「あ、戻ってきた。ふたりとも、お疲れ様」

 棚の前には、陽菜乃さんが立っていた。たぶん、僕たちの様子を見に来たんだろう。

「どう? 何か困ったことや変わったことはない?」

 その証拠に、陽菜乃さんはふわりと微笑みながら、仕事の状況を聞いてきた。

「いいえ。たまに子供たちから質問を受けるくらいで、困ったことは特にないです」

「それを困ったことがないって言えちゃうところが、一ノ瀬君のすごいところよね。普通の学生さんたちは、化粧室の場所を聞かれただけでも目を白黒させちゃうのに」

 陽菜乃さんが、おかしそうにクスクスと笑う。どうやら褒めてもらえたらしい。

「それはそうと、もう四時を回ったから、そろそろ事務室に戻ろっか。ふたりとも今日で最後だから、課長たちに挨拶してきましょう」

 奈津美先輩と揃って「はい!」と返事をする。
 そうか。僕らがこの図書館のスタッフでいられるのも、あと一時間弱しかないんだ。ものすごく名残惜しい……。
 その時だ。棚の影から児童書担当のパートさんが姿を現した。

「あ、清森さん。ちょうどいいところに」

黒部(くろべ)さん? どうかしたんですか?」

 駆け寄ってきたパートさんを、陽菜乃さんが首を傾げながら迎える。

「いやね、あっちの棚で、また例のイタズラが……」

「ああ、あれですか。ここのところは落ち着いていたのに、またやられましたか」

 例のイタズラ? 何だか、あんまり穏やかじゃない感じだな。
 何があったのか聞いてみたいところだけど、僕らが口出ししていいものか……。