「……負けました」

 小刻みに震えながら、奈津美先輩に向かって頭を下げる。
 まさか、奈津美先輩に頭を下げる日が来るなんて、思いもしなかった。これは想像以上に悔しい!
 対して奈津美先輩は、思い通りに仕返しできて、ご満悦といった面持ちだ。機嫌も直ったようで、剣呑としたオーラはどこかへ吹っ飛んでしまった。

「さてと! 気も済んだし、ここからは普通にお仕事しましょうか。悠里君、いつまでも落ち込んでないで続きをやりましょう」

 すっかり毒気の抜けた朗らかな笑顔で、奈津美先輩が言う。
 奈津美先輩に笑顔を向けられた瞬間、なぜか僕も気が抜けて、脱力してしまった。

 はぁ……。なんだろうな、これ。ついさっきまで悔しくて仕方なかったのに、一気にアホらしくなってきた。
 怒って勝負を挑んできたかと思ったら、勝手に水に流して能天気に笑っている。目まぐるしく表情を変えるこの人と一緒にいると、ちょっとした悔しさなんてどうでもよくなってしまうらしい。何ともまあ、おかしな人だ。

「はいはい、わかりました。けど、ちょっと待ってくださいね」

 先輩に待ったをかけて、僕は陽菜乃さんの方へ振り返った。

「陽菜乃さん、お騒がせしてすみませんでした」

「わわっ! ちょっと悠里君、そういうことなら私も一緒に!」

 奈津美先輩が慌てた様子で、僕の隣に並ぶ。部長としての面子を気にする奈津美先輩には、今の僕の謝罪が抜け駆けに映ったらしい。抗議するように、肘で軽く僕のことを小突いてきた。
 以前、司書教諭の先生や生徒指導の先生に謝りに行った時も、これくらいのリーダーシップを発揮してほしかったな。

「陽菜乃さん、ご迷惑をお掛けして、本当にすみませんでした」

「ううん、気にしないで。私もその……ふたりを見ていてちょっと楽しかったし」

 奈津美先輩の謝罪に合わせて僕も頭を下げると、陽菜乃さんは笑って許してくれた。うちのOGは優しい人ばかりだから、本当に助かる。そのおかげで、迷惑をかけたことへの罪悪感も倍増しで湧いてくるけど……。
 これ以上罪悪感に身を焦がさないためにも、全力で仕事に取り組むとしよう。僕と奈津美先輩は、せっせと本の装備の続きに励むのだった。