「……って、何やってんですか!」

 腰の衝撃の正体は、さっきの二年生だ。あろうことか彼女は、僕の腰にギュッとしがみついていた。抱きつかれた感触と温かさに、自然と頬が熱くなる。

「お、落ち着くのよ、悠里君! 早まってはいけないわ!」

「落ち着くのはあなたの方です! いいから、さっさと離れてください!」

「書籍部の初代部長は、現役の図書館司書よ。それに、他にも古典籍や書画の修復を行う会社に就職したOGもいるの。この人は私の知り合いだから、紹介してあげることもできるわ! 書籍部に入れば、きっとあなたの夢のプラスにもなるわよ!」

「人の話を聞けーっ!!」

 僕の言葉なんかこれっぽっちも聞かず、腰に抱きついたまま喚き立てる二年生。この人、もはや先輩然とした余裕やら何やらを色々かなぐり捨てて、手段を選ばず実力行使に出やがった。何が何でも逃がさないつもりなのか、より一層腕に力を込めてくる。

 何なんだよ、この人は!

 彼女を引き離そうと四苦八苦しつつ、思わず心の中で泣き言を漏らしてしまう。相手が女子とはいえ、腰に全力でしがみつかれたら、腕を外すのは難しい。ついでに言えば、僕は完全に文化系で腕力には自信がないんだ。ホント、誰か助けてくれ!

 救いを求め、勧誘街道の方へと目を向ける。
 けれど、これが更なる不幸の始まりだった。騒ぎを聞きつけ、近くの生徒たちも集まってきたのだ。それも、僕を助けるためではなく、おもしろそうな見世物を見物するために……。「なんだ、痴話喧嘩か?」「修羅場よ、修羅場!」という期待に満ちた声が聞こえてきて、僕は頬どころか全身が真っ赤になった。入学早々、公開処刑された気分だ。

 ともあれ、このままでは埒が明かない。僕は降参するように息を吐き、くっつき虫状態の二年生へ声を掛けた。

「わかりました。とりあえず逃げませんから、先輩も離れてください」

「……本当に? 本当に逃げない?」

「逃げません。逃げませんから離れてください。僕もいい加減、この視線に心が折れそうです」

「視線……?」

 抱きついた姿勢のまま、彼女は首を回して周囲の状況を確認する。そして、トマトのように顔を赤くして、ボンッと頭から湯気を吹いた。

「ご、ごごごごめんなさい! 私、つい……」

 パッと手を離し、彼女はササッと僕から距離を置いた。ようやく自分が如何にはしたないことをしていたか、察してくれたらしい。
 彼女が僕から離れると、興味を失ったのか、生徒たちは瞬く間に散っていった。
 これでやっと、人心地つける……と思ったのだが、そうは問屋が卸さなかった。