文化祭が終わった二日後、奈津美先輩は予定通り高校を中退し、さらにその三日後にフランスへと旅立った。

 僕は……奈津美先輩の見送りには行かなかった。行くべきではないと、わかっていたからだ。

 見送りに行った真菜さんの話だと、奈津美先輩は『アルカンシエル』の一冊であるオレンジの文集を手に、とても晴れやかな顔で旅立っていったらしい。
 僕が見送りに行かなかったことについて真菜さんが聞いたら、「もしここに来たら、ほっぺたを引っ叩いてやるところでした」と即答していたそうだ。真菜さんからのメールを読みながら、奈津美先輩らしいと笑ってしまった。

 文化祭後、僕は正式に書籍部部長を引き継ぎ、最初の仕事をすることになった。書籍部の文集である『アルカンシエル』を、みんなに配る仕事だ。
 真菜さんも、陽菜乃さんも、叔父さんも、九條先生も、渋谷先輩も、みんな喜んで文集を受け取ってくれた。大切にするよ、と言ってくれたみんなの言葉は、今も胸に残っている。ほんの少しだけど、先輩との約束の第一歩を踏み出せた気がした。

 特に、久しぶりに会った渋谷先輩とは、話が弾んだ。奈津美先輩がフランスに旅立ったことを告げると、「栃折さんらしい」と苦笑していた。奈津美先輩の選んだ道を心配しつつも心から応援しているところが、渋谷先輩らしかった。

「栃折さんに負けないよう、一ノ瀬君も頑張って。部長の仕事も、それに君の夢のことも」

 別れ際、渋谷先輩はそうやって僕にもエールを送ってくれた。去っていく渋谷先輩を見ながら、この人が僕の先輩で良かったと、素直に思えた。

 そんないくつかの変化に慣れる間に、暦はいつの間にか十月となっていた。
 資料室の窓からは、心地よい風が吹き込み、カーテンを揺らしている。昔はひとりになればプライベートスペースが持てるとか思っていたけど、ひとりの資料室は何だか静か過ぎて落ち着かなかった。僕もすっかり奈津美先輩に毒されてしまったということだろう。やれやれだ。

「やっぱり、来年の部員集めはしっかりやらないとな。今のまま、あと一年過ごすのは寂しいし」

 部室を見回しながら、独り言を漏らす。
 陽菜乃さんから始まり、真菜さんや渋谷先輩を経て、奈津美先輩から僕へと託された書籍部。その灯を絶やしてしまうのは、今では忍びなく感じる。
 少ない人数でもいい。信頼できる後輩を見つけて、この灯を、未来へつなげていきたいと思う。それが多くの先輩たちから託された、僕の使命だと思うから。

「さてと! それじゃあ、家に帰って勧誘の作戦でも練るとしようかな。他の部に負けないような、派手な作戦を」

 奈津美先輩が言い出しそうなことを口にしつつ、ソファーから立ち上がる。荷物をカバンに詰め、窓とカーテンを閉めた僕は、テーブルの上に目を落とした。