日曜の昼前……昨日麻宮さんと待ち合わせたファッションビルに来ていた。
このファッションビルは三階建てで、たくさんの店舗が詰め込まれている。洋服のショップがメインだが、雑貨屋や生活用品店、書店なども入っていて、この辺りの若い連中は買い物となれば殆どここに来るのだそうだ。
俺は学校の連中に会いたくないので、ここには来た事がない。服を買う時は電車を乗り継いで少し離れたアウトレットモールまで足を運んでいたのだ。
『もういる?』
麻宮さんにLIMEを送ると、すぐにぴこんと通知が鳴った。
『NiaRにいるよ』
一緒に『早く!』と手招きしているクマプーのスタンプも送られてきていた。
俺は了解、とスタンプで返して、ビルの中に入っていく。
マップを見てみると、NiaRは二階。二階は婦人服の店舗しか入っていなかった。ちょっと男一人で歩くのは恥ずかしいなと思いながらも、二階のNiaRを目指す。
エスカレーターを使って二階に辿り着くと、案の定女性しかいなくて、途端に浮いた存在になった。NiaRはエスカレーターからはやや離れた奥の方にあったので、余計に男が一人で歩くと恥ずかしい。ちなみに三階は男性服売り場がメインとなっている。
NiaRはブラックカラーを基調としたロックスタイルな服が多く、数は少ないながらメンズの服も置いてあって、それほど男が一人で入っていても不思議ではなさそうだ。麻宮さんの姿が見つからなかったので、入って探してみる事にした。
彼女を探しつつ、展示されている服を見てみるが、ちょっと麻宮さんが着るには、色合いが派手なイメージだ。もしかすると、私服は結構ロック寄りなのかな?
そんな事を考えながら、店内を歩いていると、とんとんと肩を叩かれたので、そちらを向く──と、ぷすっと細く綺麗な指が俺の頬に刺さった。
「おはよ、麻生君」
「お、おはよう」
彼女に触れられて熱くなった頬を摩りながら振り返ると、そこには嬉しそうにはにかむ麻宮さんがいた。
いつもの制服姿とは印象も違って、淡い青色のワンピースにカーディガンを羽織っていた。裾がやや短く、ミニスカート状態になっていて、ニーソックスとの絶対領域がこう、とても唆るものがあった。彼女の私服はイメージ通り清楚なものだった。
「なんか、NiaRっていうイメージじゃないんだけど、こういう服も好きなの?」
「うん! 普段あんまり着ないんだけど、ちょっと秋用のパーカー欲しいなって思ってて」
「ああ、なるほど。パーカー楽だもんな」
麻宮さんの手元を見ると、二着ほどハンガーにかけられたパーカーを持っていた。
「それ、買うの?」
「ううん……ちょっと迷ってて。どっちが似合うと思う?」
彼女はハンガーにかけられた二つの服を交互に自分に合わせた。左手に持っているのは、紫の大きめのフード付きパーカーで、だぼっとしていて彼女のおしりの下まで覆ってしまうほど丈が長かった。手首と裾できゅっと引き締まっているので、だぼっとしていながら細い彼女が着れば、似合いそうだ。
もう一つの服は黒のフード付きパーカーで、これまたもっと丈が長かった。膝の上あたりまで隠れていて、腕の丈もだいぶ長い。おそらく彼女が着ても、指先が袖の手首部分に辿り着くかどうかというところだ。背面を覆い尽くさん勢いの大きなバックプリントと、正面には縦にNiaRのロゴが入っている。デザインはロックでめちゃくちゃかっこいい。
「デザイン的には黒の方が好きだけど……ちょっと大きすぎないか?」
「やっぱり大きいかな? 私もこっちのほうが好きなんだけど、そこが心配で」
「試着してみれば?」
「うん!」
麻宮さんは嬉しそうに返事して、そのまま黒のパーカーを持って、店員さんに一言告げてから試着室に入っていった。
って……なんかめちゃくちゃいきなりデートっぽいことしてないか⁉
凄く自然な形で話していたけれど、これ完全にデートだよな、絶対に。あれ、俺なんか夢でも見てない? これ、まだ夢の中なのか? そう思ってこっそり腕を抓ってみるが、痛い。どうやら現実のようだった。
アクセサリーゾーンで指輪やネックレスを見ていると、麻宮さんが試着室から出てきた。少しもじもじと恥ずかしそうにしている。
「着替えてみたけど……どうかな? 似合ってる? ソックスは合わなかったから一回脱いじゃったんだけど」
先ほどまでの清楚なイメージとは打って変わって、少しロックスタイルな麻宮伊織が出てきた。
丈が長すぎるかと思っていたが、長い丈から生えている細い生足、そして腕を精一杯伸ばして指先が少しだけ出ている程度の袖も萌袖としての効果が抜群。元が清楚なだけあって、むしろこのロックなパーカーはギャップがあってとても良い。
「めっちゃ、いいと思います……可愛い」
「ほんと? 嬉しい! レザーのサンダルとかブーツとかだともっと合うと思うんだけど。あ、でもこれ着る時はもっとメイク濃くした方がいいかなぁ……」
俺の感想に麻宮さんは嬉々として独り言のように呟きつつ、大きな鏡に映る自分をくるくる見ながらみていた。
うん、なんだか、さっきの清楚な麻宮さんに加えて、ちょっとロックな麻宮さんも同時に見れるとか、俺今日ラッキー過ぎない? 死ぬの?
「あ! 麻宮さんじゃん!」
そんな時、ふと背後から声がかかった。
声をした方を見ると、そこには……クラスメイトの女子二人、なんと、あの白河莉緒とその友人・野田(のだ)啓子(けいこ)がいた。
最悪だ。クラスメイトに出くわしただけでも最悪なのに、加えて、そのうちの一人が白河莉緒だなんて。
もう手遅れかもしれないが、俺は慌てて背を向けた。おいおい嘘だろ、と泣きたくなる。さっきまでの幸福感はどこへやら。一気に胃が締め付けられるような気分になった。
あれだ。さっきラッキーな事あり過ぎるとか言ったから、きっとその反動でこうしたアンラッキーを引き寄せてしまったのだ。これだから地元で買い物なんてしたくないんだ。よりによって白河とか最悪だ。
「あ、野田さんと白河さん! こんにちは」
麻宮さんが笑顔で挨拶すると、二人も「おはよー」などと挨拶を返すが……
「って、横にいるの、麻生君⁉」
こちらに気付いた野田が、驚いた声を上げた。
「あ、ああ……こん、にち、は」
案の定バレたので、俺は引き攣った笑みを浮かべて挨拶をする。
野田啓子と俺はもちろん接点はない。むしろ、白河と仲が良いから、俺が白河に告白した事を知っているのではないかとも思っていたので、俺としては警戒している人間の一人だ。
「え、二人って一緒に買い物するくらい仲いいの⁉ ひょっとして、付き合ってる⁉」
野田のアホタレがいきなりそんな事を言うものだから、白河が目を見開いて俺を見た。この様子だと、野田は俺が白河に告った事を知らなそうだ。少し、ほっとする。
ていうか、アホか。まだ麻宮さんが転校してきて一週間ちょっとしか経ってないのに付き合うとかあるわけないだろう。
「なわけないだろ。ここでアクセ見てたら偶然居合わせただけだよ。麻宮さんに失礼な事言うなよ」
咄嗟に思いついた言い訳をすると、野田は「だよねー」などと納得していたが、白河は無言だった。
「うん……どれがいいか迷ってた時に、麻生君もお店にいたから、意見聞きたくて、つい呼び止めちゃった」
麻宮さんは少し寂しそうに笑って、俺の苦し紛れの言い訳に話を合わせてくれた。
「そうなんだ! あたし等が見てあげよっか?」
空気を読まない野田が話を続ける。頼むから、そろそろ去ってくれ。白河も俺も、この近距離で長時間過ごすのは無理なんだ。
「ううん、大丈夫。もう選んだから。これ、麻生君が選んでくれたんだよ? 可愛いでしょ」
麻宮さんがくるくると回ってパーカーを二人に見せながら、何故か敢えて〝俺が選んだ〟事を強調した。
驚いて彼女を横目で見るが、彼女はこちらを見向きもしないで、嬉しそうに言っていた。
「可愛い可愛い! へー、麻生君って案外センスあるんだねー!」
野田が意外そうにこちらを見て言うので、俺は「別に、目についたから」等と適当に言って誤魔化す。
だめだ、もう耐えられない。他の奴ならいざ知らず、白河だけは無理だ。それに、一緒に服を見るっていう約束はもう果たしたし、もう帰っていいよな。
「じゃあ、俺はここで──」
「麻生君、すぐにお会計してくるから、もう少しだけ待ってて?」
そう言いかけた時、麻宮さんが俺の言葉を遮って、申し訳なさそうな笑顔を向けてきた。
どういう事だよ。俺がここから逃げ出してもう今日は終わりなんじゃないのか。意図がわからず、怪訝な表情を浮かべて彼女を見る。
「もう。ボウリング、この後行こうってさっき話してたじゃない」
忘れたの?とでも言いたげに、眉根を寄せて困ったような笑みを浮かべてこちらに言う。忘れた以前に、俺の記憶の中にはそんな事実がなかったのだけれど。なんでそうなった? え? もしかして別の世界線に移動した? 大混乱である。
「え、この後二人で遊ぶの⁉」
野田啓子がまた驚いた顔で麻宮さんを見た。
「うん。ここで会ったのも何かの縁だしって事で、お誘いしたの。って言っても、ボウリングなんて中学の時以来やってないんだけどね」
麻宮さんは、恥ずかしそうに付け足した。
「そ、そうなんだ……」
野田が、驚いたようにこちらを見ていた。白河の方には、もう目を向ける勇気がなかった。
「啓子、映画もう始まるから、行こ」
ちょっとどうしたものかと思っていた時に、白河が野田の袖をちょんちょんと掴んで、外に出ようと促した。
声色からして、いつもより不機嫌な気がしてならない。そりゃそうだろうな、せっかくの休日に俺と出くわしたなんて、彼女からしたら最悪だろう。もちろん、俺にとっても最悪なのだけれど。
「あ、ほんとだ。じゃあ、あたし等もう行くね! 麻宮さん、ばいばーい! 麻生君も!」
野田も腕時計を見て慌てた様子で声を上げて、俺と麻宮さんに軽く手を振って店から出て行った。白河は、麻宮さんにだけ小さく手を振っていた。
どうやら助かったらしい。何とか困難を乗り越えられたようで、安堵の息を吐く。
「ところで……ボウリングって、何だよ」
白河と野田に手を振っている伊織に対して、少し低めの声で言った。
「仕返し、だよ」
「仕返し? 何の」
「……なんでもない。お会計済ませてくるから、待っててね」
麻宮さんは少し拗ねたような表情をしてから、自分の服に着替える為に試着室に入っていった。彼女が何に対して仕返ししたのかも、どうして怒ったのかも、全くわからなかった。
このファッションビルは三階建てで、たくさんの店舗が詰め込まれている。洋服のショップがメインだが、雑貨屋や生活用品店、書店なども入っていて、この辺りの若い連中は買い物となれば殆どここに来るのだそうだ。
俺は学校の連中に会いたくないので、ここには来た事がない。服を買う時は電車を乗り継いで少し離れたアウトレットモールまで足を運んでいたのだ。
『もういる?』
麻宮さんにLIMEを送ると、すぐにぴこんと通知が鳴った。
『NiaRにいるよ』
一緒に『早く!』と手招きしているクマプーのスタンプも送られてきていた。
俺は了解、とスタンプで返して、ビルの中に入っていく。
マップを見てみると、NiaRは二階。二階は婦人服の店舗しか入っていなかった。ちょっと男一人で歩くのは恥ずかしいなと思いながらも、二階のNiaRを目指す。
エスカレーターを使って二階に辿り着くと、案の定女性しかいなくて、途端に浮いた存在になった。NiaRはエスカレーターからはやや離れた奥の方にあったので、余計に男が一人で歩くと恥ずかしい。ちなみに三階は男性服売り場がメインとなっている。
NiaRはブラックカラーを基調としたロックスタイルな服が多く、数は少ないながらメンズの服も置いてあって、それほど男が一人で入っていても不思議ではなさそうだ。麻宮さんの姿が見つからなかったので、入って探してみる事にした。
彼女を探しつつ、展示されている服を見てみるが、ちょっと麻宮さんが着るには、色合いが派手なイメージだ。もしかすると、私服は結構ロック寄りなのかな?
そんな事を考えながら、店内を歩いていると、とんとんと肩を叩かれたので、そちらを向く──と、ぷすっと細く綺麗な指が俺の頬に刺さった。
「おはよ、麻生君」
「お、おはよう」
彼女に触れられて熱くなった頬を摩りながら振り返ると、そこには嬉しそうにはにかむ麻宮さんがいた。
いつもの制服姿とは印象も違って、淡い青色のワンピースにカーディガンを羽織っていた。裾がやや短く、ミニスカート状態になっていて、ニーソックスとの絶対領域がこう、とても唆るものがあった。彼女の私服はイメージ通り清楚なものだった。
「なんか、NiaRっていうイメージじゃないんだけど、こういう服も好きなの?」
「うん! 普段あんまり着ないんだけど、ちょっと秋用のパーカー欲しいなって思ってて」
「ああ、なるほど。パーカー楽だもんな」
麻宮さんの手元を見ると、二着ほどハンガーにかけられたパーカーを持っていた。
「それ、買うの?」
「ううん……ちょっと迷ってて。どっちが似合うと思う?」
彼女はハンガーにかけられた二つの服を交互に自分に合わせた。左手に持っているのは、紫の大きめのフード付きパーカーで、だぼっとしていて彼女のおしりの下まで覆ってしまうほど丈が長かった。手首と裾できゅっと引き締まっているので、だぼっとしていながら細い彼女が着れば、似合いそうだ。
もう一つの服は黒のフード付きパーカーで、これまたもっと丈が長かった。膝の上あたりまで隠れていて、腕の丈もだいぶ長い。おそらく彼女が着ても、指先が袖の手首部分に辿り着くかどうかというところだ。背面を覆い尽くさん勢いの大きなバックプリントと、正面には縦にNiaRのロゴが入っている。デザインはロックでめちゃくちゃかっこいい。
「デザイン的には黒の方が好きだけど……ちょっと大きすぎないか?」
「やっぱり大きいかな? 私もこっちのほうが好きなんだけど、そこが心配で」
「試着してみれば?」
「うん!」
麻宮さんは嬉しそうに返事して、そのまま黒のパーカーを持って、店員さんに一言告げてから試着室に入っていった。
って……なんかめちゃくちゃいきなりデートっぽいことしてないか⁉
凄く自然な形で話していたけれど、これ完全にデートだよな、絶対に。あれ、俺なんか夢でも見てない? これ、まだ夢の中なのか? そう思ってこっそり腕を抓ってみるが、痛い。どうやら現実のようだった。
アクセサリーゾーンで指輪やネックレスを見ていると、麻宮さんが試着室から出てきた。少しもじもじと恥ずかしそうにしている。
「着替えてみたけど……どうかな? 似合ってる? ソックスは合わなかったから一回脱いじゃったんだけど」
先ほどまでの清楚なイメージとは打って変わって、少しロックスタイルな麻宮伊織が出てきた。
丈が長すぎるかと思っていたが、長い丈から生えている細い生足、そして腕を精一杯伸ばして指先が少しだけ出ている程度の袖も萌袖としての効果が抜群。元が清楚なだけあって、むしろこのロックなパーカーはギャップがあってとても良い。
「めっちゃ、いいと思います……可愛い」
「ほんと? 嬉しい! レザーのサンダルとかブーツとかだともっと合うと思うんだけど。あ、でもこれ着る時はもっとメイク濃くした方がいいかなぁ……」
俺の感想に麻宮さんは嬉々として独り言のように呟きつつ、大きな鏡に映る自分をくるくる見ながらみていた。
うん、なんだか、さっきの清楚な麻宮さんに加えて、ちょっとロックな麻宮さんも同時に見れるとか、俺今日ラッキー過ぎない? 死ぬの?
「あ! 麻宮さんじゃん!」
そんな時、ふと背後から声がかかった。
声をした方を見ると、そこには……クラスメイトの女子二人、なんと、あの白河莉緒とその友人・野田(のだ)啓子(けいこ)がいた。
最悪だ。クラスメイトに出くわしただけでも最悪なのに、加えて、そのうちの一人が白河莉緒だなんて。
もう手遅れかもしれないが、俺は慌てて背を向けた。おいおい嘘だろ、と泣きたくなる。さっきまでの幸福感はどこへやら。一気に胃が締め付けられるような気分になった。
あれだ。さっきラッキーな事あり過ぎるとか言ったから、きっとその反動でこうしたアンラッキーを引き寄せてしまったのだ。これだから地元で買い物なんてしたくないんだ。よりによって白河とか最悪だ。
「あ、野田さんと白河さん! こんにちは」
麻宮さんが笑顔で挨拶すると、二人も「おはよー」などと挨拶を返すが……
「って、横にいるの、麻生君⁉」
こちらに気付いた野田が、驚いた声を上げた。
「あ、ああ……こん、にち、は」
案の定バレたので、俺は引き攣った笑みを浮かべて挨拶をする。
野田啓子と俺はもちろん接点はない。むしろ、白河と仲が良いから、俺が白河に告白した事を知っているのではないかとも思っていたので、俺としては警戒している人間の一人だ。
「え、二人って一緒に買い物するくらい仲いいの⁉ ひょっとして、付き合ってる⁉」
野田のアホタレがいきなりそんな事を言うものだから、白河が目を見開いて俺を見た。この様子だと、野田は俺が白河に告った事を知らなそうだ。少し、ほっとする。
ていうか、アホか。まだ麻宮さんが転校してきて一週間ちょっとしか経ってないのに付き合うとかあるわけないだろう。
「なわけないだろ。ここでアクセ見てたら偶然居合わせただけだよ。麻宮さんに失礼な事言うなよ」
咄嗟に思いついた言い訳をすると、野田は「だよねー」などと納得していたが、白河は無言だった。
「うん……どれがいいか迷ってた時に、麻生君もお店にいたから、意見聞きたくて、つい呼び止めちゃった」
麻宮さんは少し寂しそうに笑って、俺の苦し紛れの言い訳に話を合わせてくれた。
「そうなんだ! あたし等が見てあげよっか?」
空気を読まない野田が話を続ける。頼むから、そろそろ去ってくれ。白河も俺も、この近距離で長時間過ごすのは無理なんだ。
「ううん、大丈夫。もう選んだから。これ、麻生君が選んでくれたんだよ? 可愛いでしょ」
麻宮さんがくるくると回ってパーカーを二人に見せながら、何故か敢えて〝俺が選んだ〟事を強調した。
驚いて彼女を横目で見るが、彼女はこちらを見向きもしないで、嬉しそうに言っていた。
「可愛い可愛い! へー、麻生君って案外センスあるんだねー!」
野田が意外そうにこちらを見て言うので、俺は「別に、目についたから」等と適当に言って誤魔化す。
だめだ、もう耐えられない。他の奴ならいざ知らず、白河だけは無理だ。それに、一緒に服を見るっていう約束はもう果たしたし、もう帰っていいよな。
「じゃあ、俺はここで──」
「麻生君、すぐにお会計してくるから、もう少しだけ待ってて?」
そう言いかけた時、麻宮さんが俺の言葉を遮って、申し訳なさそうな笑顔を向けてきた。
どういう事だよ。俺がここから逃げ出してもう今日は終わりなんじゃないのか。意図がわからず、怪訝な表情を浮かべて彼女を見る。
「もう。ボウリング、この後行こうってさっき話してたじゃない」
忘れたの?とでも言いたげに、眉根を寄せて困ったような笑みを浮かべてこちらに言う。忘れた以前に、俺の記憶の中にはそんな事実がなかったのだけれど。なんでそうなった? え? もしかして別の世界線に移動した? 大混乱である。
「え、この後二人で遊ぶの⁉」
野田啓子がまた驚いた顔で麻宮さんを見た。
「うん。ここで会ったのも何かの縁だしって事で、お誘いしたの。って言っても、ボウリングなんて中学の時以来やってないんだけどね」
麻宮さんは、恥ずかしそうに付け足した。
「そ、そうなんだ……」
野田が、驚いたようにこちらを見ていた。白河の方には、もう目を向ける勇気がなかった。
「啓子、映画もう始まるから、行こ」
ちょっとどうしたものかと思っていた時に、白河が野田の袖をちょんちょんと掴んで、外に出ようと促した。
声色からして、いつもより不機嫌な気がしてならない。そりゃそうだろうな、せっかくの休日に俺と出くわしたなんて、彼女からしたら最悪だろう。もちろん、俺にとっても最悪なのだけれど。
「あ、ほんとだ。じゃあ、あたし等もう行くね! 麻宮さん、ばいばーい! 麻生君も!」
野田も腕時計を見て慌てた様子で声を上げて、俺と麻宮さんに軽く手を振って店から出て行った。白河は、麻宮さんにだけ小さく手を振っていた。
どうやら助かったらしい。何とか困難を乗り越えられたようで、安堵の息を吐く。
「ところで……ボウリングって、何だよ」
白河と野田に手を振っている伊織に対して、少し低めの声で言った。
「仕返し、だよ」
「仕返し? 何の」
「……なんでもない。お会計済ませてくるから、待っててね」
麻宮さんは少し拗ねたような表情をしてから、自分の服に着替える為に試着室に入っていった。彼女が何に対して仕返ししたのかも、どうして怒ったのかも、全くわからなかった。



