「出発は文化祭の五日後よ。来週には、学校の手続きも済ませるつもり」

 奈津美先輩は、落ち着いた声音で話を締め括った。

 一方、僕は話を聞き終えても、何も言うことができない。
 これは奈津美先輩にとって、めでたいことだ。頭の中ではわかっている。
 奈津美先輩の実力が一流のプロにも認められた。夢に向かって一歩前進したのだ。この人の夢を応援する立場の僕は、それを喜び、祝福してあげるべきなのだろう。奈津美先輩の門出を一緒に祝ってあげるのが、正しい行動なのだろう。

 けど……それでも「おめでとうございます」の一言さえ、僕の口からは出てこない。
 いや、それだけではない。

「本気……なんですか?」

 僕の口から出てきたのは、疑問の言葉。それは、決して祝いの言葉などではない。むしろ、その逆だ。

「本当に、今すぐ行かなきゃ駄目なんですか? せめて卒業まで待つことはできないんですか?」

 まるで奈津美先輩の決意をくじくように、僕は言葉を紡いでいく。
 先輩のことを好きだって、ようやく気付くことができた。それなのに、こんなにもいきなりいなくなってしまうなんて、僕には耐えられなかった。

 先輩と一緒にいたい。離れたくない。その思いが胸の奥から溢れ、抑えが効かなくなる。

 これが僕の我が儘だってことはわかっている。自分勝手だってことは気付いている。最低だってことは、誰よりも僕が一番理解している。

 奈津美先輩には奈津美先輩の夢があって、それを阻む権利なんて僕にはない。いや、僕だけは、何があってもこの人の夢を応援し続けなければいけないんだ。それが小学生の時に交わした、僕と奈津美先輩の約束につながるから。
 けど、頭ではわかっているのに、感情が勝手に体を動かしてしまう。

「先輩は、あとたった七カ月で卒業なんですよ。それなのに、高卒資格を投げ打ってまで、本当に今すぐ行かなきゃ駄目なんですか? せっかく期末試験も頑張ったのに、もったいないですよ」

 僕は本当に卑怯だ。先輩の将来を気に掛けているような言葉を隠れ蓑にして、自分の感情を押し付けている。
 そんな僕を見つめ、奈津美先輩が悲しそうに笑っていた。
 自分の吐いた言葉で、大好きな人を悲しませてしまった。その事実が、より一層僕の胸を締め付ける。
 すると、先輩が僕の方へ歩み寄ってきた。