「だって、この勝負は私のためでもあるから」

「先輩の……ため? どういう意味ですか?」

「私は、悠里君との約束を果たせる製本家になるために、フランスへ修行に行く。でもその前に、私は悠里君に伝えなきゃいけないことがあるの。それを伝えずにフランスへ行ったら、いくら修行しても、私は私が目指す製本家になれない気がする」

「先輩が目指す……製本家……」

「そう。でも、それを普通に伝えるのは、ちょっと恥ずかしいのよね。だから、勝負の中で悠里君を倒す勢いに乗せて伝えちゃおうかな~と。我ながら、いいアイデアでしょ!」

 最後はおどけてみせた奈津美先輩の言葉が、僕の胸の中で反響した。

 この人が目指す製本家の中に、自分との約束が根付いている。改めて告げられたその事実に、僕の心がじんわりと熱を持った。好きな人から告げられて、これほどうれしい言葉はないだろう。

 ならば、僕が返すべき答えはひとつしかない。奈津美先輩の気持ちに、真正面から応える。奈津美先輩と同じく表情を引き締め、僕はまっすぐ前を見据えながら頷いた。

「……わかりました。そこまで言うなら、その勝負を受けます」

「うん。ありがとう、悠里君」

「けど、戦うからには僕も全力で行きます。勝負に負けて卒業まで日本にいることになっても、文句を言わないでくださいね」

「望むところよ。でも、今回ばかりは私も負けられないわ。だから、勝つのは私。悠里君に、先輩の偉大さを思い知らせてあげる!」

 僕が挑発的な言葉をかけると、奈津美先輩は負けじと平らな胸を自信満々に逸らして見せた。

 こうして僕と奈津美先輩の、最初で最後の真剣勝負が幕を開けたのだった――。