『ぼくは、おじさんみたいな司書になりたいんだ。司書はね、人と本を結ぶお仕事なんだって』

『へぇ、なんかロマンチックでかっこいいね』

『でしょ! 奈津美ちゃんは、将来何になりたいの?』

 自分の目指す夢を褒められて、僕は上機嫌に奈津美ちゃんにも問いかけた。
 その瞬間、奈津美ちゃんが纏う雰囲気が一変した。

『わたしは……おじいちゃんみたいに立派な製本家になる。お母さんやお父さんは『よしなさい』って言うけど、絶対になる。それで、何百年でも誰かと寄り添っていけるくらい丈夫で、みんなに愛してもらえるくらい素敵な本を、たくさん作りたい』

 そう言った奈津美ちゃんの顔を、僕はきっと一生忘れないと思う。
 奈津美ちゃんの表情は、どこまでも真剣だった。両親から反対され、不安や怯えを抱えながら、それでも偉大な祖父の背中を追ってまっすぐ前だけを見ていた。
 僕のように『なりたい』ではなく、『なる』と強く心に決めている。たった十歳そこらの、それも普段は大人しくて控えめな女の子が見せた本物の決意に、僕は心を奪われた。同時に、へらへら笑って『なりたい』なんて言っている程度の自分が、無性に情けなく思えた。
 僕も奈津美ちゃんみたいに強くなりたい。奈津美ちゃんと同じ場所に立ちたい。そう強く希った。

 だから、だろうか。僕は強くなりたい一心で、奈津美ちゃんとひとつの約束をした。ふたりが夢を掴んだ先でしか叶わない約束。この約束が僕と奈津美ちゃんをつないで、僕を奈津美ちゃんが立つ場所へ連れていってくれる気がしたのだ。

 奈津美ちゃんは一瞬驚いた顔を見せ、でもすぐに笑顔になって『うん、約束!』と言ってくれた。

 けど、その約束の日を最後に、僕は奈津美ちゃんと会うことはなかった。約束をした次の日、奈津美ちゃんは埼玉に引っ越したからだ。

 奈津美ちゃんが引っ越した日、僕は叔父さんから一通の手紙を受け取った。朝一でやってきた奈津美ちゃんから預かったそうだ。
 手紙には、引っ越しのことと、それを言い出せなかったことへの謝罪が記されていた。その事実にも驚かされたけれど、何より僕の心に響いたのは、奈津美ちゃんが最後に記した追伸だった。

【P.S. 昨日の約束、本当にうれしかったです。わたしはいつか必ず、この町にもどってきます。だから……あの約束、忘れないでね。 栃折奈津美】

 これを読んだ瞬間、僕の中から悲しみも驚きも消えた。
 僕にはやるべきことがある。それが明確に見えたから……。
 奈津美ちゃんと再会した時、何もしていませんでしたでは話にならない。この日から、僕の夢は本当の意味で始まったのだと思う。まあ、その再会があんな形になってしまったことは、さすがに予想外だったけれども……。