「うふふ……。それは終業式前日の放課後にやるって言われたわ。うふふふ……」

「そ、そうですか。その……頑張ってくださいね……」

 せめてもの罪滅ぼしに、心からエールを送っておく。
 奈津美先輩は、虚ろな瞳でフッと笑い、僕に力なくサムズアップしてみせた。

 やばい。これはやばい。奈津美先輩の心が折れかけている。
 この人、よく暴走するし、行動は突拍子もないこと多いけど、ハートは外見と一緒で繊細だからな。赤点を避けられたのに結局補習を受けることになって、普段以上のダメージを負ったのだろう。

「そ、そうだ! 今日は文集の打ち合わせするんでしたよね。もう四時回っていますし、そろそろ始めましょうか!」

 無駄に明るく大きな声で、捲し立てるように話題転換を図る。
 もう何でもいいから、奈津美先輩の補習から話を逸らしたい。でないと、奈津美先輩のテンションが伝染して、僕まで病んでしまいそうだ。

「先輩、文集のテーマを考えてくれたんですよね。ほら、期末前に言っていた体験レポートとかいうやつ。僕も気に入るって言っていたから、どんなことかずっと気になっていたんですよね~!」

 外国人張りのジェスチャーを交えながら、矢継ぎ早に話を振っていく。
 一通り長台詞を言い終わったところで、奈津美先輩の方を窺ってみた。

 すると、死んだ魚のようだった奈津美先輩の目に生気が戻っていた。口をもにょもにょさせ、体は微妙に揺れている。話したくてうずうずし出したらしい。
 たぶんこれは、補習のことも頭から吹っ飛びかけているな。

 よっし! もう一押しだ。

「さあ先輩、張り切っていってみましょう!」

「仕方ないわね! 後輩からそこまで期待されては、先輩として応えないわけにはいかないわ! 悠里君、会議を始めるわよ!」

 僕の合いの手に調子よく乗ってきた奈津美先輩が、腕を組んで仁王立ちする。どうやら補習が一時的に頭から抜けて、元気を取り戻したらしい。
 慣れないことをして上がった息を整え、ホッと胸をなでおろす。

 よかった、奈津美先輩が単純バ……純粋かつポジティブで――。