「その意気で、残りの宿題も手を抜かずに頑張ってくださいね」

「うっ! も、もちろんよ?」

 なぜそこで呻いたり、疑問形になったりするかな。
 本当にこの人は、考えていることが表に出やすい。奈津美先輩が宿題をサボらないように、しっかり目を光らせておこう。
 すると、不意に奈津美先輩が駅ビルの方へ振り返って、その最上階を見上げた。

「ああ、なんで楽しい時間は、こんなに早く過ぎて行ってしまうのかしら。学校の授業なんて、時計が止まっているんじゃないかってくらいに時間の進みが遅いのに。ずっとあの展示会場で、外界のことなんか忘れて本に囲まれていたい気分だわ」

「スタッフさんたちに迷惑ですから、やめてください。大人しく現実を見ましょう」

 どうやら、宿題やら来週から始まる二学期やらを想い、帰ることが名残惜しくなってしまったらしい。本気で展示会場を占拠しに行かないよう、釘を刺しておく。この人なら、本気でやりかねないし……。
 ただ、これはチャンスでもある。なので僕も、今日は少しだけ背伸びをしてみることにした。

「また来たいのだったら、文化祭が終わったらもう一回来ればいいですよ。打ち上げも兼ねて、今日みたいにふたりで展示を見て回りましょう」

 顔から火が出そうになりながら、今度は僕から奈津美先輩に誘いを持ちかける。
 なんとか声を裏返らせたり、つっかえたりすることなく言えたけど、顔はきっと赤くなっているだろう。おかげで、奈津美先輩の方をまともに見ることができない。

 今が夕方で、本当に良かった。これなら多少顔が赤くなっていても、夕日の所為だと誤魔化せるから。

 ただ、僕の誘いに対し、奈津美先輩は何も返答してはこなかった。
 もしかして、少し強引過ぎただろうか。露骨に誘い過ぎていて、引かれてしまったのだろうか。
 様子を窺うように、恐る恐る奈津美先輩の方へ顔を向ける。

 そして僕は、戸惑いの声を上げた。