「というわけで――悠里君、私と勝負しましょう」

「……はい? 勝負?」

 目を丸く見開き、僕は素っ頓狂な声を上げてしまった。

「悠里君がこの勝負に勝ったら、私は卒業までフランス行きを延期するわ。でも逆に私が勝ったら、悠里君は私を大人しく見送ること。あと、私が無事に修行を終えられますようにって、毎月神社にお参りするの。それでどう?」

 呆けてしまった僕に構わず、奈津美先輩は勝手に話を進めていく。

 要するに、この人は自分の進退を勝負の結果に委ねると言っているのだ。僕の我が儘に付き合って、一時の感情でチャンスを棒に振ろうとしている。
 このままでは、本当に先輩の夢を摘み取ってしまいかねない。その事実に今更ながら恐怖を感じ、「ちょっと待ってください!」と泡を食って先輩を制する。

「そんなことしてくれなくてもいいんです。今のは……その、僕の一時的な気の迷いですから。単なる戯言です。先輩は僕の我が儘になんか付き合わないで、自分の進みたい道を好きに進んでください」

 それが僕の願いだから、と懇願するように奈津美先輩を見つめる。
 しかし当の本人は、静かに首を振った。

「いいえ。それじゃあ駄目なの」

「何が駄目だっていうんですか。先輩の夢は、一人前の製本家になることじゃないですか。だったら、僕のことなんか気にしないで、フランスで修行してきてください!」

 駄目だ、と強情に言い張る奈津美先輩を前に、僕は必死に行くべきだと訴えかける。
 これでは、先程までと立場が逆だ。なぜか僕が、フランス行きを説得する立場になってしまっている。心の底では、先輩が日本に残る目が出てきたことを喜んでいるのに。
 それでも僕が心に反した説得を続けていると、奈津美先輩は「だって……」と強い意志を込めた瞳で僕を見た。