「……ああ、そうか」

 誰にも聞こえないくらい小さな声でもう一度呟き、僕は微笑した。
 ここのところ感じていた妙な心のざわめきの正体が何であるか、ようやくわかった。
 気付いてみれば、本当に単純なことだった。

 僕は、この猪突猛進でトラブルメーカーな奈津美先輩に――恋をしてしまったのだ。

 いや、この表現は少し違うかな。恋をしてしまったんじゃない。恋をしていたことに気付いてしまったんだ。
 きっと僕はあの時から――市立図書館で出会ったあの時から、奈津美先輩のことを好きになっていたのだろう。ただそれを表に出すのが恥ずかしくて、ずっと気付かない振りをしていただけだ。

 けど、今年の文集作りを通して、僕は無自覚にその恋を認めてしまっていた。だから、奈津美先輩の前でトンチンカンな行動を取ってしまっていたのだ。

「見て、悠里君。この本、ページの小口に金箔が貼ってあって、とても綺麗よ」

「本当ですね。見ていると眩しくて、目が眩みそうです」

 軽やかに微笑む奈津美先輩に、僕も穏やかな笑みを返す。
 確かに僕の本の知識は、それほどのものでもない。けれど、この目で見た感想を奈津美先輩と共有することはできる。

 この本は表紙の箔押しがとても精巧で、見ていて飽きない。この本は挿絵が壮麗で、神秘的だ。

 僕が頭をフル稼働させて感想を出すと、奈津美先輩はうれしそうに相槌を打って、自分の感想も教えてくれた。スタッフさんの解説を聞きながら、ふたりで過去の製本家がどんな人たちだったのか、言い合ったりもした。

 すべてを自覚した今だからこそわかる。僕は、今が一番幸せだ。
 今こうしていられる幸運を噛み締めながら、僕は奈津美先輩の隣をいつまでも歩き続けた。