雪が降っていた。
クリスマスツリーのイルミネーションが雪片を照らし、雪を華と変えて、夜空を彩っている。
今日はクリスマスイブ。時刻はもうすぐ午後十時になるかどうか、というところだ。
俺は一人の女の子とチャペルのベンチに並んで座っていた。彼女の名前は麻宮伊織。黒髪が似合っていて、そこらのアイドルよりも華々しい顔立ちをしている女の子だ。
伊織は俺の肩に頭を乗せて、ぼんやりとチャペルの庭に飾られた大きなクリスマスツリーを眺めていた。彼女は先ほどまで大泣きしていたが、今は落ち着きを取り戻している。
彼女との間で結ばれた赤と黒の、少し長めの手編みのマフラーを鼻に当て、息を吸い込んだ。クリスマスプレゼントとして、先程彼女から贈られた手編みのマフラーだ。彼女の匂いを存分に感じることができて、鼻元を覆うだけで幸せな気持ちになれる。
「気に入ってくれた?」
「ああ、もちろん」
伊織の問いにそう答えながら、遠慮がちにそっと髪を撫でる。
俺の返答に安心したのか、彼女は「よかった」と嬉しそうに微笑んで、またツリーへと視線を戻した。
結構長い時間ここにいるが、ツリーにも雪にも、そしてこの寒さにも、全く飽きなかった。
「綺麗だね……」
伊織は独り言のようにぽそっとそう呟いたが、俺は何も答えなかった。その代わりに、彼女の長くて綺麗な黒髪に口付けをする。
うっとりとした笑みを浮かべながらツリーを眺める彼女は幸せそうで、まるで過去の悲しみなんて存在していないかのようだった。
だが、彼女の心は今も傷だらけで、その傷をどうやって癒せばいいのか、今の俺には皆目見当もつかなかった。
ほんのつい先程、俺は初めて伊織の過去を知った。どうして彼女がここにいて、彼女がどんな思いでここに辿り着いたのか、その理由を知ったのである。そして、彼女はそれらを告白した時……今まで味わった孤独感や喪失感を抑えきれなくなって、慟哭した。
伊織の苦しみを分かち合ってやる事すらできない自分自身が歯がゆくて堪らない。その歯がゆさを消すかのように、彼女の背中や髪を撫で、抱き締める。そんな事しかできない自分が恨めしかった。
俺なんかで彼女を救えるのだろうかと、彼女の悲しみを想うと、自信を無くしそうになる。
しかし、救えるはずだ、と自分に言い聞かせた。いや、救わなければならない。それは俺の使命であり、望みなのだから。
思えば、この二か月、伊織が俺の前に舞い降りてから、変化だらけだった。取り巻く環境全てが変わってしまって、そして、俺はそんな彼女に救われた。
──だから、俺も君を救いたい。
そんな風に考えていると、ふと彼女がこちらを見上げてきた。大きく潤んだ瞳を見ていると、愛しさが込み上げてきて──また懲りずに唇を重ねた。繋がったところだけが熱くなって、降り注ぐ雪を全て溶かしてしまいそうだ。
「真樹君、好き。大好き」
唇を離すと、嬉しそうに彼女ははにかみ、小さな声でそう言った。そんな彼女が愛しくなって、肩を抱き寄せて、おでこにそっとキスをする。
ここに辿り着くまでに色々問題もあったし、この二か月は本当に長かったように思う。それに、〝彼〟に対して今後どう接していくかという問題も抱えている。
それでも、今ようやく俺達はスタートラインに立てた。だから、焦らずゆっくり進んでいこう。
君との軌跡は、まだ始まったばかりなのだから。
クリスマスツリーのイルミネーションが雪片を照らし、雪を華と変えて、夜空を彩っている。
今日はクリスマスイブ。時刻はもうすぐ午後十時になるかどうか、というところだ。
俺は一人の女の子とチャペルのベンチに並んで座っていた。彼女の名前は麻宮伊織。黒髪が似合っていて、そこらのアイドルよりも華々しい顔立ちをしている女の子だ。
伊織は俺の肩に頭を乗せて、ぼんやりとチャペルの庭に飾られた大きなクリスマスツリーを眺めていた。彼女は先ほどまで大泣きしていたが、今は落ち着きを取り戻している。
彼女との間で結ばれた赤と黒の、少し長めの手編みのマフラーを鼻に当て、息を吸い込んだ。クリスマスプレゼントとして、先程彼女から贈られた手編みのマフラーだ。彼女の匂いを存分に感じることができて、鼻元を覆うだけで幸せな気持ちになれる。
「気に入ってくれた?」
「ああ、もちろん」
伊織の問いにそう答えながら、遠慮がちにそっと髪を撫でる。
俺の返答に安心したのか、彼女は「よかった」と嬉しそうに微笑んで、またツリーへと視線を戻した。
結構長い時間ここにいるが、ツリーにも雪にも、そしてこの寒さにも、全く飽きなかった。
「綺麗だね……」
伊織は独り言のようにぽそっとそう呟いたが、俺は何も答えなかった。その代わりに、彼女の長くて綺麗な黒髪に口付けをする。
うっとりとした笑みを浮かべながらツリーを眺める彼女は幸せそうで、まるで過去の悲しみなんて存在していないかのようだった。
だが、彼女の心は今も傷だらけで、その傷をどうやって癒せばいいのか、今の俺には皆目見当もつかなかった。
ほんのつい先程、俺は初めて伊織の過去を知った。どうして彼女がここにいて、彼女がどんな思いでここに辿り着いたのか、その理由を知ったのである。そして、彼女はそれらを告白した時……今まで味わった孤独感や喪失感を抑えきれなくなって、慟哭した。
伊織の苦しみを分かち合ってやる事すらできない自分自身が歯がゆくて堪らない。その歯がゆさを消すかのように、彼女の背中や髪を撫で、抱き締める。そんな事しかできない自分が恨めしかった。
俺なんかで彼女を救えるのだろうかと、彼女の悲しみを想うと、自信を無くしそうになる。
しかし、救えるはずだ、と自分に言い聞かせた。いや、救わなければならない。それは俺の使命であり、望みなのだから。
思えば、この二か月、伊織が俺の前に舞い降りてから、変化だらけだった。取り巻く環境全てが変わってしまって、そして、俺はそんな彼女に救われた。
──だから、俺も君を救いたい。
そんな風に考えていると、ふと彼女がこちらを見上げてきた。大きく潤んだ瞳を見ていると、愛しさが込み上げてきて──また懲りずに唇を重ねた。繋がったところだけが熱くなって、降り注ぐ雪を全て溶かしてしまいそうだ。
「真樹君、好き。大好き」
唇を離すと、嬉しそうに彼女ははにかみ、小さな声でそう言った。そんな彼女が愛しくなって、肩を抱き寄せて、おでこにそっとキスをする。
ここに辿り着くまでに色々問題もあったし、この二か月は本当に長かったように思う。それに、〝彼〟に対して今後どう接していくかという問題も抱えている。
それでも、今ようやく俺達はスタートラインに立てた。だから、焦らずゆっくり進んでいこう。
君との軌跡は、まだ始まったばかりなのだから。