「ま、まさかとは思うけど……悠里君、私が誰だかわからないなんてことは……あ、あるわけないわよね?」

「いや、バッチリ初対面だと思っていましたが……。どこかでお会いしたことありましたっけ?」

 バッサリと思ったままのことを告げる。
 少なくとも、こんな破天荒で素っ頓狂な行動をする女子に心当たりはない。

 ただ、そう思った瞬間、心に小さな引っ掛かりを感じた。

 そうだ、忘れていた。妙な行動の印象が強くなってしまってすっ飛んでいたけど、最初に名前を呼ばれた瞬間、なぜか懐かしい感じがしたのだ。
 もしかしたら本当に忘れているだけで、僕はこの人に会ったことがあるのかもしれない。僕がそう思い直して一応記憶を探り始めた瞬間、隣で「うわーん!」という泣き声が上がった。

「ひどい! 悠里君、私のことを忘れたなんて! 私は、入学式で悠里君が壇上に上がった時から気付いていたのに! ガチガチに固まってちょっと声が裏返っているところとか、猛烈にかわいいって微笑ましく思っていたのに!!」

「……先輩、もしかして僕にケンカ売ってますか? 売ってますよね?」

 両手で顔を覆った二年生に、僕は青筋を浮かべた笑顔のまま、優しく確認する。
 今のって、絶対腹いせだよな。僕が覚えていないことに対する腹いせだよな。
 すると、彼女は両手を下ろし、僕の方を見た。その目に涙はなく、むしろ憤りの炎が燃えている。彼女は怒りのままにビシッと僕を指差し、挑戦状でも叩きつけるように声を上げた。

「いいわ。忘れたというなら、絶対私からは名乗らない。意地でも悠里君自身に思い出してもらうんだから!」

「それは構わないですけど、このままだと僕、見ず知らずの先輩から勧誘を受けただけになりますよ。その場合、見ず知らずの先輩のために入部する義理はないので、このまま帰ることになりますが」

 上級生の大人気なさを目の当たりにして頭が冷えた僕が、冷静に指摘する。
 瞬間、彼女の勢いが目に見えて消沈した。心の中で葛藤しているらしく、口元をむにゃむにゃさせ、「あ~」とか「う~」とか唸っている。

 と思ったら、恨みがましい目つきで、僕のことを睨んできた。