「先輩……?」

 僕の視線の先で、奈津美先輩は儚い微笑みを浮かべながら立ち尽くしていた。眉をハの字にして、困ったような、寂しいような、そんな色々な感情を混ぜた笑みで佇んでいた。

「先輩、どうかしたんですか? もしかして僕の誘い、ウザかったですか?」

「ううん、違うの」

 やっぱりやり過ぎだったかと思って聞いてみると、奈津美先輩はすぐさま首を振った。
 それが本心なのか、僕を気遣っての嘘なのか、その表情からははっきりしない。
 僕がどうすればいいか迷っていると、奈津美先輩は「嘘じゃないわ」と続けて優しく声を掛けてくれた。

「誘ってくれて、すごくうれしいわ。今日だって、悠里君と一緒に展示を見ることができて、すごく楽しかったもの。またいっしょに来ることができたら、きっと今日よりも楽しいでしょうね」

「それじゃあ、何でそんな悲しそうに笑っているんですか?」

 まるで今にも消えてしまいそうに、そんな儚く……。

 口に出かけた言葉を、僕は必死に飲み込んだ。なぜかはわからないけど、嫌な予感がしたのだ。これを口に出してしまったら、良くないことが現実になってしまうような、そんな嫌な予感が……。
 けれど、神様は残酷だ。言葉を飲み込んだ僕を嘲笑うかのように、時計の針を前へ前へと進めていく。

「……悠里君に、大事な話があるの」

「大事な……話……?」

 表情を引き締めた奈津美先輩が、僕を正面から見つめた。
 奈津美先輩の澄み切った瞳に、僕の顔が映り込む。迷子になってしまった子供のように情けない顔だ。動揺し、狼狽えている。

 そんな僕の姿を見て、心を痛めたのだろうか。奈津美先輩が、少し辛そうに唇を噛んだ。
 しかし、すぐにひとつ深呼吸をして、改めて僕の目を見据えた。

「悠里君の誘い、とてもうれしかったわ。でも、ごめんなさい。それを受けることはできないの」

「どうして……ですか?」

 擦れた声で、奈津美先輩に尋ね返す。

 頭の中では、警鐘が絶え間なく鳴り響いていた。虫の知らせというやつだ。これ以上先に進んだら、取り返しのつかないことになる。
 それでも、聞かずにはいられなかった。