メイド喫茶での事件から一夜。文化祭も二日目を迎えた今日この日、僕は書籍部部室である資料室で奈津美先輩と向き合っていた。

「逃げずによく来たわね。褒めてあげるわ、悠里君」

「まあ、勝てる勝負から逃げる必要もありませんからね」

 不敵に笑う奈津美先輩に対して、こちらも余裕の態度で応じる。もう戦いは始まっているのだ。少しでも弱みを見せれば、付け込まれる。そうなる前に、僕は挑発も兼ねて軽くジャブを入れてみることにした。

「あと先輩、そのセリフ、ものすごく悪役っぽいですよ。しかも超小物の。完全に負けフラグです」

「わ、悪者は悠里君だもん! 昨日、私にあんなひどいことしたくせに! あんな辱め受けたのは生まれて初めてよ。お嫁に行けなくなっちゃったら、どうしてくれるのよ!!」

「窓を開けたまま妙なことを叫ばないでください! 誤解を受けるでしょうが!」

 あっさりと挑発に引っかかった奈津美先輩が、とんでもないことを口走った。
 本当に、いきなり何を言い出すんだ、この人は。僕が昨日やったことなんて、唐辛子オムライスを間接キスで食べさせたことと、公衆の面前で勢い余って公開告白したことくらいだ。奈津美先輩がお嫁に行けなくなるようなことは、残念ながらひとつもしていない。というか、あれでお嫁に行けなくなるなら、むしろ責任取って僕がもらうから問題なしだ。

「で、勝負の内容は決まったんですか?」

 朝っぱらから息も絶え絶えになりながら、僕は奈津美先輩に聞く。

 昨日、あの事件の後は互いに気まずいというか、顔を合わせられなくて、各自適当に解散となった。よって、勝負の内容については本当に何も知らされていない。

 メイド喫茶では、わざわざ「明日の勝負で仕返ししてやろうなどと」とか言っていたし、一体どんな勝負を提示されることやら。奈津美先輩のことだから、仕返し優先でとんでもない自爆勝負を提案しかねないからな。「ミスコンでどっちが優勝できるか勝負よ!」とか。

 とりあえず、軽く身構えながら返答を待つ。
 奈津美先輩はたっぷりと一分くらい間を置き、満を持して桜色の唇を開いた。