「かしこまりました。少々お待ちくださいませ、ご……ご主人様」

 注文を取り終えた奈津美先輩は、肩を怒らせ、大股で歩いて僕の席から離れていく。その後ろ姿を、僕は苦笑しながら見つめていた。
 こんな風に奈津美先輩と過ごせるのも、あと数日かもしれないのだ。

 しばらくすると、奈津美先輩はできたてのオムライスとケチャップのボトルを持って僕のところへやってきた。机にオムライスを置くと、自分はケチャップのボトルを手に取って、にこやかに僕を見つめる。

「当店のサービスです。オムライスがよりおいしくなるように、ケチャップで文字を書かせてもらいますね」

 そう言うと、奈津美先輩はケチャップのボトルを握り潰すようにして、文字を書き始めた。
 黄色いキャンバスの上に赤く書かれた文字は【ぜったいにゆるさない!】。うん、愛情が満点を飛び越えて憎しみに変わっている。愛情は最高の隠し味だって言うけど、ここまでくると隠す気0の劇物だ。

「先輩、もしかしてキレてますか?」

「滅相もございませんわ。明日の勝負で仕返ししてやろうなどと、これっぽっちも思っていませんことよ」

 僕が愛想笑いで問い掛けると、奈津美先輩は「オホホホホ!」と似合わない笑い方で応答してきた。これはマジ怒りしている時の顔だ。ちょっとからかい過ぎたかもしれない。

「さあ、冷めないうちに召しあがってください、ご、ご主人様」

 後ろから『ゴゴゴッ……』と効果音が聞こえてきそうな笑顔で、奈津美先輩が勧めてくる。僕が食べるのを見ているつもりなのか、給仕が終わったのに帰る素振りを見せない。
 仕方なく僕は、奈津美先輩の見ている前でオムライスを口に運び……返す刀で水を手に取って飲み干した。

「辛っ! ちょっと先輩、何ですか、これ!」

「私からの親愛の証に、特別なスパイスを入れさせていただきました」

「スパイスって、唐辛子を刻んで入れただけじゃないですか! てか、これ入れ過ぎですよ。一体何個唐辛子を入れたんですか!」

 よく見たらオムライスの中に、輪切りになった唐辛子が大量に入っていた。
 何が「明日の勝負で仕返し」だ。思いっきりこの場で仕返ししているじゃないか。給仕が終わっても帰らないと思ったら、仕返しの成功を見届けるつもりだったのか。
 奈津美先輩は腰に手を当てて、得意満面な顔で薄い胸を逸らしている。「イタズラ大成功!」とでも言いたげな様子だ。