば友達も信だけになっていた。一応進学校である桜ヶ丘高校には相応しくない人材であるのは間違い無い。
ただ、二次募集で入って更に喧嘩もして成績も悪いだとメンツを保てないので、一応は勉強もそこそこ頑張るようにしている。自慢ではないが、この前の校内模試で文系科目がトップクラスだった。
成績を保っていることで、教師も俺にはそこそこ甘い。勉強ができれば甘い汁を吸わせてくれる……とまではいかないが、そこそこ見逃してもらえる。自衛手段として、勉強をしておくのは大切な事だと思った。
結局、教師だって数字や結果でしか人を判断していなくて、中身を見る奴は少ない。判りやすい結果さえ見せればワガママは通る。大人の世界の入り口としては、わかりやすいのかもしれない。
ただ、卒業まで変わらないと思っていた閉鎖した世界に、変化がもたらされた。二人の転校生が突如として現れたのだ。そして、俺が見ている限り、彼女達はこれまでの外国語科にいない存在だった。彼等の転校は、どんな風を吹き込むのだろうか。それとも、何も変わらず、彼女達も外国語科に染まってしまうのだろうか。
できれば麻宮さんにはそうなってほしくないな、と心のどこかで思うのだった。